第十八話
エルバスさんを先頭に、エルサさんたちとともにミリーさんの部屋がある二階へと移動する。
ミリーさんの部屋は綺麗で立派な庭園を見渡すことができる奥の角部屋で、毎日本を読みながら静かで穏やかに過ごしているそうだ。
一体どんな子なのだろうかと想像しながらついて歩くこと数分、俺たちはミリーさんの部屋の前に到着。
エルバスさんが部屋の扉をノックして名を告げると、少しの間を置いてから部屋の扉が開かれる。
開かれた扉の先にいたのは、三十代くらいの切れ長の目に眼鏡をかけた凛々しいメイドさんで、メイドさんはエルバスさんたちに対して最敬礼をして出迎えた。
エルバスさんはメイドさんに労いの言葉をかけ、これから部屋にミリーさんと初対面の人を入れようと考えていることや、ミリーさん本人の体調がどうであるか知りたいということを、部屋の主であるミリーさんに伝えて欲しいと告げる。
メイドさんは「承りました」と静かな声で返して頭を下げ、ベッドの上にいるだろうミリーさんに伝えに行く。
ミリーさんの体調が悪そうなら無理せず次の機会にしてもらい、体調のいい日に改めて診察した方がいい。
メイドさんからミリーさんの体調がよくないと伝えられたなら、俺の方からエルバスさんに次の機会にしましょうと言うか。
そんなことを考えていると、ミリーさんに確認を終えたメイドさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。ミリーお嬢様にお聞きしたところ、お部屋に初対面の方が入ることも、今日の体調についても問題はないとのことです」
「では、今から入らせてもらってもいいか?着替える必要があるのならば、着替え終わるまで部屋の外で待つが」
「いえ、その必要はございません。お召し物に問題はございませんので、そのままお部屋にお入りください」
「そうか。ミリー、部屋に入らせてもらうからな」
エルバスさんの声に、部屋から「どうぞ、お入りください」と可愛らしい声で返事がきた。
家族であるエルバスさんたちが先に部屋の中に入り、次にシスター・レリア、最後に俺の順番でミリーさんの部屋の中に入っていく。
ミリーさんの部屋は貴族の子女らしく品のある調度品が揃えられているが、女の子らしい可愛らしい雰囲気もしっかりある部屋。
本を読んで過ごしているということもあり、部屋の壁一面には横長の大きな本棚が設置されていて、そこには様々なジャンルの本が並べて置かれている。
部屋には三十代のメイドさんの他にもう二人メイドさんがいて、二人ともエルバスさんたちに向けて綺麗な最敬礼をした。
三人のメイドさんは本棚の傍へと移動し、ミリーさんの傍付きとして静かに控える。
「ミリー、静かな時間を邪魔して悪いな」
「お父様、謝らなくても大丈夫ですよ。ですが、お母様たちだけでなくシスター・レリアまで一緒だなんて、なにかあったのですか?」
ベッドの上に上半身を起こした状態で座り、読んでいた本を閉じて膝の上に置いている女の子が、エルバスさんに心配そうにしながら問いかけた。
ミリーさんはエルバスさんの茶髪と茶目を受け継ぐ、白のワンピースを身に纏う、肩まであるセミロングヘアの可愛い系の顔立ちをしている美少女だ。
エルバスさんはミリーさんからの問いかけに父親の顔で優しく微笑みながら答える。
「悪いことはなにも起きてはいないから安心しなさい。今日はミリーのことを診察してもらうために、こちらのシャルルという薬師に来てもらった。シャルルはシスター・レリアが太鼓判を押すほどの人物なんだよ」
「お父様。私の体のことは……」
「ミリーの言いたいことは分かっている。だが、今回は今までとは少し違う。シャルルは特殊な回復魔法を使うことができ、それは呪いに対しても強く効果を発揮するんだ」
エルバスさんの言葉にミリーさんは驚きの表情を浮かべ、傍に控えていた三人のメイドさんも同じく驚き、四人は俺のことをチラリと見た。
「ミリーの体に呪いがかけられているかは分からないが、可能性は捨てきれない。例え呪いではなかったとしても、ミリーに治らなかったと悲しい気持ちを抱かせてしまうとしても、私たちは諦めたくはない」
「お父様……」
「だから、お願いだよミリー。シャルルの診察を受けてはくれないだろうか」
エルバスさんはミリーさんの顔を真正面から見ながらそうお願いした。
エルサさんたちもエルバスさんと同じく頼むといった様子で、ミリーさんのことを見つめている。
ミリーさんはそんなエルバスさんたちの顔を見て、少しの間を置いてから微笑んだ。
「分かりました。診察を受けます」
「ありがとう」
エルバスさんはミリーさんを抱きしめ、俺に「よろしく頼む」と言ってエルサさんたちの傍に移動した。
俺はシスター・レリアと一緒にミリーさんが座るベッドの傍に移動し、優しく微笑みながら自己紹介から始める。
「ミリー様、初めまして。シャルルと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「ベズビオ男爵家当主エルバスの娘、ミリー・ベズビオです。シャルルさん、診察をする際私がなにかすることはありますか?」
「……では、私の質問に答えていただけますか?」
「分かりました」
俺はミリーさんを‟みる”前に様々な可能性を探るため問診を行っていく。
手持ちの薬草で作れる薬で治る病であるのならば、その薬で完治できるに越したことはない。
ミリーさんは質問に対して丁寧で分かりやすく答えてくれたので、俺の知識にある病の候補が次々と消えていくのだが、候補の病に当てはまる症状もあれば全く当てはまらない症状も出てくる。
全ての症状が綺麗に当てはまる、これだという病の名が出てこない。
ここまで難解な状況なら、教会の回復魔法の使い手たちや薬師たちが両手を上げても仕方がないな。
一通り質問し終えた俺は得られた情報を頭の中で纏め、シスター・レリアと意見を交わしながら整理していく。
シスター・レリアはこういった病ではないかと教会が推測したものを聞かせてくれたり、過去ミリーさんを診察した人たちの推測や結論を教えてくれたりと、俺のことを精一杯サポートしてくれる。
そして、情報を整理し終えた俺は病の名を幾つかに絞り込むことができた。
絞り込んだ名の一つには、教会や薬師たちが推測した病名である先天性魔力欠乏症も含まれている。
しかし、先天性魔力欠乏症だけでなく、絞り込んだ幾つかの病の発症する条件がミリーさんに合わない。
絞り込んだ幾つかの病が発症する条件は、魔力量が生まれつき極端に少ないこと。
魔力量が生まれつき極端に少ない人はそれらの病にかかりやすく、ミリーさんに現れている症状の多くと合致するが、エルバスさんから教えられた通りミリーさんの魔力量は多く、先天性魔力欠乏症を含めた絞り込んだ幾つかの病が発症することはまずない。
そこで、ふと思う。
もしかしたらミリーさんの体に問題が出ている原因は、魔力面と肉体面の両方にあるのではないかと。
ミリーさんを‟みて”、その可能性を確認する。
「ミリー様。一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「構いません。なんでしょうか?」
「両手を俺に向けて伸ばしてもらえますか」
「……分かりました」
ミリーさんはなにをするのだろうという表情をしながら、俺に向けて両手を伸ばしてくれた。
俺は伸ばしてくれたミリーさんの手をそれぞれの手で優しく握り、氣を練り上げて高めていき、体内を循環している魔力に氣で干渉しつつ両目に氣を集中させてミリーさんを‟みる”。
(これは……。魔力が正常に循環できていないだけではなく、氣の方も正常に循環できていない)
魔力や氣は体内に張り巡らされている疑似神経を通じて体内を循環していて、体や精神の健康状態に大きく関係している。
ミリーさんを‟みた”ことで分かったのは、その体内に張り巡らされている疑似神経の一部が機能不全を起こしており、魔力や氣の循環が正常にできておらず不十分であるということ。
疑似神経の一部が眠っていて機能していないことで体の隅々まで魔力や氣が循環せず、肉体面と魔力面に影響が出てしまったことで、ミリーさんは体が弱く魔法が上手く発動できないのだ。
判明した事実になるほどと納得し、ミリーさんにありがとうございましたと告げて手を放す。
なにかを掴んだ俺に気付いたシスター・レリアが、真剣な表情で「分かったのですか?」と問いかけてきた。
俺はその問いかけに頷き、シスター・レリアにミリーさんがかかっている病の名を告げる。
「ミリー様は先天性魔力循環不全です」
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