幕の上がる前2

「おい、どういう事だ?」


 こちらのセリフだ、一瞬で死んだのに声出していることになってる。


「俺がありがちな通学路描写してたのにトラックに轢かれたが!?」


 ありがちなとか言わないでくれ。


 確かに通学路ごときで感動などするはずないが考えて描写しているのだ。


「んなこと良いんだよ、何でラブコメなのに死んだんだよ!?」


 ラブコメだって人は死ぬだろう。ヒロインや主人公が生きるか死ぬかの病気にかかってお涙頂戴する話もラブコメ的には多い気がするが。


「そういう話じゃなくてだな。方言系転校生と衝突する所で何でトラックと衝突してるんだ?」


 方向転換だ。


「はい?」


 つまり、ジャンル変更だ。


 今から今作はラブコメから異世界転生物に鞍替えする。


「嘘だろ!?  最初からやり直すとかじゃなくて今から変更?」


 どうすれば良いと思う?


「俺に聞くなよ」


 私もどうしようか悩んでいる。


 急に『いや~現実系のラブコメって難しいじゃん? それに伸びが悪そうだから異世界転生物に変更で!』とか軽い理由で変更になった。


 キレそうだった。


「異世界転生物とかあんまり知らんのだけど大丈夫か?  それに台本は?」


 台本は無い。


「はぁ!?  急に方向転換しといて台本無し!?」


 物語は私達で作って良い、と言うか作れってことらしいな。そのために私は少し勉強してきた。カット時間は長めだ、一緒に考えようではないか。


「まず、何でトラックに轢かれたんだよ」


 実は私もそれは分からない。


 これは上の指示だ、何でも『トラックか召喚か門か……門は現代社会との融合なんて出来ないし、召喚は複数人いないとなぁ、じゃ、トラックで』とか言う理由だそうだ。


「意味分からん」


 私も分からない。しかし、上からの指示で取り敢えずトラックをぶつけてみた。


 過ぎたことはもう良い。


 これからどうすれば良いかを話し合う有益な時間にしようじゃないか。


「でも、俺は異世界転生物分からないぞ?」


 私の話を聞いて色々合いの手を入れてくれ。


「要するに俺に話しながらこの後どうするかを考えたい訳ね」


 異世界転生物とは何なのかを話し合いたい。


 まず、異世界とはなんだ?


「まぁイメージとしてはファンタジーのイメージだな」


 異世界転生物に疎い私でもファンタジーというのは分かる。ここに認識の差はないな。


では、転生とはなんだ?



「言葉自体の意味は?」



 転生……生まれ変わること。


 転生の言葉の意味だ。


 しかし、何から何に転生するのだろうか?


「それは今回の場合は強制的に決まっている、人間がトラックに轢かれてファンタジーの世界に転生する」


 転生が生まれ変わること、という意味である以上ファンタジー世界でのスタートは赤ん坊からだな。


「マジ!?  勘弁してくれよ、この歳で漏らすのか!」


 仕方あるまい、転生するのだからな。


「勇気の年齢のまま転生は出来ない?」


 随所がおかしくなってしまう、異世界の習慣や言語の壁はどうする?


「それはなんかこう、神がふわってきてなんとかしてくれる的な?」


 ダメだ、ご都合主義過ぎる。そんなことしたら読者からクレームが来るぞ。


「てかさ、何で俺らが悩まないといけない訳?」


 どういう事だ?


「急に方向転換しといて、台本無しで、自分で考えろ?」


「で、批判が来るのを恐れてる」


「バカか?」


「こっちは丸投げされてるんだぜ? 好き勝手やろうじゃない。ご都合主義万歳! 一途な愛はクソくらえ、ハーレム万歳!  修行パートや苦労パート無し万歳!」


 しかしだな、私は場を預かっている。物語として成り立っていないとダメだ。


「ナレーターさんよ、小説はなぜ読む?」


 いきなりどうした?


「いいから」


 それは知識を蓄えたり、他の人の考えを読み別の視点で物事を考えれるようになったり、理由は人それぞれ千差万別だが、しかし、最終的には面白いからと私は思っている。


「その通りだ、結局面白いから。じゃあ、何故面白い?」


 それは……難しい質問だ。


 私以外がどう考えているかわからないが追体験することで擬似的に新体験を味わえるからではないか?


「そうなんだよ、結局そこ。追体験で小説は成り立っているような物なんだよ」


「じゃあ、体験の中で最も楽しいものは? 答えは優越体験」


 それは流石に偏見が過ぎる。優越感を得る事に対して嫌悪感を抱く人もいるだろう。


「それマジで言ってる?」


 人間に絶対は無い筈だ、仮に優越感を追体験出来る事だけに特化した小説などを書いても『くっさ』とか『キモイ』とか言われてしまう。


「じゃあ、優越体験をするのが嫌いな人が多いと仮定しよう。で、今作って無料で読めるんだろ?」


 その通りだが。


「金払って読んでいる読者がいるなら話は別だ、その場合はできるだけ読者から人気のある書き方、つまり、正しい書式に何故その行動に至ったかの理由、後は起承転結がちゃんとなってるかなど所謂『物語』になってないといけない」


「しかし、今作は無料だ。好き勝手やって、面白さだけを追求してみようじゃないか」


 つまり、小説の面白さ=追体験

     追体験での一番楽しい物=優越体験


 だから、優越体験を沢山できる物語以下の話にしようと。『物語になってない!』のクレームに対しては無料だからで切り抜ける。


「そうそう、クレーマーは無視。あいつらはゴミ拾いボランティアをやってても『偽善者乙』とか言ってくるからな」


 で、意見をこねくり回してくれたけど本音は?


「俺が楽しいなら物語とかどうでも良いや!」


 男はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛がが背のびをしたように延びて、海を抱かかえ込んでいる函館の街を見ていた。


 男は指元まで吸いつくした煙草を唾と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹サイドをすれずれに落ちて行った。彼は体一杯酒臭かった。


「止めて! 俺を蟹の缶詰作るブラック企業船に突っ込まないで!」


 はぁ……そんなことだと思った。


 だが、私もなんだがイライラしてきた、好き勝手にやろう、程よく。


「程よい時点で好き勝手じゃ無くない?」


 読者が怖いからな、心構えや言い訳があった所で投げかけられる暴言にはダメージがあるのだ。


 男は部屋に座っていた。


 さて、場面も落ち着ける場所にしたし、設定を考えていこう。


「そんなん適当だよ、適当。名作からパクリスペクトしてくれば良いよ」 


 こんなのはどうだろう。


 ドラゴンキングが世界を侵略しようとしている。国王は7人の「罪業」と呼ばれる精鋭をドラゴンキングの元へと出兵させる。しかし、「罪業」達は戦いに敗れ力を封じ込められた宝石となって各地にバラバラになってしまう。そこで国王は七つの宝石を集め一つの指輪にすることで七人の力を持った最強の勇者を作り出すことを考えつく。宝石を守る門番達を倒しながらも宝石を集めるのが主人公の勇気である。


「混ぜすぎて逆にオリジナリティある!?」


 因みにドラゴンキングとの最後の戦いでは実は七つの宝石で作った指輪はドラゴンキングに生命力を与えていたって設定で最後に破壊する予定だ。


「素晴らしい設定だ」


 主人公、つまり勇気の設定はどうする? 演じる人が設定を考えた方が良いだろう。


「槍使い、いや、魔法使いも捨てがたい」


 女用心棒……は流石にダメだが、過去の因縁で額に傷をつける事なら設定としては容易いが。


「第1話はそんな設定詰め込んでも誰も覚えちゃくれないでしょ。大筋はそれで良いと思うけど主人公の設定なんて演じていれば勝手に生えるしまだ考えなくていいんじゃない」


 では、次の議題は何故転生したのか、について話し合おう。


「上からの指示」


 メタ的な事じゃなくて物語的な理由だ。


「……確かに、何故転生するんだ? 普通のファンタジーを書くなら、その世界の住人を主人公にした方が都合が良い」


 言語も習慣も主人公が会話できなかったり、習慣に悩まされたりなどを描写しなくて済む。異世界転生させた所で物語上でのメリットが思い当たらない。


 こういう時こそ過去の異世界転生する話を読めば良いのだろうが、生憎勉強不足だ。


「メリットねぇ……こじつけるならば現代日本の何かを持ってこれるっていうのをメリットにするのはどう?」


 例えば?


「火器とか戦車を持ってきて異世界で無敵になる」


 ファンタジーなのだ……いや、好き勝手やるのだから世界観は気にしなくて良いか。だが、平々凡々な高校生勇気が火器や戦車を持ってはいないだろう、そこは目を瞑れない。


「平凡な人が持ってて異世界でメリットになるような物……。そうだな、いっそ知識なんてのはどうだ?」


 知識?


 つまり、勇気が現代日本で誰でも知っている知識で異世界生活を有利に進めるのか。


「そういうこと」


 難しいと思う、誰でも知っている知識でどうやって優越体験を得るのか検討がつかない。


 いっそ、異世界の生活基準を下げて主人公が立って歩いてるのを見て異世界人にビックリさせるか?


「俺は猿の惑星にでも飛ばされるのか?」


「そこまで来たら言葉が通じなそうだし、却下」


 流石に冗談だ。


「勇気がどんな知識でも書いてある辞書とか持ってりゃ楽なのに」


 そうだ! スマートフォンはどうだろうか。


「成程。スマホはどんなえらい教授の頭より多い知識が入ってるし、平凡な高校生でも持ってる」


「よし、決定。異世界の住人よりも知識で優越体験出来るし」


 他作品の異世界転生をする理由はもっと物語的に重要だったりすると思うが私達はそのような理由で良いか。


 さて、まだまだ話し合いたい所だがそろそろ時間だ。


 今の設定を元に話の最初をパッと考えよう。


 最初は戦闘から始めるのが良いと思う、小説のスタートは大体インパクトがある方が良い。


「実際には女神的なのが言語、習慣の壁をなくす所からスタートだが」


 そのご都合展開は突き通すのか……。


「あたぼうよ。むしろ、『この物語はご都合主義ましましですよ』っていう読者への警告になる。ほらほら、時間無いよ」


 ……戦闘後、王様に呼ばれるようにならないといけないな。


「じゃあ、最初に倒したのがその門番にしよう」


 幾ら何でも展開が早くないか?


「王様が身分も分からない人にドラゴンキングを倒させる命令を下すには丁度良い理由だと思うけど、それに、7つも宝石取る訳だろ?」


 そうだが。


「早く終わらそう、物語以下のご都合主義話に長く付き合ってたら、普通の作品を演じれなくなりそうだ」


 それもそうだな、では、スマートフォンを使って弱点を知り、返り討ちにする。騒ぎを聞きつけた兵士が番人を倒している主人公を見て王様に報告し、王様に呼ばれてドラゴンキングを倒す旅に出る。


「あ、優越体験を忘れないでくれ」


 分かった、では時間だ。


「痛いから戦闘、嫌なんだよなぁ……」

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