第16話 199X年 4月 2/2
「じゃあ、単刀直入に言うよ。俺たち、付き合ってます」
最初の一杯がテーブルに並べられた後、乾杯も前に俺は今日の本題を早々に切り出した。
「———マジで!? や、やっぱそうかぁ。俺は何となく怪しいなぁって思ってたんだけど、やっぱそうかぁ……」
「え? かっちゃん。何か気づいていたの?」
絵未のその言葉を、かっちゃんが手で遮る。
「それは後で。……まずは乾杯だ。———おめでとう二人とも!」
かっちゃんが笑顔でジョッキを差し出してきた。俺と絵未は顔を見合わし笑い合うと、二人同時にかっちゃんのジョッキにグラスを打ちつけた。
「で、いつ頃からなの? 二人が付き合い出したのって」
「正確には年が明けてすぐだけど……かっちゃんがきっかけを作ってくれたんだよね」
「え……どういう事?」
「年末のクリスマスパーティーの準備の時にね。……お互いの気持ちを確かめたっていうか……」
絵未がモジモジしながらそう返した。……バカぁ! そんな言い方したら。
「え……ウソだろ。まさか……まさか、俺の部屋でしちゃったとか?」
男なら、そう考えるよな、かっちゃん。
絵未はかっちゃんのその返しを予想してなかったらしく、フリーズ状態だ。ここは俺の出番である。
「いや! やってないよ、かっちゃん! ……キスだけだ。安心してくれ」
その言葉にかっちゃんは豪快にビールを吹き出した。絵未も俺の顔を見て、目を見開いている。
「———安心できるかっ! マジかよ! 俺の部屋で2号店のアイドルがキスだなんて……俺、もうあの部屋で寝れねーよ。悶々しちゃってさ」
かっちゃんは頭を抱えて左右に振る。その姿に俺と絵未が笑うと、かっちゃんも声高々に笑い声を上げた。
……やっぱりかっちゃんは信用できる。絵未が懐いてるのも分かるなぁ。
その後は、かっちゃんからの質問攻撃だ。接点あまりなかったのなんで? とか、二人ともどこが気に入ったの? とか。決して俺と絵未を不快にさせない、それでいてちょっと意地悪な
俺もかっちゃんとは良い友達になれそうな気がしている。
かっちゃんの『弄りタイム』はジョッキ三杯分続いたが、四杯目が運ばれてきた時、かっちゃんは急に神妙な顔になった。
「阿藤さん、最初の話に戻りますけど、俺、怪しいなって言いましたよね。……二人の事、もしかしたらって疑っている人間、そこそこいますよ」
「え!? なんで? 俺たち仕事中は私語はしないように気をつけているんだけど」
「それですよ、それ。全く話さないってのもおかしな話でしょう? 阿藤さん、他の人とは普通に話すのに」
確かに。愛美はともかく、他のバイトの子とは普通に仕事以外の話もしている。
「それに……会話をしなくっても態度って出ちゃうもんですよ。俺だって絵未ちゃんが、阿藤さんの事よく見てるなーって、思ってましたもん」
「え……やだ。私、そんなに見てたのかな?」
「まあ、俺がそれくらいにしか思ってなくても、女のカンって怖いっすよ、阿藤さん。大体2号店のウワサ話は、女子発信ですからね」
「かっちゃん……もしかして『ハルちゃん』の事言ってる?」
かっちゃんは小さく頷くと、ジョッキの黄色い液体を全て飲み干した。
ハルちゃんって……春田さんの事だろう。俺とはあまり話しをしてくれないが、確か俺たちより歳が一つ下の女の子で、絵未を姉の様に慕っているバイトだ。
「……ちょっと前にね、ハルちゃんに言われたの。『私、絵未さんが不幸になるのは絶対イヤです!』って。元カレと別れた事はハルちゃんに伝えたから、その事だろうと思っていたけど……もしかして……」
そうなのだ。出向早々愛美と関係を持ってしまった俺は、一部の女子バイトから『遊び人』のレッテルを貼られてしまっていた。俺に対する態度から、ハルちゃんもそのメンバーだと推測している。もちろん愛美の肉食獣の様な性格を知って、普通に接してくれる女子バイトもいるのだけど。
「阿藤さん。前科、あるでしょう。噂だとその本人、まだ諦めてないって言ってるらしいですよ」
ここであえて愛美の名前を伏せてくれるかっちゃんは、優しい奴だと思う。
五杯目のビールと枝豆がテーブルに運ばれてきた。会話が一瞬だけ止まる。かっちゃんは一気に半分ほど飲み干すと、言葉を続けた。
「阿藤さんが『髪の短い子が好みだ』って話は、2号店では有名です。出向早々やっちまった感はありましたが、阿藤さん、男の俺から見てもカッコいいし、気になっている女子も多い様です。そんな訳で、やっぱ阿藤さんネタは、噂が回るのが早いんです」
「そ、そうなのか?」
「ええ、そして明日からショートに髪を切った絵未ちゃんが出勤する……。ちょっとこれは、俺にもどうなるか予想がつきませんね」
その後居酒屋を出ると「じゃ、俺は先に帰りますんで」と、かっちゃんが早々に立ち去った。かっちゃんらしい、気の回し方だ。
「……ショートにしたの、まずかったかなぁ……」
絵未が下を向いてそう溢した。女の子の大事な髪をバッサリ切って、俺を喜ばせようとしてくれたんだ。絵未を泣かせる訳にはいかない。
酔いも手伝ってか、俺は絵未の腰に手を回し、ヒョイっと持ち上げた。
「きゃあ! ちょ、ちょっと武志くん!?」
「———大丈夫。俺がついてるから。不幸になんて、させないよ。……それにその髪型、すっごい似合ってる。超俺の好み」
持ち上げた絵未の胸に顔をうずめる。いつもと逆の体勢だ。絵未の柔らかで心地よい体臭が、俺の鼻腔を通り抜け、体中に染み渡る。
「……うん、ありがとう。……ねえ、早くお家に行こ?」
海水で色がやや抜けた、少し茶色の俺の髪を優しく撫でながら、絵未はそう言った。
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