陰キャの僕の周りが修羅場かと思いきや異世界に飛ばされたけど結局は修羅場だった件について

戦闘

 僕は死んでしまった。


 死んでしまった筈だった。


 だけど、霞みがかっている目を力なく開けると僕は鬱蒼とする森林に横倒れになっていた。


「僕はトラックに轢かれて、死んだんじゃ……」


 周りの木々は光を全て吸い取ろうと空を覆い尽くし、重なり合う葉の僅かな隙間から日光は地面を照らしていた。


 力が入らない首を頑張って動かすとすぐ後ろに小さな泉があった。


 僕はボヤッとする体を引き擦って、泉の水を顔にバシャバシャと浴びせた。今までの怠さが嘘のように引いていく。


 水を浴びれば浴びるほど体は元気になっていく。僕は今までのどんな休息よりも元気になっていく体にびっくりして夢中で水を浴びた。


 ふと、水を飲んでみたら脳から足まで電流が流れた。その電流が通った後には言いようもない幸福が残っていて僕は夢中で飲んでいく。手で掬うのを止めて、動物のように口で直接飲んでいく。


 もっと欲しい。もっと飲みたい。


 僕はどんどん前のめりに水を飲んでいく。遂に鼻まで水が浸かりそうな所で声がした。


「辞めなさい!」


 背後からの声に僕はびっくりして後ろを振り向いた。そこには女性が立っていた。


 白い服を着た底知れないほどの美人。頭には宝石をあしらった草の冠、足元は薄い水色で光っていた。


 女神だ、僕は直感的にそう思った。神々しけれど近寄り難くない、逆に甘えたくなるような雰囲気。


 僕はいきなり叱られた事で言葉を詰まらせてしまった。


「あ、えっと、あの」


「その泉から離れなさい、その泉は人を食べてしまいます」


 僕は言葉の意味を理解するより先にその泉から離れていた、目前の女性の声は人を従わせる力があった。


「泉の下には魔物が住んでいて、中毒性がある泉に人を呼び込んでは人を餌にしています」


「ど、どういう事ですか? 魔物?」


 目の前の女神様は至って真剣な表情で話を続けた。


「私は貴方に謝らなければなりません。逝く魂を連れ戻し貴方を此処に呼んでしまいました、すみませんでした」


 女神様はしなやかな髪を揺らしながら頭を下げた。


「私はこの世界の女神、『エリシャ』と申します。貴方を呼んだのは他でもありません、この世界を救って頂きたいのです」


「僕がこの世界を救う?」


 女神様はまるで誰かに懇願するように手を前に組んで話し始めた。


「この世界は今、崩壊の危機に面しています」


 あまりにも唐突に言われて僕はすぐには意味が理解出来なかった。


「邪竜『ドラゴンキング』、それが世界を滅ぼさんとする者の名です。私はこの世界の均衡を保たなければなりません、しかし、女神の私は世界に関与してしまうと世界がおかしくなってしまいます」


「そこで私は死んでしまった貴方をこちらに呼び寄せて間接的に世界を救おうと思いました」


「僕は死んでしまったのですか……?」


 震える声で僕は聞いた。答えを聞きたくは無いけど聞かずにはいられなかった。


「……はい、残念ながら」


 女神様は目を伏せながら、けれどもはっきりと答えた。


「そうですか……」


 そうだとは思っていたけれど実際に雪や家族ともう会えないと判ると涙が止まらない。


「……安心して下さい」


 涙を拭う手を掴み、じっと目を見ながら女神様は言った。


「本当は規則により、いけないことなのですが崩壊の危機を脱した暁には私が元の世界に戻して差し上げましょう」


「本当ですか!?」


「はい、他言はしないで下さいね」


 まるで秘密を共有した女子のように微笑みながら女神様は人差し指を唇に当て静かにのポーズをした。可愛いその姿に僕は頬が熱くなるような気がする。


「顔が紅いですよ、体調がどこか悪いのですか?」


 女神様は覗き込むように顔を近づけてきた。


「い、いえ! 大丈夫です!」


 照れて顔が紅くなっているなんて知られたら恥ずかしすぎる。僕は涙を拭うふりで顔を隠しつつ顔を後ろに引いた。


「本当ですか? 体調が悪いなら遠慮なく言ってください、私が治してさしあげます」


「あ、有難うございます」


 騙してるみたいて居心地が悪い僕は曖昧な笑みで誤魔化す。


 女神様は話を変えるように手を叩いて前で合わせた。


「では、貴方に色々な加護を与えます」


「加護ですか?」


「はい、この世界で有利になる物です。言語をこの世界に合わせて、身体能力を向上させて、などなど様々な加護を与えます」


 女神様は微笑むと手を下から上に振り上げた。すると地面から美しい蒼光が溢れ出て僕を包んだ。


 色々な物が入ってくる。言葉、力、体力。どれも微かな記憶でしかないようなものだけど、それでも確実に僕の中に入っていく。


「更にこれも渡しておきましょう」


 女神様は手を前に突き出すと光の粉が僕の手を包み、いつしか固形物に姿を変えた。


「これは……スマホ?」


 それは僕がトラックに轢かれた世界で使っていた黒いスマートフォンだった。割れてしまった画面もそのまま。


「はい、スマホです。erisi_Wi-Fiに繋いでおいてください」


 繋いでみると今まで立っていなかった電波が最大になった。


「それは私から出ているWi-Fiです、女神のWi-Fiですからスイスイ動作しますよ」


「め、女神様からWi-Fi飛んでるんですか!?」


「女神ですから」


 そう言うと女神様は誇らしそうに腰に手を当てた。


 女神様は体からWi-Fiを飛ばせるんだ……。


「そのスマホは私が色々弄ったので神器となっています、充電は魔物の生命エネルギーで行い、防護の加護が着いているのでそうそう壊れません」


 スマホが神器? イメージとかなり離れていて戸惑いながらも頷く。


 ガサガサ。


 ガサガサと女神様の遠く後ろで何かをかき分けるような音がした。その音は徐々にこちらに近づいているようだった。


「女神様、この音はなんでしょうか?」


「この音は!  大嫉蛇!」


 女神様は自分の行いを悔いるように表情を崩した。


「迂闊でした、こちらに来るとは思いませんでした」


 女神様は僕の方に振り返ると諭すように話し始めた。


「先程、申しました『ドラゴンキング』を倒すには各地に散らばった英雄達の力が必要なのです。その英雄達は『ドラゴンキング』攻略の際に敗れてしまい封印されて魔物に力を与える石になってしまったのです」


 女神様は後ろを気にするようにしかし、僕が聞き漏らさないようにしっかりとした口調で話す。


「その石を額に埋め込まれた大蛇、それが大嫉蛇 だいひつじゃです」


「つまり、それを倒して額の石を取らなければならないのですね?」


「そうです。これ渡しておきます」


 女神様は念じるように手を組み合わせると僕の手にはいつの間にか弓が握られていた。


 それだけではなく服装も死んだ時の制服ではなく長いワンピースのような服に下はスボンになっていた。腰にはベルトが締め付けてあり、短剣や冒険に使えそうな小道具がジャラジャラとぶら下がっていた。


「急ごしらえですが、今はそれで大丈夫だと思います。私は居なくなりますがご武運を!」


「あ、あのちょっと!」


 まだまだ僕には聞きたいことがあった、しかし女神様はずんずんと泉の方へ行ってしまった。


「大丈夫です。私の加護があります。ちょっとやそっとじゃ死にません」


 泉に着いたと思ったら僕の方にくるりと向き直った。


「それにいつも私が見ています。私は泉の女神、困ったら泉に近づいて見てください。ね」


 女神様はウィンクと共に光の粉になった。神々しくも茶目っ気があって可愛いその姿に少しぼうっとしてると背後の森がなぎ倒された。


 後ろを振り向くと見上げるような大きさの大蛇が僕を見ていた。その姿はずっと見上げていると首が痛くなるような大きさだった。真紅の体を作っている鱗はその1枚だけでも僕を超えているように思えた。テラテラと艶かしいその大蛇の額には女神様が言っていた赤い石が嵌っていた。


「で、でかい…」

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