第11話 愉快な自殺志願者たち

 池之平のへたくそな鼻歌が車内に響いていた。


 薄汚れた白いバンを運転しているのは池之平。助手席に六文銭、後部座席に曽根崎が腰掛けている。


 車窓を流れていく景色は徐々に都会から郊外へと近づいていき、やがて山中に存在する放置されて久しい遊園地が近づいてくる。


「あっちが言ってきた集合場所の遊園地は、廃墟スポットとしてマニアに人気の場所でね。基本的に人はいないけど、たまに立ち入ることもあるところなんだよ」


 止んだばかりの小雨の跡が残るフロントガラスから錆びだらけの観覧車が遠くに見え、六文銭は縮こまった。


「なんでそんなところに集合するのお……」


「そんなの遊園地で自殺するために決まっているだろう?」


「ひぃ!」


 派手に震え始める六文銭に、池之平は笑う。


 後部座席で窓の外をにらみつけていた曽根崎はぼそりと言った。


「死体を見つけてもらえないのが怖いから、そこを選んだのか」


「うん、よくわかったね。あの掲示板でもたまに書かれてることでね。死ぬのはいいけど、寂しく死ぬのはいやだって」


 六文銭は理解できず、バックミラーごしに曽根崎を見る。


「だから自殺志願者たちが集まって仲良く自殺しようとしているということか」


「そういうこと。詳しいね?」


「……気持ちはわからなくもないからな」


 そうつぶやいた曽根崎はここではない場所を見つめているようだった。自分がその腕を引き留められない場所にいるのが落ち着かず、六文銭は視線を落とす。


「そういえば曽根崎くん」


 ふと思い出したように池之平は切り出す。


「君は呪いを否定していたようだったけれど、どうしてそこまで否定するんだい?」


 曽根崎は六文銭たちに顔を向けないまま、ぽつりと答えた。


「そんな都合のいい超常現象は起こらないからだ」


 池之平は笑みを深め、さらに尋ねる。


「へえ、根拠は?」


「死んだら人間はそれまで。あちら側に行ったものは、現世に何をすることもできはしない」


 淡々と曽根崎は言い、目をすっと細めた。


「……そう信じるべきなんだよ、本当は」


 最後の一言は、聞こえるか聞こえないかの大きさだった。


 六文銭がそれを聞きなおそうとしたその時、車の前方に廃遊園地の入り口が見えてきた。


「ああ、着いちゃったか」


 急な斜面を登り切った車はゆるやかに減速し、ぼろぼろの門の前で停車する。


「じゃあ曽根崎くん。さっきの話の続きはまたあとで聞かせてくれないかな?」


 シートベルトを外しながらの言葉に、曽根崎は顔を向けないまま車のドアを開いた。


「誰が聞かせるか」


「つれないね」


 鎖で閉ざされた入り口をまたぎ、曽根崎たちは遊園地の中へと入っていく。


 かつては家族連れや友人、恋人たちが楽しい時を過ごしたであろう遊園地は、頭上に広がるのが曇り空であることも相まって、おどろおどろしい雰囲気をかもしだしていた。


 割れて雑草が生えているアスファルトを踏みしめながら、三人は待ち合わせ場所へと歩いていく。


「こんなの完全におばけやしきだよお……」


「遊園地なのだから、文字通りおばけやしきもあるだろうな」


「びええ……」


 曽根崎の煽るような言葉に、六文銭は変な声を上げて彼にしがみつく。


 ぶるぶる震えながら進む六文銭を重そうに引きずりながらさらに歩いていくと、観覧車の前に三人の人影が見えてきた。


 男が二人、女が一人。


 男のうちの明るい雰囲気のほうが、三人を視界に入れて軽く手を上げた。


「お、来た来た。これで全員かな?」


 どうやら彼らが自殺志願者たちらしい。


 曽根崎に小突かれて六文銭は少し曽根崎から離れたが、まだ手は彼の服をつかんだままだ。


「俺はルゥルゥ。こっちはミトくんと、ムチャ子さん」


 明るい男が自己紹介するのを、六文銭はきょとんとしながら聞いた。


 今自己紹介した男がルゥルゥ。もう一人の自己主張が控えめな男がミト。最後の陰気な女がムチャ子。


 どう聞いても本名とは思えない響きだ。


「ハンドルネームだよ。一人はいやだけど、自殺する事情を知られたくないっていう人も多いんだ」


 池之平にそうささやかれ、六文銭はなるほどと納得する。


 サイトへの書き込みはすべて彼に任せていたため、ここは話を合わせるべきだろう。


「自分がイケダイ。こっちの不健康そうなのがソネソネ、こっちのおびえてるほうがロックです。よろしく」


「え!?」


 なんというか適当にもほどがあるハンドルネームをつけられ、六文銭は池之平を二度見する。


 池之平は平然とルゥルゥに手を差し出していた。彼はそれを握り返し、さわやかに笑う。


「こちらこそよろしく。まあ、今から死ぬまでの短い付き合いだが」


 明るさとは裏腹の話題に、六文銭はさらにおそろしくなって再び曽根崎へとぐっと近づいた。


「つづるちゃあん……」


 ほとんどべそをかきながら縋ってくる六文銭を、曽根崎は顔をしかめながらちらりと見る。


 そんな二人を見比べていたルゥルゥは、はっと気づいたように声を上げた。


「あ。もしかしてそっちの二人は心中ってやつ? いやあ、そういうの風情があっていいと思うよ」


「わかる……心中は自殺のロマンですよね……」


 ムチャ子に同意され、六文銭はさらにめそめそした。


「そんなのわかられたくないよお……」


「うるさいしがみつくな」


 小動物のように細かく震える六文銭とされるがままになっている曽根崎に、周囲はほほえましいものを見る目を向ける。


「仲がいいのはいいことだ」


「死ぬのも寂しくないですしね……」


 自殺志願者たちはうんうんとうなずきあう。


 六文銭はひぃっと小さく悲鳴を上げながら、曽根崎の肩に顔を押し付けた。


「じゃあそろそろ行こうか。みんな、どこで死ぬかは決めてある?」


 ルゥルゥの先導で、一行は遊園地を巡るために歩き出そうとした。


 しかし、そんな彼らを控えめな声が呼び止める。


「ちょっと待ってみんな」


 声の主は、今まで一切自己主張してこなかったミトだった。


 彼は持っていたカバンから、数枚の写真を取り出した。


「あの……これ持ちながら死んでみない?」


 それを受け取り、ルゥルゥは目を丸くする。


「もしかしてこれ、『眠り姫』か?」


 どこでこんなものを、という視線を向けられ、ミトは苦笑した。


「ほら、僕たち今から死ぬじゃないですか。でもどうせならただ死ぬんじゃなくて、くそったれな世間に悪戯してみようかな、って……」


 ムチャ子もそれを受け取り、ルゥルゥと一緒になって表情を明るくした。


「なるほど。これを持って死ねば、世間の奴らに呪いがあると思わせられるってことか」


「ちょっとわくわくしてきました……」


 盛り上がる自殺志願者たちを置いて、曽根崎たち三人は渡された写真に視線を落とす。


 姿勢よく椅子に腰かける美しい女性の写真。焼き増しされた『眠り姫』だ。


「なるほど。多数の自殺者が呪いの写真を持っていたのはこういうからくりってことか」


 池之平は興奮を押し隠している表情で小さくつぶやいた。


 自殺志願者が写真を出してきたという思わぬ展開に、六文銭は彼らの会話を聞こうとそちらを覗き込もうとする。


 そんな彼の服を曽根崎は捕まえた。


「びゃっ!?」


「六文銭離れるな」


 振り返ると、曽根崎は鋭い目でミトをにらみつけていた。


「おそらくあのミトという男が、自殺マニアの管理人だ」


 六文銭は視線だけでちらりとミトを見て、曽根崎に向き直った。


「えっ、でもあの人、自殺志願者なんじゃ……」


「よく見ろ馬鹿」


 首と、手首だ。


 そう言われて、六文銭は自殺志願者たちを見やった。


 ルゥルゥの首元には首吊り未遂の痣と掻きむしった傷跡。ムチャ子の手首には生々しいリストカットの跡がある。


 だが、ミトは態度こそおどおどしているものの、明確な傷跡もなければ些細な自傷痕すら見当たらない。


「もしかして……あの人だけ自殺する気がない、ってこと?」


「ああ。さっきも言っただろう。この会は一人ぼっちで死ぬのが怖い奴らが来るところだって。そんな場所に、正真正銘の自殺初心者が来ると思うか?」


「自殺初心者ってつづるちゃん……」


 えにし所長が使っていた冗談めいた単語を真顔で言われて、六文銭はあきれた顔になる。


「それじゃあまるで自殺のプロがいるみたいな言い方だよお」


「俺は自殺のプロだろう」


「そんなプロにならなくていいの!」


 そうやって軽口をたたいて心が楽になってきたのか、六文銭は突然キリっとして鼻を鳴らした。


「つづるちゃん安心して。変な場所に来ちゃったけど、いつも通り俺がつづるちゃんを自殺させないから」


「はいはいそうだな」


「もー! つづるちゃんを死なせないことに関しては俺だってプロなんだからね!」


 そうやって元気に怒る六文銭の目じりには、まだ恐怖からの涙が浮かんでいる。


 曽根崎はそれをちらりと見たがすぐに視線を逸らした。


「馬鹿言っていないで仕事に集中するぞ」


「うう……馬鹿なことを言い出したのはつづるちゃんなのにい……」


 恨めしい目を向けながらも、六文銭は自殺志願者たちに意識を向ける。


 彼らはちょうど自殺の段取りについて話し終わったところのようだった。


「じゃあ、一番乗りは俺な!」


「頑張ってねルゥルゥさん」


「応援してます……」


 不健全な話題だというのに、どこまでもさわやかにルゥルゥは宣言する。


 そのギャップに困惑しながら、六文銭は三人が向かう先を見た。


 彼らが見ているのは、ここから十メートルは高台にあるジェットコースターだった。


 そこに続く坂道には、大きくて長いエスカレーターが建物四階分ぐらいの位置まで伸びている。


 六文銭は曽根崎に顔を寄せてささやいた。


「つづるちゃん……本当にこの人たち今から死んじゃうの……?」


「らしいな」


「らしいなって……止めたほうがいいんじゃ……」


 今は動いていないエスカレーターを徒歩で登っていく自殺志願者たちを見上げながら、六文銭は言う。


 曽根崎は、ぽつりと答えた。


「見ず知らずのお前が止めて止まるようなら、こんなところに来てないだろうな」


 その言葉に、六文銭はきゅっと唇を引き絞り、視線を落として泣きそうな顔になった。


「でも……」


 無意識のうちに右手が曽根崎の服の裾をつかみ、彼をここに引き留めようとする。


 曽根崎は、ほとんど気づかれないほど小さくため息をついた。


 そんな二人の横を、カメラを撫でながら池之平は通り過ぎる。その顔は明らかに上機嫌で、彼もまた自殺志願者たちと同様にこの場にはふさわしくない表情をしていた。


「……池之平さんもどうしてそんなに楽しそうなんですか」


「ええ? だって興味深いじゃないか。これはいい記事が書けると思うよ」


 にんまりと笑う池之平を追いかけながら、曽根崎はケッと吐き捨てる。


「俗物め」


 池之平はハンっと鼻を鳴らして答えた。

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