赤ちゃんトマト畑

なつのあゆみ

赤ちゃんトマト畑

 夏になると、赤ちゃんを埋める。 

 頭は出して胴体は土の中に入れてしまう。

 夏の日差しで赤ちゃんの頭は真っ赤になることから「赤ちゃんトマト畑」と呼ばれる。

 おぎゃあおぎゃあと赤ん坊が泣く声と、ミンミンとセミが鳴く声が重なりあうのが夏の風物詩だ。

 きゅうり畑の横に赤ちゃんトマト畑がある。私はその横を通って職場の病院に向かう。

 今日は一つの頭だけが、おぎゃあおぎゃあと真っ赤に泣いて、昨日泣いていた子は真っ白になっていた。


 手ぬぐいの上に帽子を被って、長靴をはいているおじいさんが、白い頭を引っこ抜いてバケツに入れた。


 死んだ赤ちゃんは焼かれる。

 ニンジンの皮や食べ残しのカチカチになったご飯、魚の骨やらと一緒に焼かれる。


 病院についた。赤ちゃんをゲージに入れてと運ぶ人とすれちがった。


 埋められる赤ちゃんは、育てられない赤ちゃん。

 避妊が違法になってから、強姦された女性が否応なく産まなくてはならなくなった。または合法での性交渉でも望まぬ妊娠で出来た子や、親が「いらない」と言った赤ちゃんだ。

 そういう子たちが、天気の神様に捧げられて浄化される。

 業の深い「汚れた赤ちゃん」を畑に埋めて捧げると、ひどい暑さから神様は私たちを守ってくれる。

 人々は信じて赤ちゃんを埋める。赤ちゃんトマト畑が行われるようになってから、熱中症患者が減った。


 私はナース服に着替えて、スマートフォンの画面に指をあてる。指紋が認証され、水分をとった方がいいと出た。スマートフォンで簡単にできる熱中症対策アプリだ。


 日本の酷暑対策はずいぶんと進んだ。

 バス停は必ず屋根付きであることが義務付けされ、無料で飲めるウォーターマシンが設置されている。

 命の危険があると予報された日はテレワークになり、オンライン授業となる。エアコンを買うお金がない場合、市役所に申請すれば国負担で設置してもらえる。

 熱中症での死者が、去年はようやくゼロを達成できた。


 私は水を飲んで職場に向かう。

 昨日はとても具合が悪かった人が、少しでもよくなっていくのが私の生き甲斐だ。私が関わった患者が一人でも多く健康になってくれることを祈る。

 帰り道、また赤ちゃんトマト畑の横を通る。虫の声しかしなかった。真っ赤だった赤ちゃんの頭が、暗闇でぼんやりと白く浮き上がっている。


 翌朝、赤ちゃんトマト畑はまたにぎやかになっていた。早朝に夫婦らしきお年寄りがせっせと赤ちゃんを埋める。

 その周りを、ひまわり柄のワンピースを着た五才ぐらいの女の子と、その子と同じ年ぐらいの男の子が走り回っていた。


「赤ちゃん、赤ちゃん小さいねー」

「鼻も口も小さいねー」

「かわいい」


 そう言って笑いながら赤ちゃんを見ている。


「あんたら、触ったらイカンよ、ばい菌つくからね!」


 おばあちゃんが子供をしかって、忌々しそうに赤ん坊に土をかけた。


「さぁ、帰るよ」


 おばあちゃんが軍手をその場に捨て、しわくちゃの手で女の子の小さい手を引っ張っていった。

 私は産婦人科と内科病棟、日替わりで努めている。産婦人科はつねに人手不足だからだ。

 今日は右足のない赤ちゃんが産まれて、ゲージに入れられていった。


「あの子が産まれながらにして埋められるのは、とても名誉なことです。この国に貢献してくれました。さあ、みんなでお母さんを称えましょう」


 赤子を取り上げた医者がそう言って、みんなでお母さんを囲んで拍手をする。出産で疲れ切ったお母さんは泣いて、力つきたように眠る。


 赤ちゃんを畑に出すよう説得していたお父さんは、ほっとため息をついていた。


 帰り道、夜の七時だというのに明るかった。赤ちゃんトマト畑に小さい人影が忙しそうに動いていた。何をしているのだろう。よく見ると、今朝見た女の子が死んだ赤ちゃんの前に、菊の花を置いていた。


「近づくな言うたやろ、なにしてんの!」


 おばあちゃんが走ってきて、女の子の頬を叩いた。女の子は少しぐずったが、泣かなかった。


「だって、赤ちゃん死んじゃったから! あんなにかわいかった赤ちゃが死んだ! ばあちゃんは死んだ人に菊のお花そなえるもん、赤ちゃんにもおそなえせんといかん!」


 女の子は叫んだ。

 おばあちゃんは何も言わず、女の子を抱き上げて足早に去っていった。


 いやだぁ、いやだぁ、いやだ!


 女の子の叫び泣きがいつまでも響き渡った。


 私は死んだ赤ちゃんにお供えされた菊をじっと見た。白い菊を暗闇で見たら、ひっそりと光っているように見えた。  


 白くなった赤ちゃんの死に顔を、私は、じっと見た。


 私も赤ちゃんが埋められるのを、かわいそうと思ったことがある。

 でも今では慣れてしまった。

 あの女の子もそういう日がくるだろう。


 だってこれは、国にとって必要なことだから。


 人々は信じて赤ちゃんを埋める。





              終

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