第12話
風魔法を使うことで、採掘場への道のりは快適な物だったといえる。
まさしく飛ぶような勢いで移動できたのだが、体は生身であり軽い接触でも大けがになり得る。
安全な場所での使用に限ると再確認できただけでも上出来か。
そして採掘場では、ルビアの言葉通り綺麗な形に掘りぬかれた跡が至る所にのこっていた。
「頼んだ代物を作ってもらうのなら、できる限り鉱石を持ち帰った方がいいだろうな。依頼料を稼ぐ必要もある。問題なのはディノダイトだが……。」
話によれば地底深くから採取できるとされる鉱石だ。
ちまちまと下に向かって採掘していては、必要な量が集まるのがいつになるのかわからない。
ここは少しばかり力業で集める方向でいくとしよう。
「丁度いい機会だし、土魔法を試してみるか。全力で」
土魔法はその名の通り、土と岩石への干渉は非常に得意とする魔法だ。
つまりこの地面を掘り起こすという分野においては他の魔法の追随を許さない。
両手から魔力を放出し、地面に流し込む。
そして魔法を起動して、地面を抉るように変化させる。
地面から出てきた岩石や鉱石は風魔法で別の場所に移動さる。
そんな事を繰り返していると、いつの間にか俺の前の前には噴火の跡の様な痕跡が出来上がっていた。
見下ろしても穴の底が見えないほどだ。
「……ちょっと、やり過ぎたかな」
変える前に元に戻しておくべきだろう。
ただその前に掘り出した岩石の鑑定をするべきだ。
中にディノダイトがあるなら、その近くを掘り起こせばいい。
そんな事を考えていた、その時。
「な、なんだ!?」
地面が激しく揺れる。
俺の魔法は発動していない。
つまり別の要因が考えられた。
そしてその原因は、突き止めるまでもなく、姿を現した。
大地を突き破って現れたのは、見上げる程の巨体を誇る竜。
四足歩行の地竜と呼ばれる魔物だった。
その名前は破砕竜ガンドブルム。
どうやら俺の魔法の余波で目を覚ましたらしい。
荒い呼吸とぎらつく視線は、すぐさま俺に向けられる。
「目覚めが悪いのは……痛いほどよくわかるぞ」
できるだけ穏便に済ませようとゆっくり距離を取ろうとするが、ガンドブルムはそれを許さない。
耳をつんざく咆哮と共に、大地を踏み鳴らして突っ込んでくるのだった。
◆
風魔法で距離を取り、土魔法で岩石をぶつける。
これが俺の考えた今の戦い方だが、効果のほどはイマイチと言わざる負えなかった。
「単純な岩をぶつけるだけじゃあ、有効打にはならないか」
破砕竜ガンドブルム。その名前の通り、堅い岩を破砕して自分の巣を作る魔物だ。
その外皮は容易に岩石を削ってしまう程で、頭部に至っては頭突きで岩を粉砕する。
そんな相手に岩をぶつけた所で効果を見込めるはずがないのだ。
「だがこの外皮を貫けるなら、ほかの魔術師の守りも容易に貫けるはずだ」
基本的に、魔術師は身を守るすべを魔法によって補っている。
しかしそれらはあくまで魔法を防ぐ全てあり、物理的な攻撃を防ぐ方法は乏しい。
つまりこのガンドブルムの外皮を貫くことが出来れば、確実に他の魔術師に有効打を与えられるという事だ。
ならばと思考を巡らせる。
これは生活魔法ではなく、殺傷を目的とした魔法だ。
この分野はルビアから教わった部分より、あのダーゲストから教わった技術が役に立つ。
思い出したくない記憶を手繰り寄せ、魔法改良の糸口を探し出す。
「拡散する魔法じゃなく、その逆か。水属性魔法と同じ原理だ」
流水弾。あれは一点に魔法を圧縮させ、それを打ち出すことであの威力を実現している。
本来であれば殺傷に向かない水魔法を、対人戦最強たらしめた魔法である。
あれの技術を土魔法で再現できれば。
「一点に集中させる。限界まで魔力を注ぎ込み――」
鋭い岩の弾丸に風魔法で回転を加え、更に加速を加える。
そして十分に準備が整ったところで、ガンドブルムの頭部へと射出。
「バースト!」
甲高い音と共に打ち出された岩の弾丸。
それは俺の予想以上の威力を発揮した。
ガンドブルムの頭部を貫いただけでなく、その反対側が爆発するように広がったのだ。
「は、ははは。こんなの、相手に使われたら防げる気がしないな。対策も考えておくべきだな」
◆
結果から言えば、今回の遠征は大成功だったと言えるだろう。
頼まれていた鉱石類の採掘から始まり、依頼に必要なディノダイトの採掘、そして想定外だったとはいえ大型の魔物である破砕竜ガンドブルムの討伐。その中で編み出した攻撃魔法に、ガンドブルムから採取できた純魔石。
それらを一度の遠征で揃えられたのは幸運を通り越して豪運と言って差し支えないだろう。
荷物を運ぶのにも、慣れてきた風魔法が役立ち、さほど苦労もしなかったのだ。
これで大きく計画を推し進められる事になる。
そう思っていたのだが、帰ってきた俺を見てルビアは頭痛を抑える様な仕草をしていた。
「それで、これだけの鉱石を持ち帰った挙句、この死体も持ち帰ったと」
「ディノダイトがどんな鉱石なのか、本物を見たことがなかっただろ。だから手あたり次第に持ち帰る他なかったんだよ。それにルビアへの依頼料を払う為にいつも以上に働く必要があっただろ」
「なるほど。じゃあ百歩譲ってこの鉱石の山には目を瞑ろう。当分倉庫の奥にある素材や道具は取り出せない不便にもな」
そこが今回の遠征に置いて、唯一の失策だったと考えている。
まず第一に、希少な鉱石であるディノダイトを俺は見たことがない。
いくら判別できるようになったとはいえ、魔力にどんな干渉をする鉱石がディノダイトなのかが判らなければ、鉱石をどれだけ判別したって意味がないのだ。
幸いにもルビアが本物を見たことがあり、俺の持ち帰った鉱石の中にディノダイトがある事を確認してくれたが、彼女さえも知らなければ徒労に終わるところだったのだ。
その副産物として大量の鉱石を持ち帰る事になったが、それもルビアの今後を考えれば不必要な物ではない。
問題なのは、鍛冶場の近くにある広場を占領している破砕竜の骸だった。
「だが、あのバカみたいに場所を取る竜の死骸を持ち帰った意味はどこにあるんだ? 純魔石はもう手に入れたんだろ」
「それは……俺の依頼した代物に使えないかと思ってな」
「破砕竜の素材を?」
「別大陸の戦士達は魔物の素材を使って、自分達の装備を強化するらしい。ルビアにも同じような事ができないかと思ってな」
ルビアがいぶかしむのも無理はないだろう。
しかし俺は母から聞いていた話を、破砕竜の亡骸を前に鮮明に思い出した。
そして今回の計画に組み込めないかと考えたのだ。
「一応、話に聞いた事はあるが……できるかどうかはわからないぞ? 知ってることと出来ることは別物だからな」
「試してくれるだけでいいんだ。コイツの鱗の強度はルビアも知ってるだろ? これを利用しない手はない」
対峙して改めて実感したが、破砕竜の鱗や甲殻は非常に優れた防御性能を誇る。
その分重量もあるが、俺の風魔法で補えれば問題はさほど大きくはならないだろう。
今回の依頼の品に使えるのなら、ぜひとも使ってほしいというのが本音だった。
無茶を承知で頼み込むと、ルビアは煮え切らない態度だが首を縦に振ってくれた。
「まぁ、そこまで言うならやってみるが、上手くいかなくても文句は言うなよな。頑丈だってことは、バラシて加工するのも一苦労なんだからな」
「ありがとう。最大限、俺も手伝うよ」
「そんなの当たり前にきまってんだろ。これからこき使うから、覚悟しとけよ」
「当然。あぁ、それと、ルビアに渡しておきたいものがあったんだ」
突然な無茶な要求を聞いてくれた彼女に感謝を告げる。
彼女も自分の元に寄せられた依頼で忙しいはずが、俺の無理を聞いてくれたのだ。
そんな彼女に、採掘場で見つけたとある鉱物を差し出す。
鮮血の様に赤い結晶が見え隠れするそれは、光を浴びて幻想的な光彩を放っていた。
地面をひっくり返して掘り起こした際に見つけた代物だが、その見た目の美しさから慎重に持ち帰っていたのだ。
日頃の感謝も込めての贈り物だったが、それを見たルビアは動きを止めた。
「お前……本当に何者なんだよ。こんな物、何処で手に入れた」
「ちょっと派手に採掘した時にな。受け取ってくれ」
俺の差し出した手を眺めたまま、ルビアは一向に受け取ろうとしない。
そしてふと俺の方を見上げると、その鉱物を俺の方へと押し返すのだった。
「まぁ待て。お前はこれの価値を分かってない。これはベリルダイトの原石だ。わかるか? 俗にいう魔宝石って奴だ」
「魔宝石って……あのルーンを刻むことが出来るって奴だろ?」
「そうだ。宝石自体の質にも左右されるが、ルーンを刻むことで様々な魔法的能力を付与できる。この大きさでも超高級品だよ」
魔術師として最低限の知識はあるが、魔宝石は魔法の発動を補助する魔道具の一種だったはずだ。
魔宝石にルーンと呼ばれる魔法文字を刻み込み、そこに魔力を通すことで疑似的に魔法を発動させることが出来る。
自分に適性のない魔法であっても発動できるため、その価値は普通の宝石類に比べて格段に高いとだけは聞いた事があった。ただそれならなおさらのこと、ルビアへ渡すべきだろう。
「ならよかった。ルビアには世話になってるからな」
「……まぁ、そこまで言うなら受け取ってやらなくもないけどな。で、でもだぞ、セネカにはなにも言うなよ!?」
「あ、あぁ。ルビアがそう言うなら」
◆
助手としてルビアの仕事を手伝う傍ら、魔法の研究を続ける日々。
そんな最中、急ぎ足のセネカを姿を見て気になり追いかける。
すると負傷した猟師達が集まり、なにらや物々しい雰囲気が漂っていた。
治療を終わらせたセネカを捕まえて事情を窺う。
「どうかしたのか? こんな大勢が負傷するなんて」
「それが、わからないの。猟師の人達が言うには、少し変わった魔物が森の中を徘徊してるって」
「変わった動物? 魔物じゃないのか?」
「ううん、見た目はごく普通の狼と鳥なんだって。でもじっと猟師の方を見つめて、どこかへ逃げてしまうらしいの。だから気味悪がった猟師の一人が矢を放ったらしいんだけど……。」
言葉が途切れたセネカの視線には、負傷した猟師の姿があった。
「手痛い仕返しにあったみたいだな」
「幸いにも命に別状はないんだけど、不気味がって猟師の人達が森に入るのを避け始めてるの。私も明日当たり、薬草を取りに森へ入ろうかと思ってたんだけど……。」
狩猟に慣れた猟師が大勢いながらあれだけの傷を負うというのは、普通ならばありえない話だ。
それこそ魔物に襲われたのであれば分かるが、相手がただの狼と鳥と言うのだから疑念は拭えないのも無理はない。
村に世話になっている以上、俺に解決できるのであれば解決したい。
「俺もついていくよ。その動物達の事も調べるついでに」
ささやかながら自分も協力できれば。
そんなことを考えて引き受けたが、今思えばこの異変に対して楽観視していた部分もあった。
しかしそれが完全な間違いだったと気付くのに時間はかからなかった。
覚悟をする暇などなく、その瞬間は唐突に訪れるのだから。
魔法世界に終わりを告げる ~一族に伝わる魔法を使えないと殺されかけたので、見下されていた劣等魔法二種でこのくそったれな魔法至上主義に終止符を打とうと思います~ 夕影草 一葉 @goriragunsou
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