君はきっとまだそこにいるんだろう

ななばん

第1話 いつも通りの今日、少し違う夏

青い空、入道雲、向日葵の畑、麦わら帽子に白いワンピース姿の少女。

「夏といえば」で想起されるものはこんなところだろう。人によるかもしれないが。

夏はいい、夏が好きだ。

1人で過ごすのもいいし、君と過ごすのも良い。今年までそうしてきた。今年の夏もそうするつもりだった。そうしたかったんだ、本当なら。

「もう1ヶ月か」そう零して携帯を見る。来るはずも無い通知を探して。

「どう?あれから、連絡きた?」

先輩から声をかけられ、現実に引き戻される。そうだ、まだ勤務時間だったと思い出す。今は8月3日午前5時、一通りの検温と記録を終え休憩をとっているところだ。

「くるわけないですよ。」

半ば自嘲気味に笑いながら答える。心の底で期待していることを隠して。

もう6時前か

「そろそろ採血いこっか。準備できてる?私村松さん行くね。」

「わかりました。僕生駒さんと新沼さん行ってきます。」

1人、2人と手際良く採血を済ませる。簡単なもんだ、血を採るくらい。患者様との軽い会話を終え、詰所へ戻る。

さすがに眠気が出てくる時間帯だ。日勤の同僚らも出勤してくる頃かと思いながら時間が過ぎるのを待つ。すっかり日が昇るのが早くなった窓の外を眺めながら、静かな時間を過ごす。

「なんだが鳴らないなら鳴らないで寂しいですね。」

「そうね。一昨日までこの時間だったもんね。大往生だよ、105歳だったでしょ。」

「そうですね。お見送りは出たかったな。夜勤帯に逝かれたみたいで。」

「そうだったんだ。もう少しでも保てばよかったんだけどね。」

先日亡くなられた大御所の患者様の話をしながら時間を潰す。それから暫くして、日勤帯の看護師も続々と病棟に上がってきた。

さあ、あともうひと踏ん張りだ奮起し、鉛のように重い瞼にアル綿をなぞらせ、業務に戻るのだった。笑顔で挨拶を交わす裏で、心にいくつかの重い影を落としながら。

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