第7話 正直はアレの素
「ええっと、確かこの大通り沿いだったはずだけど…」
噴水広場で武器屋に急ぐプレイヤーを見て、僕も武器屋に行こうとプレイヤーの少ない西地区を歩く。記憶を頼りに街の西側を念入り見渡して進むと、大通り沿いに盾を背景に剣が交差している模様の看板が見えてきた。
あ、ここだ。プレイヤーは… 居ないよな? よし、じゃあ早速…
「あ、こんなところにも武器屋があるじゃない」
不意に聞こえてきた女性プレイヤーの声に僕は足を止める。
「おお、しかも空いてるじゃん、ラッキー」
男性プレイヤーの声に僕は後ずさる。
「よかった、よかった」
あれ? 熊にうさ耳にって、この人たちって武器屋行くって言って北地区に向かった人たちだよな。なんでこんなところにいるんだ? 北地区でなんかあったのかな… うーん、なんか一緒に入るのも気まずいし、ちょっと待つか。
◆◆◆◆
~武器屋の中~
熊の大剣使い
「ったく、武器屋巡りで疲れちまったぜ」
緑色の魔女
「しょうがないでしょ、北地区の武器屋が何処も短剣置いてなかったんだから」
うさ耳僧侶
「掲示板確認したけど、まだ大量に生産できるほどじゃないみたい。買い取った武器もなかなか素材化できないみたいで。なんかそれ用のスキルがないとダメなんだって」
双剣使い
「なんだよ、そっちもおんなじ問題かよ」
うさ耳僧侶:
「それでもいつかは使えるだろうからって、買い取ってるらしいわよ」
熊の大剣使い
「俺は売らねえぞ。使ってたらスキル生えるかもだし」
双剣使い
「おい、それこの短剣の値段見ても言えるのか?」
熊の大剣使い
「げ、高くね? なんでただの短剣がこんなに高いんだよ。所持金足らねえじゃん。どうしよ?」
双剣使い
「そりゃ、短剣買う必要ない方々から借りるしかねえじゃん」
うさ耳僧侶
「ええー、無理無理。MPポーション買わないとだし。そもそも、短剣がこんな高いなんて掲示板に載ってなかったんだけど。もしかしてここってぼったくり?」
双剣使い
「でも北地区にも売ってないんだからもうどこも売ってない可能性が高くないか? だいぶ赤字になるけど背に腹は代えられないだろ。俺的には今はレベル上げたりスキルゲットしたりする方を優先したほうがいいと思うぞ」
熊の大剣使い
「俺はこの大剣売るのは嫌だぞ。これを振り回したくてキャラデザしたんだし」
緑色の魔女
「もう、文句言うんじゃないわよ。そもそもあなたの大剣が使えないからでしょうが。わたしだってさっさとレベル上げしたいのよ。【ワイドウィンド】だってまだ1回しか打てないんだから。それに知力さえ上げれば殲滅できるようにもなるのよ。こんなところで時間使いたくないの。さっさと売っちゃってよ」
熊の大剣使い
「う…」
双剣使い
「まあ、俺も短剣しか使えなかったから人の事言えねえけど。俺は1本短剣買うぞ。長剣の方を売れば買えそうだし。短剣なら2本で使えるかもしれねえしな。いきなり【双剣術】生えたら無双できるかもな」
うさ耳僧侶
「ねえねえ、わたし早く薬屋に行きたいから、早く決めちゃってよ」
熊の大剣使い
「わーってるって。けどよ、短剣はどれも威力に欠けんだよな」
双剣使い
「まあそりゃそうだろ。短剣類は威力より攻撃回数重視だからな。大剣とは比較できねえんじゃね?」
熊の大剣使い
「にしてもよ、どれもこれも威力が低過ぎ。俺、敏捷低いんだわ。頑張ってやっと当ててもこれじゃ大したダメ入らねえじゃん。せめてこの大剣の半分でも威力があったらなあ」
熊の大剣使いは自分の大剣を棚に飾ってある抜身の短剣にコツンと当てる。
『パキッ』
熊の大剣使い
「あ゛」
双剣使い・うさ耳僧侶
「「あ゛」」
緑色の魔女
「あ、あんた何やってんのよ、短剣欠けちゃってるじゃないの」
熊の大剣使い
「お、俺は悪くねえぞ、この短剣がもろいから…」
双剣使い
「さ、さてっと。俺は長剣売ってこっちの短剣買って出よっかな~」
うさ耳僧侶
「わ、わたしも薬屋に行かないと~ハハハ」
緑色の魔女
「わたしも知らないわよ。これからMPポーション買って全所持金吹っ飛ぶんだから。貸せません。じゃあね」
熊の大剣使いを残して三人はそそくさと店を出ていく。
熊の大剣使い
「お、俺だってこれからいろいろと買いたいものがあるんだよ…あ、っていうか店の親父、奥に引っ込んでったじゃん。ラッキー」
熊の大剣使いは欠けた短剣をそのままにして何食わぬ顔で店を出て行った。
◆◆◆◆
おっ、さっきのプレイヤーたちが出てきた。あれ? 3人? 4人じゃなかったっけ? まあ、いいや。とにかく入ろう。って、おっと、もう1人怖そうなのが出てきた。危ない危ない。あ、いや、危なくはないんだけど。ま、とりあえず入ろう。
「ごめんください」
「おう、らっしゃい」
迎えてくれたのはスキンヘッドの筋肉マッチョのおじさん。海賊に続きまたもやマッチョ。別にいいんだけどさ。武器屋に女の子とか求めてないし。
武器屋のおじさんは上半身は裸で脱いだシャツを腰に巻いている。なんだか一発殴られただけで僕なら死に戻りしそうだ。
そう思いながらも思い切って店内に足を踏み入れていくと、入店時は額に青筋が立って恐そうな顔をしてたおじさんが笑顔を向けてくれた。
その笑顔になんだか妙にほっとする自分がいる。ヤンキーが捨て猫を可愛がっているとそれだけでめちゃくちゃいい奴に見られるけど、そんな感じかな。反対に真面目に生きている人間が捨て猫かわいがってても根暗な奴に見られることもあるしな。なんだかな。
閑話休題。
武器屋のおじさんは元々が気さくな人のようだった。愛想のいい笑顔に僕も緊張から解放され笑顔が生まれる。笑顔になれたのってログインしてから初めてかもしれない。
「あの、武器と防具が見たいんですけど」
「おう、そうか。ゆっくり見ていってくれ。あんたも冒険者か?」
「あ、はは」
冒険者ギルドで「無職お断り」をやんわりと告げられてから、無職ってことに特に敏感になってしまった。ここで無職って言ったら追い出されるんだろうか。
「えっと、冒険者? なんですかね? 気持ちだけはあるんですが…」
後半はもごもごと独り言ちるように誤魔化す。
「なんだ、違うのか。じゃあどこかの商隊にでも入っているのか?」
「え、いえ違いますけど。ただ外でモンスターと戦うための武器を見たいなと思っただけで」
「ああ、じゃあ冒険者志望ってことだな。その感じじゃまだ冒険者登録してないんだろ」
「あ、はい、まだ…です」
「そうか、じゃあ、後でもいいから登録してくるといい。冒険者ギルドってところがあるからな。登録したらいろんな仕事の依頼を受けられて金が稼げるぞ。見たところ金はあんまり持ってなさそうだしな」
おじさんはこっちの服装を上から下まで確認するように眺める。ちょっと居心地の悪さを感じたけど、なぜかプレイヤーから感じたような蔑まれている感じはしないのが救いだ。でもまさか冒険者になれなかったとはわかるまい。
「ええ、はい、まあ、ハハハ……」
でもさすがに所持金0Gとか言ったら『さっさと冒険者ギルドへ行け』って追い出されるかもな。
「じゃあ、ゆっくり見ていってくれ。気になるものがあったら言ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます。ハハハ」
おじさんが奥に入って行くの見送ってから店内を眺めてみる。お金はないが、こういうファンタジー感満載な場所は見ているだけでテンションが上がる。MMORPGをしていて冒険者になった気持ちを感じさせる場所の筆頭はやっぱり武器屋に違いない。
店内には所狭しと剣や鎧、弓や杖、どうやって持つんだと思うほどの巨大な盾なんかも置いてあった。
剣は長短揃っていて、太さも様々。柄の部分にはしっかりと握りやすいように加工が施されている。高額な値段の横には使われている素材も書かれている。ざっくりとだが鉄と鋼が多いようだ。鎧も重騎士が着こむようなフルプレートから重要部分だけをカバーする皮鎧、魔導士が纏うやたらと軽いローブや帽子も飾ってある。弓を見ると、こちらも長弓の代名詞である和弓から片手に装着するボーガンに至るまで種類が揃っている。序盤からこんなに多種多様な武具が販売されているとは。
これまでのやってきた他のゲームでイケメンエルフを選び続けてきた僕にとっては弓は馴染み深い装備だ。その時々で活躍した場面を思い出してニヤついてしまう。妄想していると今の過酷な状況から少し解放された気分になれるのは有り難い。
「いや~、こんなモンスターなんて雑魚同然だから。倒し方のコツさえ掴んだら誰でも簡単だよ。あ、仲間が呼んでるから行かないと。じゃあ」
なんて妄想を膨らませては格好つけて振り向き走り去ろうとする。と、振り向いた先は武器が並んでいる棚の角だった。
ガツン
『カランカラン』
振り向きざまに棚の角に額をぶつけて蹲る。そして何かが地面に落ちる甲高い音。顔を上げると、短剣が一本棚から転がり落ちていた。
「あ、しまった。やっちゃった。気を付けないと」
落ちた短剣を手に取り、元々あったであろう空いている場所に戻そうとする… が、その短剣を二度見、そして目力全開の三度見をする僕。
あ、ああああああ、欠けてる。欠けちゃってるじゃん。え、これ僕? やばい、弁償? お金持ってないんだけど。どうしよ。
僕はカウンターを見て武器屋のおじさんがいないことを確認すると、とりあえずそっと短剣を棚に戻そうと腕を伸ばす。
そして目に入る棚の値札35000Gの表示。驚いて危うくまた落っことしそうになるが、両手でなんとか支え切る。破裂しそうなほど高鳴る心臓の音をごまかしながらなんとか戻し終えたところで、音を聞きつけたおじさんが奥から出てきた。カウンターからこっちを覗き込んでいる。
…こ、これはかなりやばい状況じゃないんだろうか。
「なんか音がしたが、大丈夫だったか?」
入店時よりもワントーン低い声で話しかけてくるおじさん。その声が怖くて肩がすくむ。ヤバいそっちを見れない。
「あ、いや、はい…」
変な汗が背中を伝って流れるのがわかる。VRの妙にリアルな感覚に感心しつつも、胸ではハンマーで殴りつけるように心臓は鼓動を続ける。頭の中はネガティブな感情で埋め尽くされ、だんだん気分が悪くなる。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
その自分の言葉が、さらに両肩にのしかかる。絶望的なまでの体の硬直と思考の停止。罪悪感の影響が自分の全身に及んだ時、僕は心の葛藤に終止符を打った。
小さな決意を胸にゆっくりと震える息を吐き出す。次第に体が軽くなり、頭の中の重だるい何かが退いていく。
はあ、こんなところで嘘ついてたらこの先FGSを楽しめないよな。まあ、やっちゃったことはしょうがない。
「あの、実は…」
落とした短剣を棚から取っておじさんに見せる。
「落とした拍子に欠けちゃいました。ごめんなさい」
直角お辞儀で謝罪を述べる。ここはもう謝り続けるしかない。店番でも何でもやって弁償しよう。
「おい、それ、お前…」
おじさんは明らかにムッとした表情だ。いや、直角お辞儀で下を向いているから表情は見えないのだけど、すごっく語気が荒いから怒ってるはず。チラッと目線を上げると、おじさんがグローブみたいな手袋をしてカウンターを出て向かってくる。厚い胸板とぶっとい腕が威圧的だ。
まあ、そうだよな、怒るよな。でも仕方ないもん、やっちゃったんだから。
「おい!」
「はい!」
「さっさと寄越せ!」
垂直お辞儀に力が籠る。折れた短剣は自分の頭よりも上にし、垂直ながらも頭はできる限り地面へ落とす。その体勢でおじさんの声を待つ。
「はああ… 大丈夫だったか?」
「…へ?」
垂直お辞儀のまま顔だけ上げておじさんを見ると、目の前のおじさんは怒りというよりも困り顔? 僕が両手で差し出していた短剣を手に取ると刃こぼれした部分を光に晒して嘆息する。
「あ、いや、この剣はな、さっきの連中が自分らの剣を打ち付けて刃こぼれさせてったんだ。って言っても、悪いのは刃こぼれするような剣をこんなところに並べてたこっちだ。冒険者が命を預ける剣がこんな脆かったら信用問題だ。欠けたらしいことが分かった時にさっさと片付ければよかったんだが、すぐに兄ちゃんが来たから引きそびれちまってな。まさかコレ… いや、心配させて悪かったな」
おじさんはそう言って僕の肩をポンポンと叩く。
「あ、いえ、大丈夫です」
ピンポーン
『特定行動により【正直】のスキルを習得しました』
ピンポーン
『固有スキルにおける特殊初期状態からのスキル習得が確認されました。固有スキル効果の解放条件を満たしました。固有スキル【マジ本気】の効果が解放されます』
ん? なんだ??
―――――――――
◇達成したこと◇
・武器屋の信頼を得る
・【正直】習得
・【マジ本気】の効果解放?
◆ステータス◆
名前:スプラ
レベル:1
種族:小人族
職業:なし
属性:なし
HP:10
MP:10
筋力:1
耐久:1
敏捷:1
器用:1
知力:1
固有スキル:【マジ
スキル:【正直】new!
装備:なし
所持金:0G
次回は明日17:00投稿予定です。
次の更新予定
http://無理ゲー/チート/FGS.com みかん畑 @mikanbatake
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