第12話 199X年 2月
2月と言えば、恋人たちが浮き立つ時期。そう、バレンタインデーが待ち構えている。
ちょうどのその日は俺が中番で、早番の絵未とは店内で会えるのだが。
「……ちぇっ! 直接手渡せないのが残念!」
バレンタインデー前日の夜12時近く。電話越しで絵未がグチを溢す。これで三度目だ、このセリフ。
「仕方ないよ。だって明日は早番の彼氏彼女がいない子たちと、遊ぶ約束入れちゃったんでしょ?」
「……そうなんだけどさぁ。……ああ、約束しなきゃよかったかなぁ」
俺と絵未が付き合っていることは、当然2号店では秘密にしている。元カレと別れた事は自然な流れで周りに伝えたらしい。なので、早番の仲間から飲みに誘われ、断る理由が思い浮かばずOKしてしまったらしいのだけど。
「……俺の事は気にしないでいいから、楽しんできなよ。今まであまり自由に遊べなかったんでしょ?」
「……うん。ありがとう。……はて? 待てよ」
「ん、どうしたの?」
「さては武志くん! ……他に貰うアテがあるんだなぁ! だからそんな余裕な態度取れるんだ!」
「ないない。ないって!」
……実は昔遊んでいた女友達から、昨晩電話があった事は、伝えるのはやめておこう。ちゃんと断ったし。それにそんな事言ったら、火に油を注ぐ様なものだ。
「まあ武志くんはどうせモテるし? 義理チョコぐらい受け取るのは大目に見るけど、最初は必ず私のチョコから食べてね。約束だよ」
その後、直接手渡せない事を数回悔しがった後、ようやく絵未の電話が終了する。
……別にバレンタイン当日じゃなくても、翌日手渡しとかでもいいのに。それじゃダメなのかな!?
翌日のバレンタイン当日。
更衣室で自分のロッカーを開けると、見慣れない箱が置いてあった。
箱の上には小さな便箋。周りに誰もいない事を確認して、手紙を取り出す。
———————————————————————
手作りだよ! ちゃんと一番最初に食べてね。
あなたの愛するえみ より
———————————————————————
箱をゆっくり開けてみると、ちょっと形が不揃いな、まあるいチョコが並んでいた。
チョコを貰ったのはもちろん初めてじゃない。
だけど、今までで一番嬉しいチョコだった。時間はまだ2時。バイトの少ないこの時間なら、こっそり絵未に感想を言えるだろう。
そう思い俺はチョコを指で一つつまむと、口の中に放り入れた。
周りに誰もいないのを見計らって、受付にいる絵未に手招きをする。
それに気づいた絵未は周りを窺いながら、コソコソっと俺に寄ってきた。小声でそっと話しかける。
「……おはよ武志くん。……あれ? もしかして私のチョコに感激してるのかな? 顔が少し赤いよ」
「すごい嬉しい。そして約束通り、今一つ食べた。とっても美味しかったよ。美味しかったけど……でもアレってさ、絵未ちゃんもしかして……」
「うん、ウイスキーボンボン。初めて作ったから自信なかったけど、武志くん、お酒好きだから。喜んでくれるかなと思って」
俺はお酒が好きだけど、すぐ顔に出るタイプだ。既に顔が熱を持っている。
「……ええ? そんなに濃かった? ちょっと失敗したのかなぁ。じゃあ無理して食べなくても……」
「ううん。ウチでゆっくり食べるよ。嬉しかったよ、ありがとう。……じゃ、仕事に戻ろうか」
絵未は微笑みながら受付に戻る。濃度をだいぶ間違えたウイスキーボンボンが、顔の火照りを誤魔化してくれた事に、俺は感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます