第7話 置いてかないで
にやっと笑いながらの言葉に、六文銭はきょとんと目を見開く。
まさか呪いで死んだ遺体の写真を、現物で持っているのか。
「俺が持ってるっていうのは内緒だよ? 雑誌には載せられない経路で手にいれた秘密の写真だからさ」
悪戯っぽい表情のまま、池之平は別の手帳に挟まっていた写真をごそっと取り出した。
「ひっ、そんなにたくさん……」
「それだけ呪いは強いってことさ」
「ひええ……」
差し出された写真の束を、曽根崎は嫌そうに覗き込む。そして、顔を歪めて鼻に触れた。
「つづるちゃん、どう?」
「……全員自殺だ」
ぼそりと下された判定に、どういうことかと六文銭も写真を覗き込む。
そして、そこに写されていた無残な転落死体たちに、びゃっと悲鳴を上げて曽根崎の後ろに隠れた。
「じ、じゃあこっちの人たちは呪いとは関係ないのかな」
「知らん」
「そんなあ」
突っぱねられ、六文銭は肩を落とす。
池之平は苦笑いしながら写真をしまった。
「うーん。ここまではっきりただの自殺だと言われると、ちょっと自信をなくしちゃうな。君にはこういうロマンはわからないのかい?」
「知ったことか」
「つれないね」
はははと爽やかに笑う池之平からは、やはり面白半分なのだという姿勢が透けて見えて、理亜は嫌そうに彼を睨み付ける。
そりゃそうだよねえ。こっちは生きるか死ぬかなのにこんな態度取られたらむかつくよ。
六文銭もむすっとした顔で池之平を見ていると、彼は笑顔で提案した。
「どうせだ。君たちも彼女が落ちたっていう高台に一緒に行かないか?」
ハッとした顔になり、六文銭は曽根崎を振り返った。
上にも呪いの手がかりがあるかもしれない。ちょっとむかつくけれど、事情通の池之平さんの手助けが得られるなら、それに越したことはない。
しかし曽根崎は不機嫌そうに目をそらした。
「俺は行かんぞ」
「えっ」
「俺たちの仕事はもう終わっただろう。帰るぞ」
「そんなあ!」
そのままスタスタと立ち去ろうとする曽根崎に、六文銭はすがりつく。
「呪いの手がかりがあるかもしれないじゃん! 俺怖いんだよお! 死にたくないし、つづるちゃんにも死んでほしくないよお!」
ほとんど泣きわめきながら六文銭は曽根崎を引き留める。
曽根崎は大きめの舌打ちをすると彼に振り向いた。
「ううー……つづるちゃんー……」
目を潤ませて情けない声を上げる友人の姿を正面から見てしまい、顔をきゅっとしかめたあと、曽根崎はハァー……とため息をついて脱力した。
「わかった。わかったからすがりつくのをやめろ。重い」
しっしっと手を振ると、 六文銭はへにゃっと笑いながら離れていく。
「さっさと行くぞ。上への道はどっちだ」
「え? ああ、こっちだよ、うん」
変なものを見たかのような引いた反応で池之平は道を指差した。そして、理亜に「ずっとこうなの?」と口パクで聞く。理亜は重々しくうなずいた。
彼らが何をしているかよくわからずきょとんとしていると、ふと背後から視線を感じて六文銭は振り返った。
少し離れた場所に、黒コートにマスクと帽子姿の男が立っている。
「さっきの……」
「ああ、アイツ? 筋金入りのオカルトマニアらしいよ?」
池之平に話しかけられ、再び目を戻したときにはコートの男はすでに立ち去っていた。
「あちこちの呪いの現場で何度も会ってるんだけど……話しかけてもなんというか、こっちの情報ばかりを露骨に探ろうとしてきて正直不快だね。そのくせ、自分が掴んでるネタは一切喋ってくれない」
それはなんというか、怪しすぎる人物だ。
でもやっぱりあの人、どこかで見たことがある気がするんだよなあ。
「もしかしてアイツが呪いの元凶だったりしてね?」
「うう……もしそうなら安心なんですけどね……」
「俺たちが呪われていることには変わりないじゃないか」
「つづるちゃんまで、なんでそんなこと言うのお!」
呪い否定してるくせにい! とぽこぽこ怒る六文銭を曽根崎は鼻で笑った。
池之平に案内されるまま、騒がしく四人は崖の上へと向かう道を上っていく。
道といってもコンクリートで舗装されたものではなく、ロープの手すりで囲われただけの登山道だ。
しかも昨日降った雨のせいで落ち葉が湿っていて、むっと草いきれが立ち込めている。
秋とはいっても照りつけてくる太陽に汗を垂らしながら、四人は足を進めた。
「なあ、」
息を切らして理亜が声を上げる。
「もっと楽な道が、あるんじゃないか……?」
「うーん、もう登り始めちゃったからなあ……」
池之平の言う通り、四人はすでに道の三分の一ほどを登ってきてしまっていた。今から降りても、結局疲れることには変わりないだろう。
ぜえぜえ言いながらさらに上っていくと、四人は足元に石の階段がある箇所にたどりついた。階段にも湿った落ち葉が積もっていて滑りやすそうだ。
先頭が池之平、次が理亜、その後ろに曽根崎、六文銭という順で四人は歩いていく。
曽根崎の分の荷物も持っているからだろう。最後尾の六文銭は肩で息をしながら、前を歩く三人を見上げた。
「待って、お、置いてかないでよお」
びくっと、曽根崎の肩が跳ね上がる。そのせいでバランスを崩した足が湿った落ち葉を踏み、運悪く彼は石段から足を踏み外した。
「つづるちゃん!」
咄嗟に駆け寄り、六文銭は曽根崎の体を受け止める。
曽根崎はしばらく目を見開いたまま硬直していたが、自分を支えているのが六文銭だということに気づくと、その姿勢のまま彼に視線を向けた。
「六文銭」
「つづるちゃん?」
「足元に気をつけろよ」
「それはこっちの台詞だよ……」
妙なことを言い出した友人の体勢をしっかりと戻し、六文銭はがっくりと肩を落とす。
そんなことをしていると、前方で理亜がヒールのあるブーツを履いた足をさすりながら立ち止まっていた。
「ち、ちょっと休憩しないか?」
「あーうん、そうだな。その靴で山道はきつかったよな、すまない」
池之平は素直に謝り、四人は階段の踊り場のように
よっこらせとか言いながら、池之平は近くの岩に腰を下ろす。
理亜は大きくため息をつくと、彼と同じように近くの岩へと腰掛けようとした。
――その瞬間、理亜は三人の視界からこつぜんと消えた。
「え」
間抜けな声を上げて、六文銭はそちらを見る。
やはり理亜の姿は、ない。
そんなはずない。人間が忽然と消失するなんてあり得ない。
六文銭は困惑しながら、彼女がいるはずだった場所を視線でなぞった。
彼女が座ろうとしていた岩。生えているのは、昨日降った雨でしめった苔。そのさらに下には、泥で滑ったようなヒールの足跡――
「理亜さん!?」
慌てて六文銭は岩の向こうを覗き込む。不運にも死角になっていたそこは崖になっており、その崖下には小川が走っている。
水量の少ない岩が剥き出しになった清流。その川岸には――頭から血を流した理亜が力なく倒れていた。
六文銭は一気に血の気が引いた思いがして、小さく悲鳴を上げる。
「ひっ、つづるちゃ、どっ、どど、どうしよう、つづるちゃん! 救急車!? それとも警察!?」
どう見ても手遅れの彼女に動揺した六文銭は、崖下を覗き混んだまま曽根崎に声をかける。
しかし、背後に立つはずの彼からの返事はなかった。
「ね、ねえ! つづるちゃんったら!」
六文銭は振り向く。
愕然とした顔の曽根崎と目が合う。
顔色は真っ青で、まるで恐ろしいものを見たかのように唇が震えている。
「つづるちゃん……?」
次の瞬間、糸が切れたかのように曽根崎はその場で気を失った。
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