エピローグ

 邪神カジハ討伐戦。これを歴史の転換期と見る研究者は多い。

 カジハによって滅ぼされたシュベート国の再興が代表例だが、それ以上に世界を変えた剣術、リオ流の登場が大きいだろう。


 熟練者ならば魔法を無力化し、高速で距離を詰め、重装騎士でもなければ即座に斬り伏せる。

 熟達できる者は少数ながら、魔法を無効化する軽装歩兵の登場は戦場を一変させた。


 リオ流発祥の地、ロシズ子爵領のラスモアは偉業の参加者としてシュベート国との外交、交易で主導的な立場となる。

 復興直後のシュベート暫定政権といち早く交易体制を整えたラスモアは貿易をほぼ独占すると、国内にくすぶっていたリィニン・ディアの重鎮を次々に政治的に排除していった。

 同時に、リオ流初の道場を建て、普及に尽力。優れたリオ流剣士、騎士を多数輩出する。

 政治、経済、軍事の三方面で多大な功績を残したラスモアは転換期でもっとも偉大な領主として名を残した。


 また、ラスモアが建設したリオ流道場を率いた片腕の剣士カリルも代表的な剣士だろう。

 幅広い流派の知識と個人の資質を見た指導方針はリオ流の躍進に多大な貢献をするとともに、その人脈を用いてリオ流の適性がない剣士たちを資質に合った流派の道場へ紹介した。

 急速に成長していくリオ流が様々な剣術流派から疎まれずに済んだのはカリルのこうした人脈作りに由来すると言われる。リオ流の立役者としての名声を確立した。


 当時最強の剣士と名高い聖人ガルドラットもリオ流の普及に貢献した。

 リヘーラン冒険者ギルド訓練場を根城とする聖人ガルドラットは、新人冒険者に自らが修めるシローズ流とリオ流を教え、時にはカリルの道場へと紹介した。

 その訓練場にいた大柄な猫チュラスについては謎が多い。

 曰く、人語を解し、聖人ガルドラットを平伏させ、悩める冒険者へと助言する。あまりにも不可思議な情報ばかりが流れるその猫チュラスはいつしか道場から姿を消した。


「チュラス殿は旅が恋しくなったらしい」


 聖人ガルドラットはそう言いながら、いつ帰ってきてもいいようにと必ずチュラスの分の食事も用意したという。

 国内の様々な町や森で、暴漢や邪獣に襲われた際に猫の鳴き声と共に鈴の音が聞こえ、襲ってきた者が戦意を喪失し、生きて帰ることができたという都市伝説が語られるのも同時期からである。

 噂を聞くたびに、聖人ガルドラットは必ず主君の墓へ報告に向かったとされる。


 邪神カジハ討伐に貢献したシュベート国の代表者といえば、神弓の聖人イオナだ。

 旧シュベート国の領域は邪神カジハが長らくとどまっていた影響から邪霊と邪獣の巣窟となっており、シュベート国復興の妨げとなっていた。

 イオナはホーンドラファミリアの武闘派を率いて討伐の最前線に立ち、シュベート暫定政権の樹立に貢献する。

 邪霊討伐により拡散される邪気に晒されるため、討伐隊は邪人となる可能性が非常に高い。

 しかし、昼夜を問わずに戦い続けるイオナはシュベートの民の崇敬を集め、聖人となった。


 これらの著名人と比較して、邪神カジハ討伐の第一戦功、リオとシラハは謎が多い。

 辺境ロシズ子爵領のさらに辺境の村に生まれ、我流剣術としてリオ流を確立、当代最強の剣士ガルドラットの首輪を斬り、邪神カジハを斬り伏せた少年剣士。

 出自不明ながら神霊スファンの寵愛を受け、類稀な魔法の才能を持ち、リオ流剣術を使う少女魔法使い。

 邪神カジハ討伐戦以降、その足取りはようと知れず、しかし死んだとは誰一人考えない世界を変えた立役者。


 リオ流は既存剣術に適性のない者たちへの希望となり、さらには冒険者や騎士の生存率を高め、特に斥候役にとっては一流の証とさえなった。

 開祖リオと義妹シラハに直接指導を望むリオ流の剣士は多かったが、出会えた者は少ない。


 開祖リオは邪気すら斬ることができたと言われる。

 折しも、旧シュベート国領内へと邪獣や邪霊の討伐を目的に大挙して押し寄せた冒険者から邪人が発生しなかったのは――



 渡り鳥が飛んでいく。

 体力づくりに長距離走をしている村の門下生をしり目に、一人の少年が木剣を振っていた。

 型などない。術理もない。幼子ががむしゃらに棒きれを振りまわすのと変わらない。


 それでも、少年は考える。

 どうすれば、自分にあった剣が振れるのか。

 道場に入門を断られるほど才能の無い自分が、どうすれば的確に剣を振れるのか。


「――なるほどね」


 ふいに声が聞こえた。

 まるで気配がなかったことに驚きながら、少年は振り返る。


「……誰?」


 見たことのない青年が木の柵に腰かけてじっと少年を見つめていた。いや、観察していた。

 村の人間でないことだけは間違いない。だが、研ぎ澄まされた刃のような、それでいて楽しそうな空気を纏う青年に、少年は警戒心が抱けなかった。

 少年はなぜか、青年に共感したのだ。

 同種の人間だと。


「筋力がなく、身体強化の限界値が低い。しかも、魔力の放出が苦手かな? リオ流も学べないわけだね」


 青年が的確に少年が抱える問題点を指摘する。

 少年は顎を引き、悔しさを飲み込んだ。

 分かるのだ。この青年は自分を馬鹿になどしないと。

 青年がにやりと笑う。


「念のため聞くけど、剣を諦める気はある?」

「ない」


 はっきりと、物怖じせずに少年は言い切った。

 青年は愉快そうに声を上げて笑い、木の柵から立ち上がる。


「じゃあ、一緒に考えようよ。魔力の放出が苦手ってことは、裏を返すと内側に留めておけるってことだ。つまり気配を断ちやすい。声をかけるまで、俺の気配が分からなかっただろ? あれが自然にできるっていうのは利点だよ」


 何でもないことのように発せられた青年の一言。

 克服しなくてはならないはずの苦手を逆手にとって利点として活用すると聞いて、少年は目の前がいきなり開けた気がした。


「せっかく気配が断てるんだから、構えは意図が分かりにくいものにしたい――おっと、やべ」


 楽しそうに構え方を話し始めていた青年が慌てて振り返る。

 つられて少年も振り返ってみると、遠くから灰色の髪の美少女が歩いてくるのが見えた。またやってる、と言いたそうなあきれ顔で青年を見ているのが分かる。


「もう買い物を終えたのかよ、あいつ」


 青年は肩をすくめると、少年の肩を叩いた。


「どうせ、今ある剣術には見切りをつけてるんだろ? 我流剣術を作ってみる気ない?」


 我流剣術、その響きに少年が思わず頷くと、青年は嬉しそうに笑った。


「決まりだな。始めるよ――」




――――――――――――――――――――――――

これにて、本作は完結となります。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

書籍版も発売しましたので、もしよろしければお手に取ってみてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見切りから始める我流剣術 氷純 @hisumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る