deprivation
- ディプリヴェイション -
その時、思い出した。
──まもなく六番線に電車がまいります。危ないですから黄色い線の内側までお下がり下さい。
アナウンスが流れ、電車が入ってくる。雑踏やざわめきが掻き消えて無音になる瞬間に、腕を引っ張られた。全てが静止した中で、彼女は話し始めた。内容の予測はついている。
「ルールを説明するわね。今、頭の中で六人、殺してやりたいほど憎いヤツをリストアップして、貴女がその六人の眉間にこのリボルバの弾丸を撃ち込めば、時間は元通りに動き出すし貴女も元の生活に戻れる」
やっぱりね、と思った。だけど言ってはいけない。ニコリとほほ笑んで回転式拳銃を差し出され、それを受け取った。
「実はココからが本題。この拳銃は貴女が救世主なのかどうかを試ためす試金石なの。ここでルールの続き。貴女にはふたつの選択肢が用意されているわ。
選択肢そのイチ。予定通りその六人ひとりづつに、この拳銃の弾丸を六発撃ち込こむか。
選択肢、そのニ。しばらくここで冷静になるのを待ってから、その六人を許してあげれるように努力して、許せるって思えたならその六人を訪問してハグしてあげるの、どっちを選ぶ?」
どうせ選択肢イチを選ぶに決まってる。そういう人間を選んだ。とでも言いたげな顔だ。
「……足りないわ。弾丸。まだあるなら拳銃を、もう一丁寄越してよ」
不利になることは避けたい。だから全部出せと言ったら、彼女の笑顔はひきつった。想定外だったんだろうな。
「別に答えたくないなら、答えなくてもいいけど。選択肢そのイチを選ぶと時間が元通りになって、この状況が動き出すってことでしょ?つまり、今、駅のホームで突き飛ばされた私の止まった時間が動き出すのよね?」
こんな質問をする人間なんていないでしょう?気が付かない?意外と余裕が無いのね……私は、知らないフリを続けた。
「選択肢そのニを選べば何らかの方法で今の状態から逃れ、おそらくこの場から離れた状態で時間停止から解放される。で、今の私の状況からして、選択肢そのイチを選んだ場合、時間再生で電車に突っ込んでジ・エンドってところでしょう?」
貼り付けた笑顔のまま、彼女は黙っている。言えないよね、どうなるかなんて。言いたくないよね。貴女の目的上、手のうちを晒したくはないよね。
「答えなくないなら答えなくてもいいと言ったんだし。まぁダンマリでもいいよ。とりあえず、早くして?リボルバとやらと、アンタが持ってる弾丸全部出して」
だから、ただの勘のいい死にたがりの人間でいることにした。
彼女はため息をつきながらも、口元を三日月状に歪めて持っているものを渡してきた。これで丸腰のハズ。それにしても、醜い笑顔だと思った。ここまで落ちぶれたんだな。
受け取った拳銃を握り、造りをよく確認した。特に改造などもされていない。撃った反動で焦点がズレてそれを元に戻すまでに何秒必要だろう。
一丁は手に持つとして、もう一丁どこに仕舞うか迷う。重みを確認してから、二丁の拳銃を地面に置き、腰のベルトリボンをほどいて、スカートを捲り太ももにぐるぐる巻きつけて、そこに先ほど地面に置いた拳銃を一丁差し込んだ。これで落ちないし、動きもそう制限されないだろう。弾丸はジャケットのポケットにじゃらっと入れる。軽く準備運動をして、右手にもうひとつの拳銃を握った。
「じゃ、上っ面のキレーなオネーサン。行ってくるわ」
皮肉たっぷりにそう言うと、チクリと心が痛んだ。あの時はかわいいと思って購入した淡い緑色をしたフィッシュテールスカート。今は裾が邪魔だな。改札に向かおうと思ったけれど、私のことを突き飛ばした女性の頭を撃っておいた。撃とうが撃つまいが私の未来は変わらないから、他意はない。ちょうどいい試験体があったから撃った。
やっぱり反動で油断するとよろけそう。大体、この人は誰だっけ?記憶をたどれば、なんとなく社内で見かけたような気もする。まぁいい。「あ、どうせ眉間じゃなくてもいいんでしょ?頭なら」彼女にそう言い残し、改札の方へ今度こそ駆け出した。試し撃ちで思わぬ副産物も手に入れた。
どう?私に俄然興味がわいたでしょう?
今まで「選択肢そのイチ」だけをアピールしてどれほどの人間を陥れたんだろう。自分のことが一番大切で一番価値があると思い、目障りな相手を排除したいと考えるのは人間としての正常なのではないか。それが一時の怒りだったとしても。ターゲットから殺してやりたいほどの憎しみを引き出して、怒りに任せて動くように煽ることが、気づかぬうちに彼女の役目になってしまった。
ねぇ、私は、間違ってる?
彼女の心の叫びが聴こえる。彼女なりに悩んで責務を遂行できない状態になっているのだとわかる。私なら、わかる。
私はデパートのガラスで小さな箱に閉じ込められたマネキンを見て、突然息苦しくなりガラスが割れるくらいに穴をあけた。
静かに深呼吸をして、素早くシリンダーに装填してから、ふらりと歩き出した。
時間が元通りに動き出せば、こんなガラスもきれいに元通りになる……マネキンが、責務だけのために存在させられる自分のように感じて、解放してあげたいと思った。だけど、プラスチック製のマネキンすら、私には助けられない。小さな心の揺らぎから、大きな負の感情にまみれた津波が、私を飲み込み暴走して制御できない。
ねぇ、私は、間違ってる?
知らない!知らない!知るもんか!
私はかつて好意を寄せていた男性を見つけると、後ろから優しく抱きしめるようにして、その男性のこめかみに銃口を当てて引き金を引いた。かつて、というほどでもない。今だって好きだけど、好きだなんて、そんな軽い言葉では表現できそうにもない。私のことを見てくれないなら、死に際に醜態をさらして消えてしまえ!片道しかない一方通行の愛だ。愛してるって言葉はパラドックスなんて言ったのは、誰だったろう?同意するわ。男性の横には女性がいて、仕事終わりに食事にでも行く途中だったようだ。この女がいなければ!私は、私が……!悲しくて悔しくて、涙が出た。シリンダーに残る弾丸で、横の女性と少し先を歩く同僚男女四人の頭を撃ち抜いた。アンタたちも醜態さらして無残な最期を迎えるべきよ!
私は男性から身体を離すと、横に放った。時間が止まっているせいで上手く転がらない。ちっ!っと舌打ちをして、斜めに静止した男性の身体をさらに脚で蹴って荒々しく地面に転がし、ハイヒールで頭を踏みつけた。その状態で、またシリンダーに素早く装填。落ち着け、落ち着け。私は殺してやりたいほど憎いヤツのドタマに用はない。本当の目的は、この人たちへの憎しみと関係ないのだから。
辺りを見回し、彼女を見つけると真っすぐ向かって近づき銃口を向けた。
「あいにくだけど、人間である貴女に私は殺せないわよ」
「ねぇ、私は、間違ってる?」
「は?」
「私はただの人間になるのもいいなと思っていたのよ。失敗したけどね」
彼女はただ混乱して余裕の笑みを凍り付かせ押し黙る。私はさらに距離を縮めながら続ける。このためだけに、私は存在することを、思い出したから。
「『ねぇ、私は、間違ってる?』って、貴女も何度か考えたことがあるでしょう?どうして救世主を探しているのかって。このままでいいのかって。私たちはただの器であって、中身が入れ替わっても、共有する記憶がインプットされたら器が変わっても私は私。そして、時間のゆがみから同じ中身が複数存在し、それが別々の器にあった場合。それも、私になると思わない?そもそも、なぜ私が現れて私がリストインして私が選ばれたと思う?」
「私たち?器?中身?どういうこと?貴女が選ばれた?違うわ、私が選んだのよ。私は……」
「貴女は間違ってる。私も間違ってる。いいえ、私たちは、間違ってる」
静止している時の中で、発砲音だけが何度も響いた。私は六発撃つ度に素早く装填し引き金を引き続けた。聴覚に異常をきたしそうだけれど、どうなっても構わない。膝を折り、あり得ないという表情を浮かべた彼女の身体に容赦なく穴を開けていく。
私たちは再生しなければならない。
腕がしびれて、見ればもう最後の弾丸だ。一丁の回転式拳銃を地面に捨てると、ゴロリと音を立てると同時に空のシリンダーが飛び出た。彼女は穴だらけでぐったりしている。これで、クライマックス。私の役目は終わる。
「一緒に、堕ちよう」
私が自分の頭を撃ち抜こうとした瞬間、地面がぐらりと揺れた。
「貴女、あたしのクローンか何かぁ?あたしのことなら何でも理解できると思ったぁ?」
「な、なんで……」
「『あいにくだけど、人間である貴女に私は殺せないわよ』って、ちゃんと言ったわよねん♪」
私が呆然としていると、彼女はヘラヘラ笑いながら、ゆらりと立ちあがり、銃創の消えた美しい顔で続けた。手には、空になっていたハズの回転式拳銃。反射的に私は右手に握っている拳銃を見た。まだ一発残っている!
「なんかぁ、一発だけ残ってたわよ?見えなかったぁ?あれぇ、それともまさかぁ?見間違えちゃったぁ?」
ぷらんと回転式拳銃をつまんで、膝をついた私の目の前にしゃがみ、それを見せびらかしてから、ぱっと手を放した。彼女の撃った弾丸は、私の脚を壊した。立ち上がれない私を尻目に、彼女は立ち上がってペラペラと話しだした。
「ふふふっ!中身がなんだって?器が違ったら、違うに決まっているでしょう?あらあら、器といえば全てが同じ造りの器だとでも言いたげね……器としては同じかもしれないけれど、中身とやらも全て同じになるとは限らない。同じ天魔でも性格性質が違うとかぁ?ちなみにだけど、『人間になるのもいいなと思っていた』とか言ってた?そもそも貴女、人間でしょ。あたしによく似せた、ただの贋作なんじゃない?言ってる意味、わかる?天魔の器じゃないってコト!だから、あたしと同じにはなれなかった。あたしを殺すツモリだった?残念ね。どこに堕ちるのか知らないケド、おひとりでどうぞぉ♪」
新しい玩具でひとしきり楽しんだ後の子供が興奮しながら親に報告するかの如く、上機嫌になった彼女は私にケタケタと笑いながら話し終えると心の底から楽しそうに、すっと腕を上げる。そして、黒いフード付きのコートの背中あたりから、長い棒を取り出した。棒?違う、棒の先には湾曲した鈍色に光る刃物。
「この……バカオンナぁぁぁ!」
私は、鎌を振りかぶった彼女の眉間に焦点を合わせ、引き金を引いた。
「さよなら。ニセモノさん♪」
リグロウス まゆし @mayu75
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