第十九話
「先天性……魔力循環不全」
シスター・レリアは告げられた病の名に驚くが、すぐに真剣な表情に変わり思考の海に潜っていく。
そんなシスター・レリアの様子を見て、その病は難病なのかと不安な表情になるミリーさん。
エルバスさんたちも聞きなれない病の名に不安げな表情になり、どのような病なのか説明を求めてきた。
「シャルル。その魔力循環不全というのはどのような病なんだ?」
「魔力循環不全という病は、体に張り巡らされている疑似神経が十全に機能せず、隅々にまで魔力が循環しなくなってしまうというものです。ミリーさんは疑似神経の一部が機能不全を起こしており、その影響が肉体面と魔力面に出てしまったことで、体が弱く魔法を上手く発動できなくなってしまった」
ルディさんが悲痛な表情で口を開く。
「ミリーの疑似神経は……壊れてしまっているのか?」
認めたくない現実が待っていようとも、それでも聞いておかなければいけない質問。
ルディさんだけでなくエルバスさんたちやミリーさんも、悲痛な表情で俺の答えを固唾を呑んで待つ。
俺はエルバスさんたちを、なによりもミリーさんを安心させるために笑みを浮かべて質問に答える。
「ご安心ください。ミリー様の疑似神経は壊れていません。機能せず眠っているだけです」
エルバスさんたちはミリーさんの疑似神経が壊れていないことに胸を撫で下ろす。
ミリーさんも胸を撫で下ろし、「よかった」と小さな声で呟いた。
傍に控えているメイドさんたちも安堵の表情を浮かべ、ミリーさんに治る見込みがあることに喜んでいる。
そんな喜びと安堵の空気の中、シスター・レリアが思考の海から戻ってきた。
「シャルルさん。ミリー様の疑似神経は全体の何割ほどが機能不全を起こしているのですか?」
「機能不全を起こしているのは全体の二から三割ほどで、ミリー様の両手と両足の四か所に集中しています」
不幸中の幸いといってはいけないが、機能不全を起こしている部分が全身に散らばっておらず、両手と両足に集中していたのはミリーさんにとって幸運であった。
機能不全を起こしているのが両手と両足に集中しているのならば、俺とシスター・レリアの二人でも十分に対処できる。
シスター・レリアはどうやって完治させるのかと続けて問いかけてきた。
「眠っている疑似神経をどのように機能させるのですか?」
「魔力を一時的に増幅させる丸薬と、魔力循環を活性化させる丸薬をミリー様に飲んでいただき、魔力を一気に高めます。そして、俺が眠っている疑似神経に回復魔法で干渉して少しずつ機能させていき、シスター・レリアがミリー様の高めた魔力に干渉し、機能させた疑似神経に一気に魔力を巡らせていく」
「一度機能した疑似神経が安定すれば、魔力の循環は問題なく行われるということですね」
「一回で確実に成功するかは分かりませんが、試す価値はあるかと思います」
俺はエルバスさんに視線を向け、このまま病を治すのか判断してもらう。
エルバスさんたちにもっと丁寧に説明するとなると、氣の循環にも問題があることや癒しの仙術を用いることなど、氣に関することを色々と説明しなくてはいけない。
だがそれは難しいので、呪いをかけられた人たちを救った実績がある回復魔法でごり押しする。エルバスさんとシスター・レリアはその効果を見て知っていることから、この案に反対する事はないだろう。
問題はエルサさんたちがどう思うかだが――
「シャルル、シスター・レリア。試してみてくれ。皆も問題ないな?」
エルバスさんの問いかけに対し、エルサさんたちは肯定の頷きで答えた。
俺はエルサさんたちに反対されなかったことに胸を撫で下ろし、シスター・レリアと視線を合わせて頷き合う。
影の空間倉庫をバックパックの中の影と繋げ、丸薬が入っている青色の小さな袋を取り出し、そこから茶色の丸薬と黒色の丸薬を一つずつ取り出す。
取り出した二つの丸薬をシスター・レリアに手渡し、丹田で氣を練り上げ高めていく。
シスター・レリアはメイドさんたちに水を用意してもらい、二つの丸薬をミリーさんに飲んでもらう。
二つの丸薬の効果はすぐに発揮され、ミリーさんの魔力が一気に高まる。
シスター・レリアはミリーさんの正面側に座り、それぞれの手でミリーさんの手を優しく握って、ミリーさんの魔力に干渉して完璧に制御した。
俺は緊張しているミリーさんを安心させようと優しく微笑みながら聞く。
「ミリー様、お背中に触れさせていただきと思います。よろしいでしょうか?」
「構いません」
エルバスさんたちにも視線を向けて許可を求めると、エルサさんとイングリットさんを含めた全員が問題ないと頷いて答えた。
許可を貰った俺はミリーさんの背後に座って両手で背中に触れ、ミリーさんの体の中を巡る氣に干渉し、俺の氣を上乗せしてミリーさんの氣を高める。
そして、氣で回復魔法だと思わせる光の
ミリーさんに負担をかけないよう、眠っていた疑似神経を少しずつ機能させていくと、ミリーさんが体の変化に驚く。
「!……変な感覚がします」
「眠っていた疑似神経が機能したことを、ミリー様の体が感じ取っているのでしょう。その感覚が急にしなくなる、または違う感覚に変化することがあればすぐに教えてください」
「分かりました」
この会話の時点で両手は親指の第一関節辺りまで、両足はふくらはぎから足首までと、問題なく眠っている疑似神経を機能させることに成功。
そのままミリーさんの治療は問題なく進んでいき、両手両足の指先まで疑似神経を機能させることができた。
俺は疑似神経を機能させた状態を維持しつつ、ミリーさんの氣を制御して疑似神経に巡らせる準備をして、シスター・レリアに視線を向ける。
「シスター・レリア。準備は?」
「できています。いつでもどうぞ」
「では、始めましょう」
シスター・レリアが機能させた疑似神経に魔力を巡らせると同時に、俺も機能させた疑似神経に氣を巡らせる。
魔力と氣は機能させた疑似神経を問題なく巡り、元々機能している疑似神経へと戻って体の隅々まで綺麗に循環していく。
ミリーさんは自分の体の大きな変化を感じ取り、その不思議な感覚に少し興奮しているようだ。
「これは……。体の奥底、芯からぽかぽかと温かくなっていくのを感じます」
気分がよさそうなミリーさんがそう言うと、エルバスさんたちはミリーさんの今までにない様子に顔を見合わせて喜ぶ。
ここまで順調に進んでいるが油断することはできない。
機能させた疑似神経はまだ寝起きのような状態で、自然に魔力と氣を循環させていくのは難しく、安定して循環できるようになるまではサポートを続ける必要がある。
俺とシスター・レリアは機能させた疑似神経が再び機能不全を起こさぬよう、集中を切らさず魔力と氣を循環させ続けていくと機能させた疑似神経が目を覚ましていき、俺たちのサポートなしでも自然に魔力と氣を循環させていく。
ゆっくりと魔力と氣を循環させるのを止めていき、ミリーさんの疑似神経が魔力と氣を問題なく循環させているのを確認した俺とシスター・レリアは、サポートを完全に止めた。
シスター・レリアは優しく握っていた手を放し、俺も触れていた背中から手を放してベッドの傍に移動して、体の変化に驚きながらも喜んでいるミリーさんを優しく見守る。
ミリーさんは暫くの間無言で喜びを噛みしめてから、俺とシスター・レリアに視線を向けて、涙を流しながら口を開く。
「シャルルさん、シスター・レリア。私の体は、なんの問題もない健康な体になったのでしょうか?」
その問いかけに対して、俺とシスター・レリアは優しく微笑みながら答える。
「ミリー様の体にはもうなんの問題もありません。眠っていた疑似神経は全て目を覚まし、魔力はミリー様の全身を問題なく循環しています」
「ただ体力や筋力が増えたわけではないので、すぐに激しく体を動かすことはお控え下さい。焦らずにゆっくりと体力と筋力をつけて、普通の生活に慣れていかれればよいかと」
ミリーさんは涙を流しながらも満面の笑みを浮かべ、俺とシスター・レリアに深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
エルバスさんたちが喜びを爆発させながらミリーさんに近寄り、優しく抱きしめたり頭を撫でたりする。
三人のメイドさんたちも涙を流しながら静かに喜んでいる光景から、ミリーさんが心から愛されているのが分かる。
俺はミリーさんを助けることができてよかったと胸を撫で下ろし、シスター・レリアとともに心温まる光景を見守り続けた。
妖精たちの継息子 Greis @Greis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。妖精たちの継息子の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます