第13話 199X年 3月 1/2
正月や新年会で忙しい1月の乗り越え、やや落ち落ち着きを見せる2月を過ぎると、新しい門出を迎える前の3月は、カラオケ店にとって多忙な時期となる。
俺と絵未はつつがなく順調に、互いの愛を深めていった。
木曜週一休みの俺に合わせて、絵未もシフトを変える様になった。
だけど俺のシフトはバイトの穴埋めの役割で、基本中番か遅番に当てられた、9時間勤務の変則シフトだ。
遅番ともなれば仕事が終わるのは朝の5時。休み前日の水曜が遅番になると、いくら翌日の木曜が休みと言っても、昼過ぎまでは寝ていたい。絵未が休みを合わせてくれても、昼間から外出デートなど、なかなか難しい。
それでも絵未は文句の一つも言わずに、俺の側にいてくれた。
木曜の休みには着替えを持って昼過ぎに、俺の家に来てくれる。玄関のチャイムとポケベルのダブル攻撃で目を覚ます俺は、絵未を家へと招き入れた。
「……ああ、絵未ちゃん。おはよう」
「おはようって、もう昼過ぎだよ。でも仕方ないよね、昨日遅番だったんだし」
階段を上がり二階の俺の部屋へ入ると、俺は布団に潜り込んだ。
「ごめん。……あと二時間だけ寝かせて」
「いいよ。昨日遅番だもんね、お疲れ様でした。私は隣で漫画でも読んでるね。あの続き、気になってたんだよねー」
俺の部屋にはたくさんの漫画本がズラリと並べられている。本棚4つ分の漫画本は、四畳半の部屋をさらに狭くしている要因でもある。
楽しそうに本棚を物色する絵未。目当ての漫画を数冊手に取ると、俺の横にころりと寝転がった。だけど、視線は俺に向けられたままだ。
「……ん? 漫画、読むんじゃないの?」
「うん、武志くんが寝た後にね。寝るまでこの私が、見守ってあげるから。安心して寝ていいよ」
絵未が微笑むと、アーモンド形の目の輪郭が、少しだけ持ち上がる。少し太い三日月の様な優しい眼差しが、俺はたまらなく好きだった。
「でも、寝る前に……『ぎゅ』ってして」
絵未は、少し強く抱きしめられる事をとても好んだ。本人曰く、とても落ち着くらしい。
「じゃあ、こっち来て」
絵未は漫画本を床に置くと、嬉しそうに俺の胸に飛び込んできた。
俺の身長は175cmほどで、絵未は150cmちょっと。ちょうど頭一つ分違う。俺の胸に顔を埋めるのが、絵未の定位置だ。それは寝ている今の状態でも、変えたくないらしい。
「もっと『ぎゅー』てして。あまりこうして会えないんだから、その分充電しとかないと」
絵未が甘ったるい声でそう言った。俺の胸に、絵未の体温が染み込んでいく。
確かにゆっくり会える日は、週一日だ。
俺は少し力を込めて、絵未を抱きしめた。
「うん……気持ちいい。ちょうどいい力加減。はぁ……充電完了しました。眠いのにゴメンね」
「ううん。俺も絵未ちゃんから充電したから目が覚めた。……じゃあ、さてと」
「……え? えええ?」
抱きしめたまま、慣れた手つきで絵未を
「……もう! 手癖悪すぎ! 何? この電光石火! こんな技まで隠し持っていたとは……恐るべし、阿藤武志!」
既に小ぶりな胸を優しく撫でてる俺の手を、絵未は軽くつねった。
「じゃあ……やめとく?」
絵未の感度が高い場所は、既に熟知済みだ。胸の先端と首筋に指を這わせれば、抵抗できる訳がない。
「……いじわる」
そう言って今度は、絵未の方から唇を重ねてきた。
人間の三代欲求の二つを満たし終えた俺は、深い眠りから気持ちよく起き出した。
「お、やっと起きたね。武志くん」
うつ伏せで漫画を読んでいる絵未が、声をかける。漫画本は10冊近くまで積み上げられていた。
「あれ……? 今、何時?」
「今、6時前だよ」
3時には起きるつもりだったのに……つい寝過ごしてしまった!
「ゴメン! もう少し早く起きて、ドライブにでも行こうと思ってたんだけど……」
「いいよいいよ。お疲れだもんね。それに武志くんの寝顔、いっぱい見せてもらったから」
「え? 俺なんか変な顔とかしてた? もしかして寝言とか言ってたり?」
「ふふふ……教えなーい」
えくぼを作り、笑う絵未。……俺、変な寝言とか言ってないよな!?
「ねえ武志くん。私、お腹空いたよ。武志くんもお腹減っているんじゃない?」
まさにその通り。お腹が空いて目覚めたのだ。
「じゃあちょっと車で走ったところにあるレストランに行こう。友達が美味しいって言ってたから」
「やったー! 行こう行こう!」
俺は歯を磨き手短に身支度を整えると、オンボロのスカイラインワゴンに絵未を乗せて走り出す。
「それにしても武志くん。寝ている間は、ほんっっっとうに何をしても起きないんだね」
「まさか絵未ちゃん……俺が寝ているのをいい事に……我慢できずに襲ったの? あんなに満足してたのに」
「襲うわけないでしょぉ! 私をどんな子だと思っているんだ、一体!? ……ただ寝ている間、指で顔をつんつんしたりしてただけ。だけど全く起きる様子はなかったの。でもね、寝言、言ってたよ」
「え? マジ? どんな寝言?」
「知りたい? ……ホントに知りたい?」
「知りたい! 俺、何を言ってた?」
確かに寝ている時に夢を見ていた記憶がある。はっきりとは思い出せないほどの朧げな夢。だけどその内容は、男女の交わりだった様な気がする。
……やっべえ。過去に心当たりが多すぎる。変な事言ってなければいいんだけど……。
「武志くん、『絵未ちゃん』って、私の名前言っていたの。それもすごい気持ちよさそうな優しい顔で。夢の中まで想ってくれるなんてね、彼女として誇らしげに思った私なのでした」
絵未は満足そうに腕を組み、綺麗な笑顔を俺に向けた。
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