番外編 湯けむり温泉殺人未遂マフィア撲滅爆破解体新婚旅行・後

魔王夫妻一行がロウ一家の二人にお土産を持たせて帰らせ、美味しい夕食兼酒宴に突入し、もう一度温泉に入ってから夜の温泉街に繰り出し、屋台料理を酒のシメにして宿に帰りぐっすり眠ったころ。

スゥ一家の本拠地の楼閣では、最上階で元締めと幹部たちがこそこそと話し合いをしていた。裏稼業なので夜型の生活なのである。


「それで、例の料理屋の件で邪魔をしてきた金持ちの夫婦の身元は分かったのか」

「はい、いや、はっきりした身元はわからんのですが、それがどうも思った以上に大物だったようで」

「ほう」

「この辺りの人間ではないことは確かです。おそらく旦那のほうは魔人かと。偶然見かけた手下の話では、セオドアとリーナと呼び合っていたと」

「ほう……?」

「ちなみに逗留先は竜蘭酒店だそうです。昨日から貸し切りで泊まっているようですね」

「……なるほど?」


話を聞いたスゥ一家当主、スゥ・シャングンは、重々しく頷いた。

セオドアとリーナ。それは完全にどこからどう聞いても、魔人の国の国王夫妻の名前である。

いやいやまさかね。

国王夫妻がたった二人のお付きと観光地をフラフラ歩き回って、事件に首突っ込んでサクサク解決していくことなんてある?

そんな偶然ないでしょ?

ないって言ってほしいな??

当主は冷や汗を流しつつ、しかし気丈にも首を横に振って己の中の恐れに蓋をした。

少なくとも、うちの下っ端が魔王夫妻に喧嘩を売ったわけではない。

彼等はあくまで街中で見かけた狼藉者を自主的に成敗し、その後楽しく遊んで宿へ帰っただけなのだ。今後彼らに接触しないよう気を付ければよい。

ロウ一家が礼を言いに行ったことだけは気になるが、それはそれだ。

まさか一国の長が、滞在先で少し関りを持っただけの地域密着型マフィアに手助けなどするまい。

シャングンはそう結論付け、しかし一応用心のために部下たちへ命令を下した。


「その金持ち夫婦を見かけたら、その付近では今後一切騒ぎを起こすな。いいか、絶対だ。下手に目を付けられちゃあ、ウチが吹っ飛ぶ可能性がある。

まあ今のところはまだ見逃されているかもしれねえが……」


明らかに顔色の悪くなっている当主に、周囲も顔を見合わせて頷き合う。

スゥ一家は武闘派で怖いもの知らずな男の集まりではあったが、それでもわざわざ危なすぎる橋を渡るほどの馬鹿ではない。そのおかげでこうして一家を大きくすることができたのだ。

少なくとも、例の夫婦が他の場所へ旅立つまでは、目立つ活動は控えたほうが無難だろう。

案外慎重なマフィアたちがそう決めた翌朝、まさか例の魔王夫妻が殴り込みに来るなどとは、当然彼らはこの時点で少しも予感していなかった。

世の中には、何をしてくるか予測できない怪物というものが存在するのである。



そんなわけで迎えた新婚旅行三日目の朝。

リーナとセオドアは一旦王宮へ帰っていた。

手持ちの荷物の中に、戦闘用の服がなかったからである。トレーニング用の服は一応あるのだが、せっかくのカチコミにあまりラフな衣装で行くのも憚られた。

とはいえ相手は地方のマフィア。あまり本気の装備で行っては、オーバーキルにも程がある。

リーナはここで、以前から女中たちに頼んで作って貰っていた、ある衣装を持ってきた。揃いの黒スーツと白いワイシャツ、黒ネクタイ、そして革靴だ。

この世界にサングラスがあると気付いた時点で、推しと某ハリウッドエイリアン映画ごっこをしたいと思い立ったリーナは、専門家に頼んでこれらを一式誂えていたのだ。

普段はドレスも宝飾品もほどほどにしか集めない王妃からのたっての希望とあって、城のお針子たちと防具職人はこれに奮起し、この世界ではあまり見かけないスーツを、見た目も伸縮性も防御性能も兼ね備えた素晴らしい防具として作り上げてくれた。

お揃いの黒スーツに身を包み、サングラスをかけ、フンフンとご機嫌に夫の周囲をぐるぐる回るリーナを、セオドアは興味深く見守った。


「武器はどうする。剣とメリケンサックはやめておくか」

「絶対殺しちゃうしね。まあ素手でも似たようなもんだけど。もう鉄パイプとかでいいんじゃない?」

「そうするか」


ここは鉄パイプが存在するタイプの異世界なのである。

身だしなみを整えた二人が宿へ戻ると、そこには重箱と酒器を持ち、後ろに一升瓶を数本抱えたフルアーマーテディさんを従えたレニーと、屋外用の敷物とクッション2セットと魔術師の杖を手にしたキースが控えていた。

どうやら観戦準備は万端のようである。

軽く頷いた魔王が空中に印を描き、お馴染みの転移魔法を使う。

移動先は整えられた庭園のど真ん中だった。目の前には本拠地の楼閣がそびえ立っている。

突然現れた侵入者に困惑する見張りをキースが催眠魔法で次々に黙らせ、丁度良い平らで大きな庭石の上に敷物を敷き、クッションを置いた。

そこへ座ったレニーから重箱を一段と徳利、杯を受け取り、キースは上司に軽く頭を下げる。


「では私は裏口へ行ってまいります」

「ああ、飲み過ぎるなよ」

「勿論です。では」


自分の持ち場へ居心地の良い観戦スポットを設営しに行った部下の背中を見送り、セオドアとリーナもいそいそと楼閣の正面玄関へと向かう。

キースの魔法で眠らされて地面に倒れている門番二名の間に立ち、建物を見上げる、黒スーツに鉄パイプ装備の高身長の男女二名は、実にさまになっている。


「では行くか」

「おう」


気軽な様子で行われた夫婦揃ってのヤクザキックに、正面玄関が完膚なきまでに粉砕された。

背後では轟音に拍手を送るレニーがさっそく一杯やっている。

突然の猛獣二名の乱入に、建物の中は当然騒然とした。

二人は近くで呆然としている人間から手当たり次第に鉄パイプで優しく殴り倒し、向かってきた相手の武器を殴り折って戦意を喪失させた後意識も失わせ、逃げようとする人間の背中に瞬時に近づいては首に手刀を叩きこんだ。

玄関や裏口から逃げようとした者は、キースとフルアーマーテディさんの餌食となった。

不憫なマフィアを暴風のような勢いで伸していき、一階を制圧し終わった二人が外へ声をかける。


「一階制圧完了!」

「構成員の捕縛は任せたぞ!」


その声を合図に、待機していた密偵たちが庭の物陰からスルスルとやってくる。

キースとレニーが窓やぶち破られた壁の穴から内部の様子を眺めたり、時折殴り飛ばされて降ってくるマフィアを爆笑して受け止めたりしながら、折詰をつまみに酒を飲んでいる姿を二度見しつつも、彼らはプロらしい素早さでマフィアを縛り上げていった。

建物内部は混乱を極めている。

マフィアを逃がさないようにと、上階へ進むたびに魔王夫妻が階段を粉砕して落としていく容赦のなさが、逃げ惑う強面の男達の恐怖心をさらに倍増させていた。なお、おかげで諜報員たちはハシゴを掛けて登るはめになっている。

もはやパニック映画さながらの様相である。

果敢にも二人に立ち向かった身長2mはあろうかという巨漢のスキンヘッドの双子が秒で床に沈められ、周囲にいた部下たちはさめざめと泣いた。

いったい俺達が何をしたというのか。いや悪いことはいっぱいやったけれど。

でもこんな最期を迎えるだなんて思ってもみなかった。

建物内部のあちこちから、恐怖のあまり故郷のお母さんを呼ぶ成人男性の哀れな悲鳴とすすり泣きが響き、その声を辿って黒スーツ二名がやってきては残党を処理していく。

マフィアたちはついに口元を抑えて息を殺し、物音も立てず潜むようになったが、そんな努力もむなしく黒スーツは全てを狩って行った。彼等が怪談として黒衣の男女を後世に伝えたのも、無理のない話である。


そうしてやってきた最上階。

全ての部下を初対面の夫婦になぎ倒され尽くしたスゥ一家当主シャングンは、もはやヤケになってバケモノたちと対峙した。

その手の中では真っ赤な宝珠が怪しい輝きを放っている。


「よくも……、よくも俺の城でこんなにも好き勝手をしてくれたな……! かくなるうえは」

「あ、おーい! 下の人ー! そろそろ全員外に出し終わった?」

「大丈夫っすよリーナー!」

「聞け!!」


イベントシーンにおける会話スキップ癖のあるリーナに話を遮られ、シャングンが泣く。セオドアは純粋に不憫だなと思った。

階下では酒と肴で若干良い気分になったキースが魔法でマフィアを次々窓から投げ捨て、それを下でテディが受け止めては庭へ並べていたため、この建物にはもはや怪人黒スーツとマフィアの頭領しかいない。

それに気付いているわけでもないのだが、シャングンは宝珠を掲げて高々と声を上げた。


「かくなる上は、我が身がどうなろうとも貴様らを生かして帰しはせん! 代々伝わるスゥ家の秘儀をとくと見よ!」


次の瞬間、宝珠がまばゆく輝き、天井を吹き飛ばしながら光が放たれる。

その光の中にいたのは、赤いウロコをもったドラゴンだ。

宝珠を犠牲に凶悪なモンスターを召喚したシャングンは高笑いをした。

このドラゴンは最初に目にしたものに執着し、殺すまで攻撃するという性質を持っている。己も死にかねないが、憎き侵略者どもも道連れだ。ここを墓場と定めた男にもはや怖いものなど無い。

ドラゴンは空へ舞い上がり、真っ直ぐに三人を見下ろしていた。その口の中にはブレスを吐くための魔力が集まり、煌々と輝いている。

この事態に、魔王夫妻は顔を見合わせてふむと頷く。

セオドアはおもむろにその辺から頑丈そうな鉄骨を引き抜き、リーナは軽く屈伸をした。そしてひょいと鉄骨の先に乗る。

掛け声すら無しに大きく振り上げられた鉄骨をジャンプ台替わりにして、リーナは空高く舞い上がった。

急に飛ぶタイプの人類を見せられたドラゴンが狼狽える間に、上空でくるりと回転。そしてそこから、魔力を乗せた渾身のかかと落としをドラゴンの頭にお見舞いする。


ドラゴンは空から叩き落され、楼閣の床を順番にぶち抜いて一階まで到達し、そこでブレスを暴発させて力尽きた。

爆炎とともに、壁も床もボコボコにされた建物がついに悲鳴のようなひしゃげた音を立てながら、中心へ向かって折り重なるように柱を倒壊させ、崩落していく。

その様子を外で見物していたキースとレニー、それからシャングンを抱えて建物から飛び降り退避していたセオドアが、おお~と呑気な感嘆の声を上げながら拍手した。

爆発炎上した瓦礫と炎をバックに、黒髪と身にまとう魔力をなびかせ、リーナは悠然と歩いて建物を脱出する。魔王の妻に相応しい偉容であった。

あらためて前庭に設営しなおされた敷物とやわらかいクッションに座って、美味しい料理と酒を楽しみつつ、四人と一匹はキャンプファイヤーを眺めての酒宴を開始した。

せっかくの旅行中なので、朝から宴会というのもありだろう。

この宴は、休暇を存分に楽しむ魔王夫妻ご一行に完全にドン引きしている密偵たちが、マフィアを全員ひっ捕らえて連行したころ、やっと終了した。

そろそろお開きにしようかとその場をきちんと片付け、立つ鳥跡を濁さずという言葉通りに、ゴミひとつ残さず彼らは立ち去ってゆく。勿論キャンプファイヤーには水魔法や氷魔法を掛けしっかり冷却して鎮火しているので、なにも問題ない。

のちに、すっかり心を折られて放心しているマフィアたちがなんでも話してくれるので、本拠地が跡形もなくなってもなんとかなりました。という連絡が密偵たちから届いたので、そういう意味でもあと腐れなく、しかし人々の心に深い傷を残して作戦は終了したのである。


その日の午後。

騒ぎとその顛末を情報網経由で聞きつけたロウ一家の少年当主とその補佐役が、前日より更に顔色を悪くして礼を言いに訪れた。

何も悪いことをしていないのに延々胃にダメージを食らっている二人は、よほど星の巡り会わせが悪いのか、運悪く宿で二次会を開催していた駄目な大人達に捕まってしまい、ジュースやらおやつやらを勧められ、途方に暮れた。

彼等も既にこの奇妙な集団が魔王夫妻とそのお付きであると気付いており、しかも例のマフィア本拠地爆破宴会の話も耳に入れていたのだから、その心労は察するに余りある。

恐縮しつつ王妃に注いでもらったオレンジジュースを飲み、賢く将来有望で我慢強いリンジュ少年はどうにか話題を探した。


「み、皆様は、この後はどちらへ行かれるのですか?」

「んー? ええとね、次は南国。青い空と海と白いビーチとヤシの実のジュースを楽しんでくる」

「そうですか……。さすが転移魔法の名手のご旅行はひとあじ違いますね」


素直に感心するリンジュに、ふと気づいた、という顔で、ほろ酔いのセオドアが声をかける。


「ああ、その前に一度、例の枝垂れ桜のところまで行くぞ。今は花の時期ではないが、あそこは滝も見事だ」

「そうなのですね。ぜひともお楽しみください!」

「ああ。来年は桜の咲いたころに来させてもらおう」

「はい!」


地元の名物を、やっていることはともかく外見は非常にまともな名君に見える魔王から褒められ、リンジュは顔を赤くして胸を張った。その様子を横で見ている補佐役のフーシンは、飲まされた高い酒の影響もあってか、感動で涙ぐんでいる。

可愛いお子さんとその保護者に山盛りのお土産を持たせて帰らせ、温泉につかって一旦酔いを醒ました後、リーナとセオドアは二人だけで、セオドアのお気に入りの場所へと出かけた。

静謐な森の中の大きな滝は、静かに涼しげな音を響かせていた。

高さはそれほどでもないが、幅のある岩壁を白いしぶきを上げながら水が流れ落ち、それが日の光をきらきらと反射している。

夕方の金色に染まった空の下、西日に照らされた景色は夢のように美しい。


「まだ紅葉も始まっていないな」

「けど緑もきれいだよ」

「ああ」

「来年はお花見だね」

「そうだな。お前にはあの景色をぜひ見せたい」


滝の水しぶきが少しだけ飛んでくる川べりを二人で歩きながら、セオドアは妻の横顔を見た。

酔いの名残が彼女の頬を薄紅色に染め、鋭い瞳を普段より少しだけ緩めている。


「リーナ」

「うん?」


まぬけな声で返事をして顔を上げたリーナに、セオドアはそっとキスをした。

唇をほんの少し重ねてすぐ離し、妻にだけわかる微かな笑みを浮かべる。

リーナはきょとんと瞬きをし、思考が状況に追い付いた途端失神した。


「まだ早かったか……」


厄介な妻を米俵のように担ぎ、セオドアは美しい景色の中で、聞こえてくる小鳥のさえずりに耳を傾けた。

春になれば見事な花を咲かせる枝垂れ桜の下に、根を踏まないよう気を付けて近寄りながら、その幹に触れる。

来年もまたここへ来よう。できればその時も二人きりで。

失神しているリーナがすやすやと寝息をたてはじめたことに気付いて笑い、セオドアは彼女が起きるまでの間散策をすることに決めた。

このまま帰っては、失神するようなことがあったのだと親友にバレて、妻が恥ずかしがるだろうから。

次に訪れる南の島ではどんな事件が起こるのか、全く予測がつかないが、少なくとも一緒に過ごせばなんだって楽しいにちがいない。

物騒で愉快な仲良し夫婦は、もう暫くの間、賑やかな新婚旅行を続けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界最強の魔王を救うと決めた脳筋オタク女のRTAじみた冒険 石蕗石 @tuwabukiishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ