第11話 ナンバリングボーイとアンノウンガール
カチ、カチ、カチと病室の中に壁時計の秒針の音が響く。
規則正しい寝息を立てて眠る少女は、まるで時が止まったかの様な錯覚すら覚えさせられる。
「・・・・・・・・・」
僕は一人アオイさんに言われた通り、彼女の眠るベッドのすぐそばに置かれた丸椅子に腰かけていた。静かに眠る少女に会うのは2回目だけれど、本質的には”初めまして”に近い。彼女のベッドのそばに立てかけられた槍・・・カムヒ・カイネス様を神器化した時に、横目に見たその一秒だけ。僕が彼女を認識したのはその時だけだったから、ほとんどデータが蓄積されておらず、正直に言うと何も分からない。ただこう間近で観察してみると、確かに神々の好みそうな美しさを彼女は秘めていた。
(カイネス様が気にかけられる女性とは、果たしてどんな勇士だろうかと思っていたけれど・・・勇士ではなく、本当にただの少女だったなんて。ここまで近くに来ないと分からなかった・・・僕も縁として、まだまだ未熟だな。)
自らに与えられた使命を全うしてこそ、僕はここにいる意味がある。それなのに、最近は本体とのセッションが途切れやすい。これでは、本当にいつか僕は用済みになって容赦なく”スクラップ”されてしまうだろう。それだけは絶対に避けなければ。僕には此処にいることしかできないのに。
そんなことを考えていたら、目の前の少女が小さくうめき声を上げて身じろいだ。一瞬僕の気配に気づかれたかと思ったが、どうやら腕に繋がれていた点滴が切れてきたらしい。覚醒するのであれば、彼女の心体を管轄する担当者の医療班の人たちを呼ばなければ。僕は急いで病室のドアの外側にいた守衛さんに声をかける。
「あの、病人の方が目を覚まされたようなのですが・・・」
「・・・!嗚呼、縁さま自らありがとうございます。すぐに医療班の者を呼んでまいりますね。」
「・・・はい、お願いします。」
彼は頭を下げた僕に一礼して、まっすぐ伸びた廊下を駆けていった。あの速さなら、数分後に医療班の誰かしらを連れて此処まで来てくれるだろう。彼女をそれほど待たせることなく、処置を施す準備が整うことに僕は安堵した。執行人は心身ともに健やかでなければ務まらない。それ故にメンテナンスは定期的に行ってしかるべきだ、彼らには僕の様にバックアップのできる体がないのだから。
ピ、ピ、ピ
電子音が耳の奥で響く。僕もそろそろポッドに戻らなければならない様だ。
アオイさんに頼まれた任務を、最後まで遂行できなかったことが一つ心残りだが、やむを得ない。後で謝っておこう。
『製造番号03、機能停止まであと10分です。早くポッドに戻ってください。』
頭に響き渡る警告音に急かされて、僕はチラリと病室の扉の横にかけられた表札を見た。「霧嶋 咲耶」、それがあの子の名前だった。
「ただいま戻りました。」
そう声をかけるが、たくさんのポッドの中にいるバックアップたちは、いつもと変わらず無言のままだった。
自動ドアをいくつも通り抜け、エレベーターを乗り継いだ先にこの部屋はある。
部屋と言っても、僕たちの身体をおさめるポッドが幾つも並んでいる研究室の一角なだけなのだけど、僕にとってはここがいつだって帰るべき場所だ。
壁に沿って一列に並べられた同位体たちの間を通り抜けながら、本体の僕に程近い”03”と書かれた空のポッドに入る。
『入室者、確認。骨格情報やIDチップから、製造番号03と確認。これより調整モードに入り、身体及び神経検査終了後、即座に休眠モードに入ります。』
ピピッという機械音と共に、足元から緑色の液体が注入されていく。あと数分もすれば、このカプセル内部の全てを満たすだろう。それを待ちながら、僕は先ほど見た少女のことを思い出していた。
「きりしま・・・さくや、あの少女の名前は霧嶋 咲耶。
カムヒ・カイネス様に見初められた、執行人。」
ポツリ、と零れた言葉が脳裏に現実味を帯びさせていく。神経を通って、降り注ぐ培養液の中に浮遊するチューブへとデータを流し込んだ。これを通して本体に今日の行動を逐一伝えながら、ダブルコーテーションマークを付随して彼女の名前を複数回信号として送信する。
今日の情報は本体にも有益だ、と僕はなぜか理由もなく確信していた。
いつ見ても一番大きなポッドの中で、僕と瓜二つの身体をポッドの中に漂わせる本体は、一度も目覚めたことがない。しかしその”縁”としての力の強大さ故に、最大限活用する方法として遺伝子レベルで瓜二つな同位体が何体も創られた。僕たちは日々代わる代わるプロセルピア施設内で得た情報や、カムヒ様達の情報をチップを通して送り、本体の目覚めを呼び起こそうと努めていた。いくらゲノム配列まで寸分違わない僕たちでも、一度も本体との完全なる同機には成功した前例がないし、ここ数日の本体とのセッション時間の急激な短縮化は研究者の人たちの頭を悩ませている。
だけど、この”僕”はその考えが間違いだと思う。ここ数日、丁度彼女が来た日から途切れだした信号は、何か理由があるのだと感じたから。他の同位体たちは彼女と直接接触していないから、僕と記憶を共有してもその考えには賛同してくれなかったけれど・・・。それでも僕は、本体の覚醒が近いのだと信じ込んでいる。もうすぐ、僕たちが不要となることも、すべて解っているのだ。
緑の培養液が全身を覆った頃、僕は意識をシャットダウンした。
瞼の裏で透明な液体が零れ落ちたことにも気づかないまま。
けたたましいサイレンの音が響く。
それは恐怖に怯えた人々の絶叫の様に甲高く、神の誕生を祝福するファンファーレの様に重厚感のある音だ。
有無を言わせず、覚醒させられた私は不機嫌だった。横を見れば、看護師の女性がもくもくと、私の腕に繋がれた点滴を取り外していた。
「あの、何かあったんでしょうか。」
今もなお鳴り続けるサイレンを視線に移しながら、そう尋ねる。すると彼女は、諦観を漂わせた瞳で薄ら笑いを浮かべて言った。
「怪異がまた現れただけですよ。・・・世界を殺そうとするケモノが、この国に上陸しただけのことです。」
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