第23話 露見する亀裂
夜。六文銭と曽根崎に与えられたのは、ベッドが二つある一部屋だった。
友人だからきっと気を使ってもらえたのだろう。
でも、今のつづるちゃんって多分俺のこと……。
早々にベッドに潜り込んでしまった曽根崎は、こちらに背を向けて丸まっている。
六文銭は体を起こして曽根崎を見た。
「つづるちゃん、起きてる?」
答えは返ってこなかった。
寝ているのかもしれない。寝たふりかもしれないけど。
そのどちらであっても、六文銭は口を動かさずにはいられなかった。
「あのさ……ちょっとだけ話していい?」
やっぱり返事はない。
六文銭は何度か呼吸をして、喉で絡まりかけた言葉を音にした。
「つづるちゃん。俺たちが高校の入学式で初めて会ったときのこと、覚えてる?」
ぴくりと曽根崎の肩が揺れる。
六文銭にとっては初対面、曽根崎にとっては再会であったあの瞬間だ。
入学式が終わった直後。教室に向かう列で、見覚えのない彼に声をかけられた。
「あの時、つづるちゃんが声かけてくれてさ。なんとなく友達なんだろうなってわかって、俺うれしかったんだ」
一目見た感じでは、積極的に行動を起こすような性質には見えなかった。
そんな彼が、自分と会話するためにわざわざ声をかけてきてくれたと察した瞬間、高校生活を彼とともに過ごしたいと素直にそう思った。
「だから俺、つづるちゃんと一緒にいなきゃなって、そう思ったんだよ」
曽根崎は黙ったままだ。
いつもなら、背を向けられてもどんな顔をしているかはっきりわかるというのに、今この瞬間は、まるで分厚い壁があるように彼のことがわからない。
六文銭は目を伏せた。
「……あのさ。昔のことなんだけど、」
六文銭は動かしかけた口をぴたりと止める。
言わなければならない。でも、その勇気がどうしても出ない。……これを言ってしまうのは、きっと俺そのものを否定することだから。
六文銭は大きく息を吸い込むと、つとめて明るい声で話題を変えた。
「つづるちゃん、あの事件の後、学校にあんまり来なくなっちゃったじゃない? だから、つづるちゃんがえにし所長に誘われて自殺判定士になるのを決めたとき、俺ホッとしたんだ」
あの事件で曽根崎は大きく変わった。
ただでさえ後ろ向きだった感情が、どこかから転がり落ちてしまったかのように。
俺がつなぎ止めないといけない。ただその焦燥だけがある。
六文銭は少し身を乗り出した。
「ねえ、つづるちゃんはどうして自殺判定士になったの?」
家にこもりきりになってそのまま死を待つばかりの有様だった彼を少しでも変えたこと。
えにし所長が何を言って、かたくなな彼を誘ったのか。
自分にはそれが全くわからない。
だって、つづるちゃんはいつだって本当に大切なことは何も教えてくれないから。
やっぱり返事をしない曽根崎に、六文銭はもう一度目を伏せ、ちらりと彼の様子をうかがった。
「昼間にさ、「信じることができるなら、生きてる」って言ってたこと、俺ずっと考えてた」
信じることができるのが『生きていること』。
ならば逆に、信じられないことが『死んでいること』なのだろう。
ひねくれていて、いちいち回りくどい彼の考えることはやっぱりわからない。
でも、その言葉の意味の推測ぐらいはできてしまった。
「もしかしてなんだけどさ、つづるちゃんは俺のことを信じてないの?」
答えは、長い沈黙だった。
……それが肯定のようなものだった。
六文銭は悲しみが押し寄せてきて、ぐっと唇を引き絞る。
「つづるちゃん、高校のころからずっと俺のこと見ようとしてないよね」
息をのむ音が聞こえた。
気づいていたのか。そう言われた気がする。
六文銭は自虐的に笑った。
「知ってたよ、それぐらい。ずっと隣にいたんだもん」
ぎゅっと拳を握りしめ、思わずこぼれそうになる涙を我慢する。
「つづるちゃん。そんなに俺のこと嫌い……?」
そうつぶやいた瞬間、曽根崎はがばっと跳ね起きた。
「ちがっ……!」
ばちりと曽根崎と目が合った。
ほんの数秒だけこちらを見て、いつものように逸らされた目。
そのまなざしに縋るように、六文銭は曽根崎に声をかける。
「俺ね、俺はここにいるよ。俺のこと、見てくれないかな」
しばらくの間、曽根崎は黙ったまま顔を背けていたが、何かを耐えるように唇を震わせた後、勢いよくベッドに転がって布団をかぶりなおした。
「つづるちゃ……」
「うるさい。もう寝ろ」
かたくなな声が六文銭にかけられる。
六文銭はそれ以上声をかけることができず、自分も布団をかぶって丸まった。
「おやすみなさい」
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