第10話 裏サイト
えにし所長が曽根崎にささやいているのを、六文銭は複雑な思いで見下ろしていた。
せっかく呪いがないと証明されたというのに、このままではまた関わり合いになるかもしれない。
それは自分も望むところではないし、つづるちゃんも面倒だと言うはずだ。
でも、えにし所長がなあ……。
「ちなみにこの話を受けてくれるのなら、これぐらい出すのだが」
六文銭の嫌な予感を踏み抜いて、池之平はえにし所長に紙切れを握らせた。
それに目を通した彼女はにんまりと笑い、曽根崎の肩をドンと押し出す。
「そうかいそうかい、それはいい! どんな難事件でも、この曽根崎クンにお任せあれ!」
「は?」
一瞬で自分が売られたことを理解し、曽根崎は低い声を出す。
「し、所長、ちょっと待ってくださいよお!」
「なんだい。この夢食相談事務所の所長である私に、何か文句でもあるのかい?」
「大ありですよお!」
六文銭がわたわたと抗議するが、えにし所長はどこ吹く風だ。
「いいじゃないか。とりあえず話を聞いてみなさい」
「絶対ろくな依頼じゃないじゃないですか!」
「大丈夫大丈夫。人間簡単に死んだりはしないよ」
「生死にかかわる事態になりたくないんですが!?」
「お化けと戦うわけじゃないんだからそう怯えなくてもいいだろう。それともまだ呪いがあるとでも?」
「呪いなんてありませんけど!」
ぎゃーぎゃー言い合う二人に池之平は近づき、後ろから六文銭の両肩にぽんっと手を置いた。
「そう! 呪いがないのなら、なおさらいいじゃないか!」
「びゃっ!?」
「君たちは呪いなんて存在しない、ただの事件にかかわるだけなんだからね!」
六文銭は小さく飛び上がり、まるで小動物のような機敏さで所長の後ろに隠れた。
「所長ぉー……」
縋るような目を向けるも、やはりえにし所長は揺るがない。
「なに。そう難しいことを依頼するつもりじゃないさ。ただ、自殺判定士である君に、呪いの取材についてきてほしいというだけだよ」
にこにことした笑顔で池之平は言う。対照的な不機嫌な表情で、それまで沈黙していた曽根崎は口を開いた。
「どこについていけというんだ」
話を聞いてくれると判断したのだろう。
池之平は自分のケータイを取り出すと、その画面を曽根崎たちに見せてきた。
「これを見てくれ」
真っ黒な背景におどろおどろしい文字。あなたは××番目のお客様。
よくある交流用ケータイサイトのようだ。
しかし、そのページのタイトルは不穏なものだった。
「『自殺マニア』?」
「そう。ここは自殺事件について語り合うマニアたちの社交場だよ。表向きはね」
含みのある池之平の言い方に、えにし所長は顔を上げる。
「裏では違うとでもいうのかい?」
「まあね。これを見てほしい」
池之平は画面をスクロールさせ、目立たない位置にあるリンクを踏んだ。
そしてその先で要求されたパスワードを入力すると――
「これは……」
「『自殺マニア』の裏掲示板だよ。見ての通り、こうして自殺志願者たちが集まってるのさ」
T県で自殺したい方募集!
楽に死ねる方法は何ですか。
家族にできるだけ迷惑をかけずに死にたいんですが。
ぞろぞろと並ぶ恐ろしい書き込みに、六文銭は震えあがって曽根崎の背後に隠れる。
曽根崎は一切動じずに池之平をにらみつけた。
「これと呪いの取材に何の関係がある」
「ふふ、このサイトの運営者から、例の『眠り姫』を手に入れたやつがいるという情報を得てね」
誇らしげに言う池之平に曽根崎は眉を寄せた。
「……つまり?」
池之平はにんまりと笑い、曽根崎たちに堂々と言い放った。
「ここに書き込んで、君たちと一緒に自殺志願者として潜入したいんだ!」
少しの沈黙の後、六文銭は情けない悲鳴を上げた。
「そ、それって俺たち自殺しちゃうってこと!?」
渾身の力でぎゅっとしがみつかれた曽根崎が、六文銭の腕の中で「ぐえ」とうめき声をあげる。
「まさか。そんなことしないさ。もちろん適当なところで切り上げて逃げるつもりだよ」
にやにやと面白半分なのが透けて見える表情で、池之平は六文銭に告げる。
曽根崎はそんな彼をじとっと見た。
「好奇心は猫を殺すぞ」
「ご心配ありがとう。でも殺されるつもりはないよ」
ふふんと鼻を鳴らす池之平。
その様子についに恐怖の糸が切れたのか、六文銭は半泣きになりながら曽根崎の肩をつかんで揺さぶり始めた。
「やだよお、つづるちゃん! やだやだやだあ!」
「落ち着け揺らすな六文銭」
がっくんがっくんされるがままになっていた曽根崎は、苛立たしげに六文銭の手を跳ねのけた。
「誰が受けるかこんな依頼」
毅然とした態度で曽根崎は池之平に言い放つ。
すると彼は、ちらりとえにし所長のほうを見た。
「そうかい。じゃあ報酬はなしということになるなあ」
えにし所長は自分の持つ金額が書かれた紙切れを見下ろし、池之平にこくっとうなずき返した。
そしてそのまま曽根崎に歩み寄り、意地悪い笑みで彼を下から覗き込む。
「おやおやぁ、曽根崎クン? もしかして怖いのかな?」
「は?」
「自他ともに認める自殺趣味の君が、まさかこんな自殺初心者たちに後れを取るとでも?」
「は?」
えにし所長による的外れな挑発が始まり、曽根崎はほとんどキレながら返事をする。
六文銭はがっくりと肩を落とした。
「初心者も何も自殺したらそれまでですよ所長……」
その後も、わーわーぎゃーぎゃー、あーでもないこーでもない、あらゆる言葉を尽くしてえにし所長は曽根崎を事件に向かわせようとする。
六文銭は不安そうに二人を見比べていたが、曽根崎の顔はだんだん面倒そうになってきていた。
こ、このままでは面倒すぎて逆に引き受ける流れになっちゃうんじゃ!?
慌ててえにし所長を止めるために六文銭が声をかけようとしたその時、彼女は急に冷静な顔になると、曽根崎に問いかけた。
「まあ見聞を広める意味でも行けばいいんじゃないかな?」
「見聞だと?」
「君には、この自殺判定士を通じて見つけたいものがあるだろう?」
「…………」
返事は沈黙だった。
どういうことかと六文銭が問いかけようとしたのを遮り、池之平はケータイを突き出してきた。
「決まりみたいだね! じゃあ書き込もうか!」
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