第5話 連鎖する呪い
「頼む。助けてくれ」
単刀直入に曽根崎たちに頭を下げたのは、先日この事務所にやってきた奥島理亜だった。
「……何があった」
無理矢理連れてこられて不機嫌な曽根崎が促すと、理亜は不安そうに指を動かしながら用件を語り始めた。
「さやかが死んだんだ」
「ほう。さやかさんというと……この前、君に罪をなすりつけようとした女性だね?」
えにし所長に確認され、うつむきがちに理亜はうなずく。
「死んだのは、都内からちょっと離れた観光スポットだ。崖から落ちたって聞いてる。アイツ、気が参ってたからそれで飛び降りたんじゃないかって、みんな言ってるけどさ。でもほら、力也のことがあるからさ」
理亜は指をきゅっと握り、上目遣いで曽根崎を見た。
「もしかして、写真の呪いのせいで死んだじゃないか、って、怖くなっちゃって」
曽根崎は一秒ほど沈黙すると、小さく息を吐いた。
「なるほど。彼女がただの自殺か他殺であると断定してもらいたいわけか」
自殺か他殺であれば、呪いで死んだわけではないとはっきりするということだろう。
ようは超常現象で死んだということを否定できさえすればいいのだから。
写真が呪いで自殺や殺人を起こさせたという説がちらりと頭をよぎったが、六文銭はぶんぶんとそれを振り払った。
「呪いなんてありえないもののために依頼するなんて、ヤバい奴だと思って当然だよな。でもさ、どうしても怖いのは事実で、私にはあんたらを頼るしか方法がなくて……」
縮こまりながら理亜は言う。
曽根崎はそれをじっと睨みつけていたが――それを押しのけるように、背後に立っていた六文銭が身を乗り出してきた。
「その依頼、受けます!」
勝手なことを言いだした六文銭を、曽根崎は責める目で見る。
「おい六文銭」
「俺も、写真の呪いがないって証明したいんです……!」
必死の形相だった。曽根崎は心底嫌そうに顔を歪める。
呪いが起こす自殺や他殺なら俺でもなんとかできる。つづるちゃんを呪いから守れる。
でも超常現象なんてどうしようもないよお……!
べそをかきたい気持ちを押し殺して、六文銭は曽根崎に強い視線を向ける。
理亜もまた、同様に縋るような目で曽根崎を見た。
「頼む!」
「お願いつづるちゃん!」
曽根崎は嫌々といった表情で、ちらりとそちらを見る。いくら待っても、二人の目は諦める気配がない。
「これは梃子でも動かないよー曽根崎クン?」
からかうような声色でえにし所長が言う。
曽根崎はぐううっと喉の奥で唸った後、諦めの息を深く吐いた。
「……はぁ。わかった、やるだけやってみる」
「ありがとうつづるちゃん!」
抱き着いてこようとする六文銭をわずらわしそうに払いのけ、曽根崎は理亜をまっすぐに見た。
「遺体の写真はあるのか」
「……それが、アイツの遺体、まだ警察にあるんだ」
自然死や病死以外の死体はもれなく検死に回される。
今回も当然それにならったのだろう。
それもそうかと曽根崎は息を吐き、ひらっと手を動かした。
「なら、どうしようもないな。ないものは判定できない」
「そんなあ……」
へんにゃりと肩を落とす六文銭。しかし、理亜は身を乗り出して続けた。
「アイツが死んだ場所なら分かってるんだ。とにかく来てくれないか」
六文銭はぱっと表情を明るくし、曽根崎の両肩をがくがくと揺さぶり始めた。
「つづるちゃん、お願い!」
その日のうちに曽根崎たちは、現場である観光スポット行きの電車に揺られていた。
昼過ぎの陽光は強く、座席に濃い影を落としている。
ボックス席で向かい合う形で座る理亜は、うつむきながらぼそりと言った。
「そもそも力也があんな写真手に入れなかったらこんな……」
行き場のない怒りに理亜はきゅっと唇を引き絞る。
だけどそれ以上当たり散らすようなこともせず沈黙する理亜に、六文銭は居心地悪そうに問いかけた。
「ええと、理亜さん」
「何」
「力也さんは、どこであの写真を手に入れたんですか?」
「さあ……私にはなんとも」
大して会話が続かず、六文銭はごまかすように乾いた笑いを浮かべながら、彼女から目をそらす。
そのまま揺られること数十分。
六文銭は眠気に抗えずにこくこくと船をこぎはじめた。
「眠いのなら寝ればいいだろう」
「ん……起きてる……」
隣の曽根崎に促され、むずがるように六文銭は答える。
「俺が見てないと……つづるちゃん自殺しちゃうから……」
言い終わらないうちにこてんと力が抜け、六文銭は曽根崎に肩を預けて寝息を立てはじめる。
一方、『自殺する』などという物騒な単語を聞いた理亜は、信じられないものを見る目で曽根崎を凝視していた。
「別に死にたいわけじゃない」
曽根崎は、理亜のほうを見ないまま不機嫌そうに答える。指は首元を隠した詰襟のシャツをかりっといじっていた。
「彼岸に行ってしまった奴に、会いに行っているだけだ」
窓の外に向けていた目を眩しそうに細め、ちらりと傍らを見る。
視線の先には、すよすよと眠る六文銭の顔があった。
「どうしても信じ切れないんだ。……こいつの『におい』に耐えられないんだよ」
ぽつりと独り言のようにそう言うと、曽根崎は再び六文銭から視線を外す。
何を答えればいいのか理亜が迷っているうちに、いつの間にか電車は目的地に到着していた。
まだ寝こけていた六文銭をいささか乱暴に起こし、三人は観光地へと降り立つ。
「思っていたよりさびれた場所だな」
「ちょっとつづるちゃん失礼でしょ! もっと小さな声で!」
「お前の声のほうがうるさい」
六文銭ははっと口を押さえると、曽根崎の耳元に顔を近づけた。
「でも、観光地っていうからもっと賑わってるとこだと思ってた」
「賑わっていたら自殺するのを
「あ、それもそっか」
一人納得する六文銭を置いて、曽根崎と理亜は歩き始める。
その時――ふと視線を感じて六文銭は振り向いた。
駅前に、深く帽子を被った男性が立っている。
秋にしては分厚い黒コートに手袋。顔には大きなサングラスとマスク。
どこからどう見ても不審者というやつだ。
でも……なんか、あの人見覚えが……?
六文銭は前を歩く曽根崎に声をかけた。
「ねえ、つづるちゃん。あの人って……」
「なんだ」
六文銭がもう一度振り向いた時には、男の姿は消えていた。
「あれ?」
そのあたりの店に入ってしまったのだろうか。それとも――こちらの視線に気づいて身を隠したのか。
……いや、そんなわけないよね。そんな怪しいことされる覚えないもん。
六文銭はそうやって自分を納得させると、目的地へと向かう二人を追いかけた。
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