第13話 掲示板のお誘い

 そのままべそをかくこと数分。ようやく落ち着いてきた六文銭は、抜かしていた腰をなんとか持ち上げた。


「これからどうしよう、つづるちゃん……」


「放っておけ。俺たちはこのまま帰ればいい」


 六文銭がしっかり立ち上がったのを確認し、曽根崎は六文銭に背を向ける。六文銭は慌てて彼のあとをついていった。


「でも池之平さんがまだ……」


「先に車に戻っていればそのうち来るだろう。行くぞ」


 そう言って、曽根崎は本当に池之平を探そうとせずにすたすたと歩き出した。


 いいのかなあ。ミトさんがまだこの遊園地にいるのに。池之平さんは無事なのかなあ。


 止まっているエスカレーターを下り、二人は出口を目指して歩いていく。


 誰もいない遊園地はやっぱり不気味で、六文銭は知らずのうちに曽根崎へと体を寄せていた。


「うええ……なんでこんなところ来ちゃったんだろう……」


「お前が自分でついてきたんだろう」


「だってえ! つづるちゃんが行くって言うからあ!」


 遊園地への怯えのせいか、すっかりいつも通りの調子に戻った六文銭に、曽根崎はふんと鼻を鳴らした。


「おそらくこの遊園地では、これまでもミトが自殺志願者を呼んでは死なせていただろうな」


 びくっと六文銭は肩を跳ね上げる。


「つ、つまりその人たちのお化けがいるかもっていうこと……?」


 曽根崎の答えは意味深な沈黙だった。


 六文銭は怯えきって、ほとんど細身の曽根崎の後ろに隠れるように身を縮こまらせる。


「も、もう帰りたいよお……」


「同感だな。こんな場所からはさっさとおさらばするぞ」


 曽根崎は歩くスピードを上げ、六文銭もそれに従う。


 その時、二人に近づいてくる足音があった。


「曽根崎くん! 六文銭くん!」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのはカメラを手にしてほくほくした様子の池之平だった。


「もう帰るのか? 依頼の取材はまだこれからなのに」


「あの男に殺されかけてな。逃げるぞ」


 池之平は目を見張り、すぐに真剣な話だと気づいたのかカメラから手を放した。


「……事情はあとで詳しく聞かせてもらうからね」


「そうしてくれ」


 三人は足早に遊園地を抜けていく。


 その時――派手な爆発音がして三人はそちらを見上げた。


 爆発音のもとは、自分たちが入ってきた遊園地の入り口あたりのようだ。何かが燃えているのか、煙が立ち上るそちらを見て、六文銭は唇を震わせる。


「まさか、ミトさん……?」


 それを肯定するように、ガソリンの匂いがここまで漂ってくる。


 池之平はちらりと二人を見た。


「……近づかないほうがいいんじゃないか?」


「車があるのはあっちだろう。通らないわけにはいかない」


 曽根崎は不機嫌そうに彼に視線をやった。


 ため息をひとつつくと大股で歩き出した曽根崎に慌てて六文銭はついていく。池之平もそれを険しい目で見た後、そのあとを追いかけた。


 入り口の向こう側。池之平の車が停めてあるすぐ近くでは、やはり何かが炎上しているようだった。


 山を切り崩して作られたこの場所には、高台にそびえ立つジェットコースターのようにいたるところに高低差が存在している。


 その中の一つ。駐車スペースのそばにあった崖の下からその煙は立ち上っていた。


 六文銭が恐る恐る覗き込むと、落下して炎上するバイクの近くにヘルメットをしていない若い男性――ミトが倒れているのが見えた。


 遠目でそれを見て、曽根崎は断言した。


「死んでるな」


 バイクが通ったであろう車輪の跡を見て、六文銭はここで何が起こったのかを悟る。


「雨で湿った草で、車輪が滑ったんだ……」


「そうだね……不運としか言いようがない」


 池之平もそれを肯定し、眉を寄せる。


 おそらく隠していたバイクで逃げようとしたところをスリップして落ちたのだろう。


 まるで天罰が下ったかのような事故に、それでも六文銭は悲痛に顔を歪める。


 だけど、たとえ遠目であっても死体を見たことには変わりないのに、自殺を見た時よりショックを受けていない自分に六文銭は気づいていた。


 思うにあれは……彼のあの死に様をつづるちゃんに重ねてしまったんだろう。


 つづるちゃんに、あんな風に恐ろしく死んでほしくない。


 あのとき胸に去来した思いは、きっとそれだけだったのだ。


「事故で死んだ人がいるのに、あんまりショックじゃないって思っちゃうの、なんか自分が嫌になるなあ」


 悲しい顔をしながらもぼんやりと六文銭は呟く。


 しかし曽根崎は死体を見つめたまま目を細めた。


「……違う」


「え?」


「おそらくこれは、事故死じゃない」


 思いもよらない言葉に、六文銭はきょとんとした顔を曽根崎に向ける。


「え、じ、じゃあ他殺……?」


「いや違う」


 そう否定され、六文銭の頭の中に一度は過ぎ去ったはずの恐怖がむくむくと首をもたげてくる。


 曽根崎の顔は至極真面目で、嘘や冗談を言っている様子ではない。


「こ、今度こそ、まさか、呪いなの?」


 ガクガク震えながら六文銭は言う。


 曽根崎は不快そうに顔を顰めると、袖で鼻を覆ってよろめいた。


「くさい……」


 トンっとちょうどそばにいた六文銭に曽根崎の体がぶつかった。


 六文銭は慌てて彼の体を受け止めた。


「あ、危ないよ! 人が落ちた場所なのに!」


 何か返事をしようとしたのだろう。曽根崎は六文銭に振り返り、正面から彼の顔を見て――目を見開いて硬直した。


「え、つづるちゃん?」


 急に様子がおかしくなった友人に六文銭は名前を呼ぶ。


 曽根崎はそれに答えないまま、口の中でぽつりと呟いた。


「もしかして……同じ『におい』なのか?」


「え?」


 言われた意味がわからず、六文銭は尋ね返す。しかし曽根崎は「いや、なんでもない」と早口で答えたっきり何も言おうとしなくなった。


「とりあえず……これはもう警察を呼ぶべきだろうね」


 池之平はそう言いながら携帯を取り出す。


 六文銭は頷き、もう一度死体を見下ろした。






 ここが辺鄙なところにある廃遊園地であるせいで、パトカーが到着するまで、しばらくの猶予があった。


 深刻な顔で黙り込む曽根崎。そんな彼が気になってそわそわする六文銭。


 一方、池之平はポチポチと携帯をいじっていたのだが――突然、アッと素っ頓狂な声を上げた。


 ビクッと六文銭は肩を跳ね上げる。


「ど、どうしたんですか……?」


 そっと尋ねるも、池之平は口元を押さえたままわなわなと体を震わせていた。


 尋常ならざるその様子に六文銭はそっとその顔を覗き込む。


「あのお……」


「これを見てくれ二人ともっ!」


「わあっ!?」


 突然大声を出されて六文銭はのけぞる。


 池之平が突きつけてきたのは自分の携帯だった。表示されているのはくだんの『自殺マニア』の掲示板だ。


 つい数分前にそこに残された書き込みを六文銭は読み上げた。


「……『眠り姫』の呪いについてお聞きしたいことがあります。『眠り姫』の最初の持ち主より?」


 読み終わると同時に池之平は携帯を抱き寄せ、興奮を隠しもせずに派手に喜び始めた。


「やった! ようやく手がかりにたどり着いたぞ!」


 池之平は大きく腕を広げて、天に向かって叫ぶ。


「彼女が誰なのかようやく知ることができる!」


 口を大きく開けて高笑いをする池之平から、少し距離を取って六文銭はそれを見守っていた。


 異様だ。


 たかが取材対象のためにここまで喜びを表すものだろうか。


 これじゃまるで――恋焦がれる相手に振り向いてもらったみたいじゃないか。


「呪い……」


 ぽつりとした声がかたわらから響き、六文銭はそちらに振り向く。


「……追えばこの『におい』の正体もわかる、か」


 何を考えているのか、曽根崎もまたこの書き込みに何かを感じているようだった。


 一人蚊帳の外にされたかのような心地で、六文銭は二人を見比べる。


「ふふ……警察から解放されたらこの住所の場所にすぐにでも……」


 ぶつぶつと池之平は計画を立て始める。


 空恐ろしさを感じた六文銭は一歩彼から距離を取った。


 しかし――かたわらの曽根崎は、逆に池之平に歩み寄った。


「俺も連れていけ」


「えっ」


「俺も確認しなければならないことがある」


 珍しく自分から動こうとする曽根崎に、六文銭は言葉を失う。


 二人ともどうしちゃったの……?


 理解が追いつかずに、六文銭は不安げな目で二人を見る。


 これじゃあ、まるで本当に『眠り姫』の呪いに取り憑かれたみたいな――


「いいとも! 一緒に行こうじゃないか!」


 池之平はニコニコと曽根崎の提案を呑む。


 このままじゃダメだ。


 何が起きているのか訳がわからないけれど、それだけははっきりしている。


 六文銭は咄嗟に叫んだ。


「つっ……つづるちゃんが行くなら俺も行くよお!」

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