第11話 199X年 1月 3/3

 遅い朝食も食べ終わり、俺も着替えを済ませると、自宅の駐車場から車を出す。


 親父のツテで買った10年落ちのスカイラインワゴンだ。サーフィンを趣味に持つ俺の車には、インドネシア産のタバコ、ガラムの甘い香りが充満している。


 絵未の住むK市までは車で約一時間。交通量の多い昼間ともなると、一時間半はかかると考えたた方がいいだろう。

 

 長く感じる運転でも、絵未と話しているとあっという間に時間が過ぎる。

 笑い声が絶えない会話が続き、道中も半ばに差し掛かった頃、絵未が神妙な顔で俺を見た。



「……ねえ武志くん。朝、本当は起きていたんじゃないの?」


「ん、んん? な、なんの事?」


「あー安心した。これなら私たち、うまくやっていけると思う。うんうん」


「ちょっと! 何勝手に納得して自己完結してるの!? うまくやっていけるってのは、俺もそう思うけどさ、その根拠を教えてよ!」


 

 絵未は口角を上げて、綺麗なアーモンドアイで俺をまじまじと見る。



「な、なんだよ。運転に集中できないんですけど!?」


 俺は前方と絵未の顔を、交互に見ながら抗議する。


「ウソをつくのが下手くそだぞ……阿藤武志」



 大袈裟に悪戯っぽい口調で絵未が言う。……この子には隠し事、できないかもしれない、俺。



「……はい! ウソつきました! 本当は目が覚めてました! 絵未ちゃんが何か書いているのもしっかりと見てしまいました! ……これでいい?」


「素直で大変よろしい」



 くそぅ。気づかないフリしてあげたのに! それならこっちも容赦はしない。



「……ウソをついた身で恐縮ですが、何を書いていたのでしょうか、隊長!」


「……知りたい?」


「自分は、知りたいのであります!」



 戯けた態度から一変して、絵未は助手席のシートに身を正した。


「元カレにね手紙、書いていたんだ。……私はもう会わないつもりだし、電話だってかける気もない。だけど向こうは私を待っている、諦めたくないって……また昨日みたいに、お店の前で待たれても困るしね。……ううん、元カレがかわいそうだと思う」


 俺はタバコに火を付ける。紫煙を吐き出しながら、黙って絵未の言うことを聞いていた。


「だからね、今の私の気持ちを書いて、元カレの家のポストに入れておこうと思って。早く起きちゃったから、手紙書いてたんだ」


「そうなんだ……でもさ、なんでそれを俺に言うの? 俺は何か書いてるなーとは思ったけど、そこまでは分からなかったし、わざわざ言わなくてもよかったんじゃない?」


「そうだよね……私も言わないでいいとも思った。でもね、後で知ったら武志くん、嫌な気持ちになるかもしれないでしょ? それに後で言ったら私、嘘をついた事になる。嘘つくの嫌だし。だから、ちゃんと話しておこうと思ったの」



 絵未はどこまでも真っ直ぐだ。他人を傷つける事を極端に嫌がる。そして嘘をつく事を何よりも嫌った。



「ねえ武志くん。なんて書いたか見てみる? これで武志くんに誤解されたくもないしね。武志くんが読みたいなら、ちゃんと見せるよ」



 ここまで自分の気持ちをさらけ出す女の子は、珍しいと思った。絵未の魅力は人目を引く外見だけじゃない。相手を信じて飛び込んでいく、その純粋さだと思い知らされた。


 俺は少し考えて、答えを出した。


「きっと二人だけしか分からない事も書いてあるんだろう? 元カレとの思い出に、俺が入り込むのはやっぱり違うかな。絵未ちゃんが俺を信じてくれた様に、俺も絵未ちゃんを信じるよ。だから、その手紙は見ない。けど……」


「……けど?」


「どんな事を書いたのかだけ、教えて欲しい」


「……うん、わかった。手紙にはね、今までありがとうって事と、私は今、とても好きな人がいますって事と、私の事に自分の時間を使わないで、どうか幸せになって欲しいって事。そんな事を書きました」


「そっか。ちゃんと伝わるといいね。……俺が言うのもなんだけどさ」


「ちゃんと分かってくれると思う。元々優しい人だったから……」



 優しい人、か。俺からしてみれば、絵未の方が断然優しいと思うんだけどな。



「それでね、武志くんに一つお願いがあるんだけど。……私の家へ向かう途中に元カレの家があるから、ポストに入れるのを見届けて欲しいの」


「うん、分かった。それで絵未ちゃんの気が済むなら付き合うよ」




 環状道路を外れて途中のO市に入る。ここら辺の道に詳しくない俺に変わって、絵未が道案内をしてくれた。


「ここで停まって。……ちょっと待っててね」


 絵未は車を降りると、手紙をバッグから取り出してタタタと路地に入っていく。しばらくして戻ってきた。その手には手紙はない。


「これで私も、スッキリ気持ちの整理がついたよ。だって武志くんの前で、もう一度ちゃんとお別れができたんだもん。……それじゃ、帰ろうか」


 アクセルを踏み、今度は絵未の家へと向かう。絵未の言う通り、その日から元カレの電話や待ち伏せはなくなった。

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