第22話 殺意のない殺人

 混乱する六文銭を置き去りに、池之平と金嶺は彼女の美しさについて盛り上がっている。


「いやあ、こんなに様々な写真を持っているなんて実にすばらしい! 自分はあなたのような方を探していたんですよ!」


「それは何よりです。ほら、この写真とか艶やかですよね」


「ええ、本当に!」


 おかしい。そんなのまるで、死体が生きつづけているみたいじゃないか。


 腐らずに、土に還らずに、ずっときれいなまま写真に写っているなんて。


 でも、そもそも、こんなに血色のいい死体があるのだろうか。


 死に化粧のせいだと思っていたけど、それにしては肌に張りがある気がする。そっと重ねられた手も白く艶やかで、いまにも動き出しそうだ。


 つづるちゃんの判定能力を疑うわけじゃないけれど、今回ばかりは何か見落としていることがある気がしてならない。


「今度はあなたのお話も聞かせてください、池之平さん」


「ええ、ええ。自分達は呪いについて有力な情報をたくさん持っていますよ!」


 池之平は大きく胸を張って笑顔で言う。


「ああ、すばらしいですね。彼女の呪いが本当にあるなんて、本当にすばらしい」


 金嶺もまた何かに酔っているかのような表情だ。


「ゆっくりお話しますよ。その代わり、金嶺さんも彼女のことを私に教えてください」


「もちろんです。ああ、彼女が本当に人を呪っているだなんて!」


 まるで趣味の悪いお芝居のように二人は語り合っている。


 しかしその時、ぼそりと呟かれた一言が彼らの間に突き刺さった。


「……呪いなどない」


 ぴたっと動きを止め、池之平たちは曽根崎に注目する。


「今なんと?」


「呪いなどないと言ったんだ。死者はそんな超常的なことは起こせない。『死』に近づくのは、いつだって生者の側だ」


 曽根崎は冷たく断言する。


 池之平たちの機嫌は一気に急降下した。


「根拠を聞かせてくださいませんか。僕の納得できる根拠を」


「そうだね。遊園地のときの話の続きをしよう。君はなぜ、呪いを否定するんだい?」


 立て続けになされた二人の質問に、曽根崎は答えなかった。


 気まずい沈黙があたりに満ちる。


 数秒間のそれを確認し、金嶺は肩をひょいっとすくめた。


「根拠を示せないのなら話は終わりですね。呪いはある。現に人はたくさん死んでいる」


 そう言うと、二人は『眠り姫』の話に戻ろうとする。


 しかしそんな彼らを曽根崎は再び遮った。


「『死』が生者を引きずり込むという呪いは、確かに存在する」


 低く、淡々と、曽根崎は告げる。


 その目はほとんど睨み付けるように二人を見据えていた。


「そういう意味では、お前たちは呪われている」


 曽根崎の宣言に池之平たちは言葉を失った。


 図星だったのか、それとも理解できなかったのか。


 はたから見ている六文銭にはわからなかったが、確かにその言葉が彼らに届いたということは理解できた。


 痛いほどの沈黙から先に回復したのは金嶺のほうだった。


「君は独特な死生観を持っているようですね。……では聞きましょう。君は『死』に対して、どのような見解を持っているんですか?」


 曽根崎は明確な事実を告げるように淡々と答えた。


「『死』は生者によって決められるものだ。……それが生きていると信じることができるのなら、その対象は生きている」


 それを聞き終わった金嶺は目を丸くし――それからふっと穏やかに笑った。


「なるほど。なんとなく理解できました」


 納得した表情だった。


 共感、なのかもしれない。


 そう思いながら六文銭はおそるおそる曽根崎を見る。


 いつも通りの不機嫌そうな顔だ。


「突き放すような言い方をしてすみませんでした。君ともぜひ語り合いたいですね」


「……考えておこう」


 本人たちにだけ通じ合う何かがあったのだろう。


 そうやって話す二人を見て、六文銭は曽根崎に向かって少しだけ手を伸ばしかけて――やめた。


 きっと今の俺じゃ届かない。なんとなくだけれど、でも、はっきりとわかってしまっていた。


 周囲を置き去りにして向かい合っていた曽根崎と金嶺だったが、ふと金嶺は壁の時計を見上げた。


「ああ、もうこんな時間ですか」


 時刻は五時過ぎ。


 観光街で寄り道をしたのと山奥にあるこの別荘まで歩いたせいで、思った以上に時間は過ぎてしまっていた。


「まだまだお聞きしたいこともありますし、皆さん今日はこちらに泊まっていかれません?」


「え、そんなでも……」


「実はそのつもりで夕飯も用意してあるんです」


 邪気のない顔でにこりと微笑まれ、六文銭は何も言えなくなる。


 金嶺はすっと窓の外に視線を向けた。


「ここで暮らすのって、結構寂しくて」


 別荘のそばに広がっているのは人気(ひとけ)のない森ばかりだ。


 上の階に行けばもしかしたら麓の観光街が見下ろせるかもしれないが、それでも楽しめる景色はその程度だろう。


「こちらに住んでいらっしゃるんですか?」


「はい。妻のためなんです」


 六文銭の問いに、金嶺は嬉しそうに答えた。


「妻の健康にはこの場所はちょうどいい気候なんです。彼女はほとんど寝てすごしている状態なので……皆様にはご紹介できないんですが」


 残念そうに指輪をはめた指を組む金嶺に、池之平は慌てて首を振った。


「いえ。ご病気の方に無理はさせられませんよ。お気遣いなく」


「ありがとうございます。妻にも皆さんのことは伝えておきますね」


 彼にお礼を言う金嶺の表情はとても幸せそうだった。


 本当に奥さんのことを愛しているんだな、と六文銭はズレた感想を抱く。


「では食事の準備をしてきますね。少々お待ちください」


 そう言って金嶺は再びこの部屋から出ていこうとする。


 六文銭は慌ててそのあとを追いかけようとした。


「あっ、俺も手伝います!」


「いえ。台車で運んでくるだけなので、お気遣いなく」


 笑顔で断られ、それ以上食い下がることもできずに六文銭はドアが閉まるのを見送る。


 この、たった十数分のうちに知ってしまった情報量に頭がぐるぐるする。


 金嶺さんのコレクションの写真には何か違和感があって、別の角度からの写真もあって、そもそも撮られた年が違うものもあって、でも同じ姿勢で、血色がよくて、死体で、それでええと……。


 頭を抱えながら曽根崎のところに戻ってくると、彼は机に置いてあった『美死の恋』の表紙に触れていた。


「どうしたの、つづるちゃん?」


「……昔、少しだけ読んだことを思い出してな」


 ぽつりと曽根崎は答え、大雑把に選んだページを開いた。


「殺意のない殺人は成立するのか」


「え?」


 重力に従ってぱらぱらとめくれるページを指先に力を込めて調整する。


 ぴたりと、とあるページで曽根崎は手を止めた。


 どんなシーンなのかはわからない。


 ただ、探偵らしき人が刑事らしき人としゃべっているのだけはわかる。


 六文銭はなんとなく文字を追っていき、探偵の最後の台詞に目を止めた。




『――明確であるものだけを殺意と呼ぶのならね』




 顔を上げると、曽根崎も同じ部分を読んで何かを思案しているようだった。


「ねえつづるちゃん。これって……」


「どうかしたのかな?」


「びゃっ」


 突然割り込んできた池之平の顔に、六文銭は慌てて本を閉じた。


「な、なんでもない! なんでもないです!」

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