第34話 199X年 11月 1/2
しばらくは何をやっても身に入らず、放心状態の日々が続いた。
香流はあれ以来、連絡はしてこなかった。そして絵未とも連絡を取っていない。
絵未と話しをする、勇気がなかった。
なんて言えばいいのだろう。何を伝えればいいんだろう。いくら考えても、答えは闇の中だ。
惰性でバイトに行き、口数少なく黙々とカクテルを作ったりグラスを洗ったりと、頭の中とは関係なく手だけを動かす。
スポットライトで照らされ煌々とした店内なのに、周りの景色が無色に見える。
絵未がそばにいないと実感するだけで、俺が見る世界は、こんなにも色褪せてしまうのか。
そんな有り様でバイトをしていた数日後に、見かねた年上のウェイターが、俺に声を掛けてきた。
「なんか最近元気ないけど……大丈夫?」
「あ……はい。大丈夫です……」
「そっか。体調悪かったら無理しないで休んでいいからね。……お、そうだ。阿藤君って、香流さんと仲いいの?」
その言葉に、肩がびくりと反応する。
「いやね。君も知ってると思うけど、あの人さ、このT区の他のカジノのオーナーのコレ、なんだよ」
年上のウェイターは、小指を立てる。
「ウワサなんだけどさ、気に入った男は媚薬みたいなクスリを飲ませてヤっちゃうらしいからさ……君なんて男前だから、気をつけた方がいいよ」
び、媚薬……? 確かにあの日、トイレで何度か席を外したが、まさか……そんな事を……。
「あの人ならやりかねないと思うけど……ま、あくまでもウワサだからね。はははははは」
そう言うと俺の肩を叩いて、笑いながら自分の仕事に戻って行った。
グラスを洗う俺の手は止まったまま、暫く動かなかった。
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