第39話 2年後

 絵未と約束をした二年が経過した夏のある日。


 先月送ったデモテープの結果を最後に、俺は音楽を諦める決意を固めていた。


 絵未はもう俺の側にはいないけど、絵未と約束したこの二年。やれるだけの事はやった。悔いはない。

 もし、ほんの少しだけ後悔があるとしたら、この場に絵未の笑顔がない事だけだ。


 


 ———残念だったね武志くん。でも私がいるから、大丈夫だよ。




 もしかしたら、そんな言葉で労ってくれたかもしれない。


 無性に絵未の声が聞きたくなった。気がついたら携帯のアドレスから、絵未の名前を検索している自分がいた。少し迷った後、通話ボタンを押す。



 コール音が鳴り響く。しばらくして絵未が出た。



「……はい、え? 武志くん!? 久しぶり! あ、ちょっと待ってね。……それはそっちに運んでください。……ゴメンゴメン、本当に久しぶりだね」


「……もしかして、取り込み中?」


「んー。今日ね、引っ越しの日なんだ。……今日からね、前に言った人と一緒に住むの」


 なんて偶然なんだろう。俺が音楽の道を諦める決心を固めた日に、絵未はさらに新しい一歩を踏み出そうとしていた。


「そうなんだ。おめでとう……って、まだ気が早いか。よかったね」


「ありがとう。武志くんの方は……どう?」


「相変わらずだよ。デモテープ送って評価や感想はもらえても、採用は一本もない。先月送ったデモテープ審査が落ちたら、すっぱり音楽は諦める。ちょうど二年経ったし。約束したもんね」


「……そうだね、約束、したね」


「絵未ちゃん……今、幸せ?」


「うん。……幸せ、かな? まだ、実感がわかないけどね……武志くんはどう?」


「結果はともあれ、俺はとても充実した時間を過ごせたよ。やるだけの事はやってみた。後悔はないよ。それに、絵未ちゃんが今幸せなのが、俺はとても嬉しいよ」


「ありがとう……。私ね、武志くんと出会えて本当によかったと、今でもそう思ってる。きっとね、この先何年経っても、忘れる事はないと思ってるんだ。過去の時間の中で、一番大切な宝物。それが武志くんと過ごした時間なんだ」


「俺もだよ、絵未ちゃん。どんなに季節が巡っても、周りの環境が変わっても、絵未ちゃんと心を燃やした時間は絶対に忘れない。……だけど、これで本当にお別れだね」


「……うん、お別れだね。それじゃ元気でね、武志くん。本当に大好きだった!」


「俺も大好きだったよ。……今までありがとう、絵未ちゃん。それじゃさよなら。本当に、さようなら」


 通話終了のボタンを押すと、携帯のディスプレイに雫が落ちた。

 

 これですべての気持ちに整理がついた。ただ一つだけ心残りがあるとすれば、嘘が嫌いな絵未に、最後まであの日の出来事を話せなかった事だけだ。



 俺は濡れたディスプレイを拭い去ると、携帯のアドレス帳から絵未の番号を削除した。

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