外伝

悪魔の種

俺はソワレ。


とある街で料理長を務めている。


俺の店で客が途切れるのを見たことがない。


それもそのはず、俺には物体が構成している成分が把握できる能力を持っている。


その食材はそもそも食べられるどうか、そして、その食材に適した調理方法が分かる。


さらに、客の構成成分、つまり健康状態も分かるから、俺が出す料理が客の口に合うかどうかまでわかる。


また客が入ってきたようだ。


カランコロンと店の扉についたベルが鳴る。


「あー腹減った。何か食おうぜ」


少しはわきまえを知れ!ここは貴様らのような、ただ空腹を満たすために来る店じゃないんだよ!


もっと料理を深く味わいたい、もっとおいしい料理を食べたい、というような客が来る高貴な店なんだ!


・・・まあ、客は客だ。


明らかに態度を変えると空気が悪くなる。


他の客にも失礼だ。


こいつらから金をむしり取れればそれでいい。


「ご注文は?」


「えっと・・・これは何の料理だ?」


「そちらはガガゴンの肉をアブサンから摂れた油でソテーしている料理になっております。ジューシーな味わいと、舌でとろける食感が人気となっております」


まあ、貴様らには何のことか分からないだろうがな。


ちなみにそれは原価が安い割に最も利益が出る、こちらにとってはコスパのいい料理だ。


「ええー?『じゃがいも』ないのかよ!『じゃがいも』!」


じゃ・・・なんだって?じゃがいも・・・?


「なんか『じゃがいも』食べてえよなー。『フライドポテト』とかないの?」


ふ・・・フライド?なんだそれは!この俺が聞いたことのない料理だと!?


「そ、そちらはただ今切らしておりまして・・・」


「なんだよ、じゃあ別の店探しに行こうぜ」


「そうだなー」


「じゃ、そういうことで」


カランコロン


こいつら、どこまで俺のプライドを傷つける気だ!


食材だか料理だか知らないが、そんなよくわからん名前だけ言って無かったら帰るだと!?


・・・いや、待てよ?実は高級な食材なのかもしれない。


あいつらは言葉遣いがなってないから貧困層出身かと思ったが、実はどこかの偉い奴がけしかけた覆面調査なのかもしれない!


・・・いや、奴らの正体なんかはどうでもいい。


それより、俺の知らない食材を知っているのが許せん。


世の中は広い。


俺の知らない食材は数え切れないほどあるだろう。


だが、探求心を損なっては料理人として失格だ。


ここで、よくわからんプライドを持っている奴は人に聞くことをためらう。


しかし、俺は違う。


人に聞くのは、その時は恥ずかしいかもしれないが、永遠に知らないことこそ恥なのだ!


ミリィなら物をよく知っている。


今度店に来た時に聞いてみよう。




「え?『じゃがいも』?ああ、知ってるわよ」


「本当か!さすがミリィ嬢!」


「知ってるけど・・・それ、小説の中だけの物でしょ?」


「・・・え?」


「『じゃがいも』って『ザ・ドルーワ』って小説に出てくる種なんだけど、基本的には全部毒で、人間だけには効果が薄くて食べられるんだけど、芽が出たらもう完全にアウトね。その頃になると毒がかなり強くなってるから、人間でも食べると最悪死ぬわ」


「なるほど。種の状態だと毒が薄くて食べられるが、時間が経つと毒が強くなっていき、芽が出たらもう食べられなくなるわけだ」


「うん、そゆこと。あと、その芽からも新しく『じゃがいも』が生えるんだけど、その『じゃがいも』はクローンで、遺伝情報とかが全部同じなの」


「クローン?クローンだと?栽培し放題じゃないか!」


「ええ、まあ。それで結構人気みたいよ」


俺はミリィから『じゃがいも』の特徴について詳しく聞いた。


「恩に着る。これで一流の料理人に一歩近づいたわけだ」


「『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』ってね。誰にでも知らないことはあるわ。それと、ソワレはもう一流よ」


「そうだ、礼に何か振舞ってやるよ」


「本当!?」


「さあ、好きな料理を注文しな」


「えーっと、それじゃあこの『グランデッドイビルのフライ』と、『グランデッドイビルのスプ』で」


「ほう、なかなか挑戦的だな」


「どういう意味?」


「『グランデッドイビル』は『悪魔の種』とも言われていて、恐れている人は多い。芽が出た状態で食べてしまって、体調を悪くする人が後を絶たない。だが、そいつは芽が出る前に食べちまえば大丈夫だ。しかも、地面に植えとけば勝手に増殖して収穫も楽だ。今在庫切らしてて今から収穫しに・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「「『じゃがいも』じゃん!!」」


「その特徴完全に『じゃがいも』だよね?」


「俺としたことが完全に忘れていた。確かにこの『グランデッドイビル』の特徴はその『じゃがいも』の特徴と完全に合致している!」


「――ってことは、この『グランデッドイビルのフライ』っていうのは『フライドポテト』で、この『グランデッドイビルのスープ』は『ヴィシソワーズ』ね!」


「なんだそれは!?聞いたことがないぞ!いや、『フライドポテト』はこの前聞いた!ということは、俺は料理が出せるのに追い返しちまったってことか!」


「・・・っていうか小説の料理を注文する客も客よね」


「こうしちゃあおれん!今からメニューと食材の見直しをするぞ!ミリィも手伝ってくれ!」




カランコロン


おしゃれな帽子にスーツの紳士か。


「すまん、今急いでるんだ。すぐ食べられる奴を頼む」


だからなんでこういう奴ばかり来るんだ?


ここはゆっくり味わう場所だっての。


「かしこまりました。もうしばらくお待ちください」


しかし、新しいメニューができたところで丁度よかった。


調理が簡単ですぐに出せるし、この紳士に試食してもらおう。


厨房から客席に戻ると、紳士は腕時計を見つめている。


「お待たせしました」


紳士は視線を腕時計から料理の方へと変えた。


紳士は目を丸くして驚いている。


「・・・生まれて初めて見る料理なのだが――これは?」


「『フライドポテト』です。熱いうちに召し上がれ」

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魔技師のマギシ あーく @arcsin1203

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