第6話 オカルト好きのジャーナリスト
理亜が二人をつれてきたのは、観光地の端にある海沿いの切り立った崖だった。
崖の上にも上れるようで、駅前にあったパンフレットによれば展望スポットとして人気らしい。
「アイツが死んでたのは、このあたりって話だ」
死人が出てから間もないからだろう。
噂でも立っているのか、観光客は曽根崎たち以外にいなかった。
「崖から落ちたなら……死んでいたのはこの岩場か」
「……多分」
自信無さそうにうなずく理亜を置いて、曽根崎はすたすたと岩場へと進んでいってしまう。
六文銭たちは慌ててそれを追いかけた。
曽根崎に追い付いた理亜は、不安が混じった目を曽根崎に向ける。
「ここまでついてきてもらってなんだが……その能力、血痕とかでもいけるのか?」
「量によってはいけなくもない」
鼻を触りながら曽根崎は答える。
「精度は落ちるがな」
そうなのか、と自分が頼んだくせにいまだに半信半疑の理亜の視線を受けながら、曽根崎は岩場に目を走らせる。
そして、何かを見つけたように動きを止めると、そちらに向かってすたすたと歩き出した。
「あった」
曽根崎が拾い上げたのは、こぶし大の石だった。
それを裏返すと、明らかに周囲の岩場とは違う赤色がべったりと付着している。
生々しく赤黒いその血痕に、六文銭は震え上がった。
「つ、つづるちゃん……」
曽根崎は石に顔を寄せ、鼻をすんっと動かす。
「やはり薄いな」
そう呟いて少し間迷ったあと、曽根崎は顔を上げないまま二人に告げた。
「おそらく、自殺でも他殺でもない」
その言葉に、六文銭と理亜は目に見えて震え上がった。
「そんな」
「じ、じゃあ、やっぱり呪い……!?」
「落ち着けこの馬鹿ども」
ストレートに罵倒され、二人の頭は一気に冷える。
「自殺でも他殺でもなければ、単なる事故の可能性もあるだろうが。……『におい』が薄すぎてその辺りは判然としないがな」
彼の現実的な意見を聞いた六文銭は、ふにゃっと安堵の息を吐いた。
「そっかあ、そうだよね……」
六文銭と理亜は顔を見合わせると、ほっとした表情を浮かべる。
しかし、曽根崎は険しい顔で石を見下ろしたままだった。
「つづるちゃん……?」
彼の動きが止まっていることに気づいた六文銭は、その背中におそるおそる声をかける。
「……だが、何か違和感はある」
「え?」
「自殺と他殺には、特徴的で強い『におい』がある。だがこれは――」
曽根崎は言葉を切り、石についた血痕を睨み付けた。
「弱いが、妙な『におい』がする」
不穏なことを言い出した彼に、再び六文銭たちは怯えの表情になる。
その時、六文銭は背後から突然声をかけられた。
「やあこんにちは」
「びゃっ!?」
「もしかして君たちも、ここで起きた『眠り姫』の呪いの調査中?」
大袈裟なぐらい飛び上がった六文銭の後ろを、曽根崎と理亜は見る。
そこには一眼レフを首からかけた爽やかな男性が立っていた。
「は、はい……そんな感じです、多分……」
まだ動揺が抜けきれていない六文銭は、おどおどと男性に答える。
すると彼はにこっと笑って手を差し出してきた。
「俺はジャーナリストの
握手を求められているのだと気づき、とっさに六文銭はその手を握り返す。
池之平は六文銭の手を、派手に上下に振った。
「よろしく、オカルト同志さんたち。君たちの名前は?」
「あ、六文銭です」
「……奥島理亜」
ぺこりと六文銭は頭を下げ、理亜はうろんなものを見る目で彼を見る。
残るのは曽根崎だけだったが、数秒待っても曽根崎は名乗ろうとしなかった。
慌てて六文銭は彼の脇腹を小突く。
「ほら、つづるちゃんっ、名前言って」
「……曽根崎だ」
しぶしぶといった様子で曽根崎は名乗る。
池之平は気分を害した様子もなく、にかっと明るく笑った。
「曽根崎くんに六文銭くんに理亜ちゃんだね。じゃあ、早速だけど情報交換といこうか」
ばさっと分厚い手帳を開き、池之平は三人に向き直る。
「俺はフリーのジャーナリストでね。こういう呪いだかのオカルト記事を雑誌に持ち込んで生計を立ててるんだよ」
手帳に挟まれていたのは雑誌の切り抜きのようだった。
「怪奇!」だとか「恐怖!」だとか、チープに恐怖を煽る見出しがおどっている。
「だからこうして呪いで死んだ被害者の現場を回ってるわけだ。写真の由来も調べたから少しは詳しいぞ?」
そう言って胸を張る池之平に、曽根崎は不快そうに眉を寄せる。
「御託はいい。さっさと本題に入れ」
「ちょっと、つづるちゃん!」
六文銭は慌てて曽根崎の口をふさごうとする。
池之平はひょいっと肩をすくめて話を続けた。
「あの写真――『眠り姫』はね、インターネットが普及する前から存在する都市伝説なんだよ。あの写真を手にいれた者はその美しさに魅いられて、その呪いで死んでしまうっていうね」
六文銭はぶるっと震えると、曽根崎の肩に手を置いて、彼の後ろに隠れようとする。曽根崎はその手をぺしんと叩いた。
「あの写真に写っている女は誰なんだ」
「そこまでは俺にも。ただ分かっているのは、『眠り姫』は焼き増しされて、何枚も存在してるってことかな」
ということは、今ここにあるのはその一枚ということか。
六文銭はビニール袋に厳重に包んだ『眠り姫』の写真を、指先でつまんで取り出した。
「あのこれ……」
まるで気味の悪い虫の死骸を持っているような手つきで、六文銭は写真を差し出す。
「『眠り姫』なんですけど、本物ですか……?」
池之平はそれに何が写っているのかを確認すると、一歩六文銭から距離を取った。
「ああ、近づけないでくれ。触ったら呪われてしまうからね」
「ひええ……」
恐ろしいことを言われ、六文銭は悲鳴を上げる。池之平はふむ、と顎を触った。
「君たちはこの写真に触れたんだね?」
「はい……」
「可哀想に。君たちは呪われてしまったわけだ」
「ううう……」
呻き声をあげながら、六文銭は完全に曽根崎の後ろに隠れてしまった。
そんな彼を無視して、理亜は池之平に身を乗り出した。
「ま、待ってくれよ。アンタは呪いの写真を取材してるんだろ? だったら呪いの解き方も知ってるんじゃないか?」
「いや。残念だけど、全員死ぬよ」
池之平は静かに首を横に降る。
「あの写真を手に入れた奴は例外なく死んでる」
曽根崎の後ろで、六文銭はびゃああっとか変な声を上げている。
動揺しているのは理亜も同じのようだったが、はっと気づいて池之平に詰め寄った。
「な、なあっ」
「何だい?」
「アンタ、ジャーナリストなんだよな?」
「ああそうだよ」
「じゃあ、アイツがどうやってあの写真を手に入れたのかもわかるんじゃないか」
そこを辿れば何か手がかりがあるかもしれないと思ったのだろう。
藁にもすがる表情で理亜は尋ねる。しかし池之平は肩をすくめた。
「それならネットのどこかだろうね。そういうものを取引するアングラなサイトは山ほどあるんだよ」
「や、山ほど……」
「そう。だから、彼がどこでその写真を手に入れたのかは、すぐにはわからないんじゃないかな」
理亜はそこで一時停止した。
怯えた顔が困惑に、そして徐々に怒りへと変わっていく。
「だ、だったら写真を手に入れた奴が全員死んでるなんて、証明できないじゃないか!」
「はっはっは」
いたずらがバレたかのように池之平は笑う。
六文銭はほっとした表情で曽根崎の後ろから顔を出した。
「なんだ冗談かあ」
「今回の被害者の死が不審であることは変わらないがな」
「なんでそんなこと言うのお!?」
再び曽根崎を盾にして隠れてしまった六文銭をおかしそうに見て、池之平は上機嫌に話題を変えた。
「それで? 君たちはこの『眠り姫』についてどんな情報を持っているんだい?」
六文銭と理亜はちらりと視線を交わらせる。理亜はうなずいた。
「実は、彼女はここで亡くなった被害者のご友人なんです」
「ほう」
六文銭の言葉に池之平は目を丸くし、すぐに興味津々といった顔になった。
「じゃあ、本当に呪いがあるのか確認しにきたといったところかな?」
この人、好奇心だけで聞いてるよなあ……なんか嫌だなあ……。
そんな内心に気づいていないのか、池之平はにこにこと曽根崎たちに尋ねてきた。
「君たちはその付き添いかい?」
「ええと、そんなところです」
詳しいいきさつを話すべきだろうか。
でも彼はどう見ても、興味本意で首を突っ込んでいるみたいだし、理亜さんがどう思うかだけど、うーん……。
六文銭が一人で考え込んでいると、理亜は曽根崎と六文銭の袖を引いて声を潜めた。
「……曽根崎さん。さやかは自殺でも他殺でもなかったんだろ? 他の奴がどうだったのか聞いてみたらどうかな」
「実際のところをこいつが知ってるわけないだろう。警察がどう判断したのかぐらいはわかるかもしれないが」
「そうだね……つづるちゃんみたいな能力がないと自殺か他殺かの真相はわかんないもんね……」
「へえ、自殺? 他殺? それが君にわかるのかい?」
「びゃあ!」
いつのまにか接近していた池之平に尋ねられ、六文銭は派手に飛び上がる。ぶつかりそうになった曽根崎が迷惑そうに体を引いた。
突然の事態に動揺した六文銭は、目を白黒させながらあわあわと答えた。
「あ、はい、ええと、つづるちゃんは死体を見れば、それが自殺か他殺か判定できるんです」
「おい六文銭……」
さっきの作戦会議は何だったのかと曽根崎は責める視線を六文銭に向ける。六文銭は居心地悪そうに縮こまった。
一方、それを聞いた池之平は何かを考え込んでいた。
「曽根崎くん」
「……なんだ」
「それは死体の写真でもいけるかい?」
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