第16話 うさんくさいセラピスト

 それから一週間、曽根崎と六文銭はなんとなく一緒に帰るようになっていた。


 きっと不安なのだろう。『死』を目の前にして、自分たちは何か正体のわからないものが恐ろしくなってしまったのだ。


 頭のどこかでそう考察はできていても、どうしても足下からじわじわと忍びよる恐怖はぬぐえずに、曽根崎は六文銭とともに行動していた。


 部活終わりに寄り道せず、二人は家路を歩いていく。


 六文銭はふわわっと大あくびをした。曽根崎はちらりとそれを見る。


「眠そうだな」


「うん、ごめんね。なんかあんまり眠れなくて」


 目元に浮かんだ生理的な涙をぬぐいながら、六文銭は答える。


 気持ちはなんとなくわかった。


 この一週間、自分もどこか落ち着かない日々を送っているのだから。


「つづるちゃん、あのね」


「ああ」


「俺、怖くてさ」


「……そうだな」


「ほら、呪われちゃったり、しそうじゃん?」


「……は?」


 思わず間抜けな声を上げて、曽根崎は六文銭を見た。


「俺、直接死体を触っちゃったしい……」


 六文銭は手を見ながらめそめそしている。


 そんな、どこかずれた怖がり方に、曽根崎はぽかんとしたあと、小さく笑ってしまった。


「お前、昔のほうがホラーに耐性があったんじゃないか? 肝試しでも俺のこと引っ張っていったじゃないか」


 昔のことを持ち出してからかうと、六文銭の唇が一瞬だけぴくりと震えた。


 その瞬間に感じた言い様のない不安に、曽根崎は困惑する。


 しかしその雰囲気はすぐに六文銭の顔から消え去り、代わりにいつも通りのなさけない表情が戻ってきた。


「うう……そんなこと言わないでよお……」


 ……なんだ、今の。


 動揺で跳ね上がった心拍数を確かめるように、曽根崎は自分の胸に手を置く。


 だが、いくら考えてもその正体はつかめなかった。


 そうしているうちに二人は大きな橋へと差し掛かる。どうやら改修工事でも始まるのか、いくつかある立て看板の向こう側には大がかりな工事器具がいくつも用意されていた。


 足下には川幅のある河川が流れている。雨が降れば水深もかなりのものになりそうだ。


「被害者が見つかったのはこの川なんだってね」


 川を眺めながら、唐突に六文銭は話を切り出す。


「調べたのか?」


「どうしても気になっちゃって」


 えへへ、と六文銭は笑った。


 不健全な行為だとは思うが、やっぱり気持ちはわかる。


 怖いのに、見たくないのに、自然と調べてしまっていたのだろう。


 六文銭は立ち止まり、橋の欄干に腕を乗せた。


「殺されて、腕まで切り取られて……そんなのってないよ、って思わない?」


「どうだろうな」


 今いる場所から五メートル以上下方には、晴れているせいで水量の少ない川が流れている。


 二人はぼんやりと水面を見下ろした。


 ここで殺された女性の存在が、顔も知らないのに意識にちらついて仕方がない。


 きっと六文銭も同じ感覚だろう。


 まるで、あの死体に呪われてしまったかのようだ。


 ――その時、やけに明るい女性の声が二人の背後からかけられた。


「おや、少年たちどうしたのかな? 入水自殺してしまいそうな顔じゃないか」


 振り向いた先にいたのは、一人の女性だった。


 年齢は、ぱっと見た感じでは判別できない。若々しいようにも見えるし、かなり年齢がいっているようにも見える。


 ただわかるのは、彼女がとてつもなくうさんくさい雰囲気をまとっているということだけだった。


「もしかしてあの事件の関係者かい?」


 ずいっと顔を寄せて、彼女は尋ねてくる。


 六文銭はあわあわしながら思わずそれに答えてしまっていた。


「えっと、俺たち理科室であの腕を、そのう」


「ああ。第一発見者というやつか。不運だったね、君たちも」


 彼女は六文銭の肩に手を置いてぽんぽんと叩きながら首を横に振った。


 なんだろう。心の底から同情している言動のはずなのに、なぜか嘘っぽく見えてイライラする。


 うろんな目を向けられているというのに一切気にせず、彼女は曽根崎たちの顔を覗き込んできた。


「ふむ……。君たちの親族からは金をもらっていないんだが……まあいいさ」


 肩をひょいっとすくめると、彼女はばちんとわざとらしくウインクをする。


「お姉さんからのサービスだよ。話を聞いてあげよう、少年たち」


「お姉さん……?」


「こら、つづるちゃんっ!」


 素直な感想が曽根崎の口から漏れ、六文銭は慌ててその口を手でふさいだ。


「あの、話を聞くってなんですか? どういうことですか?」


「ふふん、グリーフケアというやつさ。遺された人々の相談に乗り、傷を癒す。私が生業としているのはそういうものでね」


 そんなことを言いながら、彼女は偉そうに胸を張る。


 曽根崎は思わずジト目になった。


「初対面の相手にずけずけ聞いてくるその無神経さでか?」


「つ、つづるちゃん!」


 再び口をふさがれ、曽根崎は六文銭を睨み付ける。


 彼女はそれを機嫌良さそうに見て、それから二人ににんまりと笑いかけた。


「大方、あの事件の動向を知りたいんだろう?」


 二人は息を呑み、謎の女性に注目する。


「知ってるんですか」


「警察に懇意にしてるやつがいてね」


 ふふんと鼻を鳴らす彼女はやっぱりうさんくさい。


「それで気が済むのなら特別に教えてあげるよ」


 彼女は偉そうにそう言うと、曽根崎たちに手を差し伸べた。


「私の名前は夢食えにし。立ち話もなんだ。まあ来たまえよ」

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