第14話 199X年 3月 2/2

 友達の情報通り、小洒落た作りのレストランは味もよく、俺は絵未と料理に舌鼓を打った。


「美味しいねー武志くん! このペペロンチーノ、絶品だよ!」


「どれどれ……本当だ! うまいなコレ! こっちのカルボナーラも食べてみ。美味しいから」


「じゃ、ちょっともらうね。……うん! とっても濃厚! 美味しい!」



 互いに注文した料理をつまみ合いながら、楽しい夕食は続いていく。



「あー! こんなうまい料理なのに、ジュースとは……ビール飲みてー!」


「ダメだよ。今日は車なんだから」


「そうだよな……ところで今日は家に泊まって、明日そのまま2号店バイトに行くんだよね?」


「うん、だから家に戻ったらちょっとだけ飲もうよ」


「家に帰ってから飲むとさ、デキなくなるかもだよ? いいの?」


「……なにが?」



 絵未はフォークを口に入れたまま、コテリと頭を傾けた。



「だからアレだよアレ。あんま飲むと勃たなくなるよ、俺」


「こぉのぅ! 野獣め! 昼間したのに、夜もか!」


「だって絵未ちゃんだって、嫌いじゃないでしょ?」



 俺はフォークを絵未に向け、意地悪く問いかける。



「……うぅ。好きか嫌いかと言われれば、好き……だけど。それは武志くんだからだよ」


「どーゆー事?」


「じゃあ逆に聞くけどね。武志くん。私よりたくさんたくさんたくさんたくさん経験あるでしょ?」


「たくさんがたくさん過ぎるよ……」


「それって全員の事、好きだった訳じゃないでしょう?」



 男は理性より性欲が勝る時がある。これは仕方がない事だ。だけどそんな男よがりの理屈なんて口に出してしまったら、またきっと俺は絵未にいじめられる。



 小さく「うん」とだけ答えると、絵未はしたり顔で俺を見た。


「男の人って大体そうだよね。好きじゃない人でもデキちゃうの。……女の子でもそういう人はいるけどね、私はちょっと違うんだなぁ」


「……気持ちよくないの? いつも結構、感じてると思うんですけど」



 俺の言葉に、絵未は頬を染めながら声を潜めて言い返す。



「ば、バカァ! き、気持ち……い、いいよ! ……だけどねそれ以上に、大好きな人に包まれてるあの感じが、とっても好きなの。安心できるっていうか『ああ、幸せだなぁ』って心底思えるあの感じ。……男の人には、わからないよね。どうせ」


「……いや、分かるよ」



 ———俺も絵未と抱き合ってると、そう感じるから。


 これは嘘じゃない。俺も絵未に出会って初めてそう思えた。



 今までの、ゲームの様な、スポーツにも似た、ただただ己の欲求を解消するだけのSEXじゃない。

 そっと全てを包み込んであげたい。体の隅々まで優しく触ってあげたい。こんな気持ちになったのは、絵未が初めてだった。



「なんか神妙な顔してるけど……あ、もしかして! 他の女の子とのエッチな事、思い出してたな!」


「そ、そんなこと思ってないよ! ただ、絵未ちゃんの気持ちが少し分かるなーって思ってただけ」



 恥ずかしくて、今考えていた事なんて、口に出せるか! 



「ふーん。ならいいけど。……そうだ! 聞きたい事あったんだ。エロ魔人のペースに流されて忘れるところだったよ」


「誰がエロ魔人だ」


「……ねえ武志くん。ショートカットの女の子が好みってホント?」


「誰から聞いたんだよ、そんな情報」


「ふふふ。2号店ネットワークを甘く見ちゃいけません」



 今流行りの国民的アイドル然り、「今すぐKiss Me」を歌うバンドの女性ボーカリスト然り。俺は昔からショートカットの女の子が好みだった。


 確か最近2号店の男子たちと「どんな子がタイプ」かなんて事を仕事が暇な時、話した覚えがある。そして確か、この話は愛美にもした記憶があった。

 愛美にもう会えないと言った後、長い髪をざっぱり切ってショートカットにしたのは、俺へのあてつけか、もう一度振り向いて欲しかったからだとすぐに気がついた。


「まあ……ショートカットの子が好みなのは、昔からなんだ。あ、でも絵未ちゃんはそのままの方がかわいいよ。黒髪ロングは男子の憧れだから、うん」


「ふーん。なんか取って付けた様な褒め言葉だなぁ」


「違う違う! 絶対違う! ロングも好きだから俺!」


「ふーん。……ならいいや」



 絵未のジト目に晒されながら食べた残りのパスタは、あまり味がしなかった。

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