第21話 199X年 7月 2/3
翌日、中番の俺は昼の1時に出勤する。裏口から入り従業員用扉で店内に入ると、更衣室で着替えを済ませて受付と連なるBARカウンターへと向かう。
受付には絵未が、暗い顔で立っていた。
いつもなら絵未も含めた早番のバイトに一人ずつ「おはよう」の挨拶をして回るのだけど、今日はそんな気分になれなかった。絵未がこちらに気づくと、俺は逃げるように厨房へ向かった。
後ろから、足音が聞こえてくる。
「ねえ武志くん! 昨日の事怒ってるの? ごめんね……私も少し酔っ払ってたから」
「ちょっとあっちで話そう。ここじゃ人目につきやすい」
「じゃあ、ちょっと待ってて。受付を少しの間、誰かに変わってもらうから」
「わかった。じゃあ25号室前で」
平日の昼間だ。30以上ある部屋は、流石に満席になる事はない。お客からのリクエストがない限り、カウンター手前の1号室から客を埋めていく。25号室はちょうど死角にもなって、密談をするには絶好な場所だった。
俺が25号室の部屋の前で待っていると、程なくして絵未がやってきた。
神妙な面持ちで絵未が言う。
「昨日はごめんなさい。周りに乗せられて、武志くんを呼びつける様な事言ってしまって……」
「いや、俺の方こそ悪かったと思ってるよ。あんな事くらいで怒鳴ったりして、ごめん」
「……何かあったの?」
「そっか、まだ聞いてないんだ。……来月から俺は、本店に戻るんだ」
「えっ?」
絵未は一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま明るい顔に戻る。
「よかったじゃない! これで堂々と私たち付き合ってるって言えるよね! だって同じ店舗じゃないんだもん。誰に迷惑をかけるわけでもないしね!」
……よかった? 絵未、本当にそう思ってるのか?
「よかった……だと? 俺は契約と言っても社員扱いだ。バイトのみんなは好き勝手に休みを入れられるけど、その穴埋めは俺がするんだ。休みだって週一日だ。この2号店ができたから、俺は契約社員にさせられたんだ。他の友達が遊んでいる時だって、俺は必死に働いた。この8ヶ月、ずっとだ。だけど絵未がいたから頑張れた……絵未なら、もっと悲しんでくれると思ってたのに……!」
「ち、違うの! 私はそんなつもりで言った訳じゃ……」
共感してくれると信じていた。一緒の空間で働けない事を、嘆いてくれると思ってた。だけど絵未の考えは全く違ってた……!
その落胆から俺は、つい思ってもない事を口にしてしまった。
「確かO市で飲んでたって言ってたよな。……どうせ帰りは元カレでも呼んで送ってもらったんだろう? 確か元カレもO市に住んでたもんな」
「……な、何言ってるの武志くん! そ、そんな事する訳ないじゃない!」
「今、一瞬だけ間があったな。やっぱりそうか」
「違う! そんな事してない! 友達に迎えに来てもらったんだよ!」
「……もうこの話は終わりにしよう。ちょっとお互い、頭を冷やした方がいいと思う」
俺が踵を返すと、絵未はその場にペタンと座り込んでしまった。
「違うの……本当に違うのよぉ……」
啜り泣きが後ろから聞こえる中、俺は25号室の前から足早に立ち去った。
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