第27話 不審な男の正体

 頭上に池之平の死体がぶら下がった山道。


 六文銭ににらみつけられ、怪しい男はうろたえたようだった。


 見るからに挙動不審になり、わたわたと自分の顔を覆っていたものを外していく。


「え、あー。待ってくれ二人とも、俺だよ」


 サングラスとマスクの下から現れた彼の顔に、六文銭はきょとんと目を丸くした。


「あれっ、猫屋敷さん?」


 本当に意外そうな表情をする六文銭に、二人が学生時代に出会って今も親交がある刑事――猫屋敷は困ったような顔をした。


「え? どうしてここに……」


「俺としては、君たちこそどうしてここにと言いたいところなんだがな……」


 頬をかきながらそう言う猫屋敷に、警戒を解いた六文銭は歩み寄る。


「大方あの胡散臭いカウンセラーが無茶ぶりでもしたんだろう。まったくあの人は」


「あははー……」


 見事に事情を言い当てられ、今度は六文銭のほうが苦笑いをした。


「あっ、そうじゃなくて猫屋敷さん! あそこ! あそこに池之平さんの死体が!」


「大丈夫、把握してるよ。ほら」


 指さされた先を見てみると、池之平の死体の周りには警察が集まってきているところだった。


「え? あれ?」


 困惑する六文銭に、猫屋敷は息を吐く。


「警察は連続殺人事件の疑いありとして『眠り姫』事件を追っていてね。被害者が死んだ現場をマークしていたんだよ」


「あっ、だからそんな怪しい格好してるんですね」


 猫屋敷の頬がひきつった。


「変装へたくそですねえ」


 邪気なく言われたその言葉に、猫屋敷の顔は一気に赤くなった。


「うるさいぞ。これでも真剣なんだ」


 怒っているのか照れているのかわからないその顔に、六文銭は警戒を解いて曽根崎の前からどく。


 そうか。池之平さんが不審者を何度も目撃していて、その人がこちらを探るようなことを言っていたというのはこういうことだったのか。


「なんか見覚えがあるとは思ってたんですよねえ」


「顔見知りに気づかれなかったのは、いいと思うべきかショックと思うべきか……」


 がっくりと肩を落とす猫屋敷におかしくなって、六文銭は小さく笑う。


「警察も「自殺マニア」の裏掲示板の書き込みを見つけていてな。そこに書かれたメールアドレスにこちらからも接触をしたんだ。どうやら君たちのほうが行動が早かったようだが」


 責めるような視線を向けられ、六文銭はうっと彼から目を逸らした。


 事件が終わったらなんとかしてごまかさないとなあ……ごまかせるかなあ……。


 猫屋敷はそれまで黙っていた曽根崎に視線を向けた。


「曽根崎くん。君は自殺か他殺か判定できるんだったな。……あの死体をどう見る」


「間違いなく他殺だ。何者かに殺されている」


 即答した曽根崎に、猫屋敷は自分の顎を触った。


「そうか。やはり他殺か」


 言いながら上を見る猫屋敷に、つられて六文銭もそちらを見上げる。


 池之平さんは誰かに殺された。


 でも誰に? どうして? どうやって?


 呪いを追っていたのがいけなかったとか……。


 呪いを探られたら困る人がいたとか?


 その時、背後で曽根崎が小さく笑う声が聞こえた気がした。


「……そろそろ俺も、一人で生きるべきなんだろうな」


 きっと独り言だったのだろう。


 うまく聞き取れなかった六文銭は、振り向いて聞き返す。


「つづるちゃん?」


 曽根崎は穏やかな顔で軽く目を閉じていたが、数秒後、すっと開いたまぶたの下には据わったまなざしが存在していた。


「つづるちゃ……」


「気分が悪いから先に戻る。お前は警察に事情でも話しておけ」


「えっ?」


 早口で言い放たれた言葉に咄嗟に反応できずに六文銭は目をしばたかせる。


 曽根崎は、六文銭に背を向けて屋敷のほうへと歩き出した。


 慌ててその後ろを追いかけようと六文銭は身を乗り出す。


「おっ、俺も一緒に……!」


「ついてくるな!」


 聞いたことがないほど強い口調で遮られ、六文銭は思わず立ち止まった。


 その隙に、曽根崎の背中はどんどん遠ざかっていく。


「置いてかないでよお……」


 迷子のように情けない声を出しながら、六文銭は曽根崎を見送る。


 猫屋敷はそんな六文銭に気づかわしそうに歩み寄った。


「喧嘩でもしたのか?」


「うう、はい……」


 泣きそうな顔をしている六文銭にどう声をかけたものか猫屋敷が迷っていると、観光街に続く道から一人の警官が駆け上ってきた。


「猫屋敷さん!」


 警官は二人の前にやってくると、一枚の写真を取り出した。


「見てください、これ」


 それは観光街の日常を撮った一枚のようだった。


 何気ない日々を切り取った、穏やかで優しい雰囲気の写真だ。


 しかし、その写真の中に写り込んでいた一人の女性に、猫屋敷は目を見開いた。


 涼やかなワンピースに身を包んだ、線の細い美しい女性。


 その顔は六文銭にも見覚えがあるものだった。


「これは――『眠り姫』か?」


 顔立ちはあの呪いの写真の女性とそっくりだ。


 ただし、写真の中の彼女はちゃんと立っているし、自然な表情で笑っている。


 ……もしかしてこれ、生前の『眠り姫』さん?


「この写真はどこで?」


「下の観光街に飾られていたものです。軽井沢をアピールするもののうちの一枚で」


「そこに偶然写り込んでいたということか……これは何年前の写真だ?」


「詳しくはまだ。ただ劣化具合から見て、最近のものではないと思われます」


 喋る二人の刑事をよそに六文銭は写真を覗き込み続け――ある人物に気が付いた。


「あれっ?」


 生きた『眠り姫』の隣に立つ少年。


 彼女に笑顔を向けているその面影には、どことなく見覚えがある。


「これもしかして……子供のころの池之平さん?」

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