第11話

 二つの季節を跨いだばかりの関係だが、安っぽい同情の言葉など欠けられるはずがなかった。

 掛ける言葉を見つけられないまま、セネカが話を続けてしまう。


「お父さんは流れの薬師で、お母さんと出会った街で小さな店を構えたの。最初は苦しい生活が続いたみたいだけど、疫病が流行ったときにお店の名前が広まって、二人とも大忙しだったのを鮮明に覚えてる。その時、店に現れた貴族魔術師の事も。彼は凄い剣幕で両親に詰め寄ったの」


「……今でも、魔法による治療が神聖視されてるからな。その領分を侵害する薬師の存在は、その魔術師にとっては目障りだったんだろう。既得権益で腐った古典的な魔術師だな」


 魔術師至上主義が生み出した弊害。いや、その原因を作り出している腐りきった魔術師の正体とも言える。

 特に魔術師によって生み出された物は神聖視するべきだとする傾向は、医療関係に多く残っている。

 かつて治癒魔法が『奇跡』と呼ばれていた時代の名残であり、今でも地方ではこの治癒魔法を使える魔術師を聖者や聖女と奉る風習が残っていると聞いたこともある。

 薬学が発展した今でも、その影響は残り続け、セネカの様な理不尽な犠牲を生み出しているのだ。


「その後も散々圧力を掛けられて、肩身の狭い思いをしたわ。どれだけ理不尽な扱いを受けても、協会の魔術師にたてつけば簡単に処刑されてしまう。酷い時には店でボヤ騒ぎがあって、お母さんが酷い火傷を負ったの。そして魔術師は私を側女に加える代わりに、街での営業を許すと交渉してきたの」


「だが父親は流れの薬師だったんだろ? 街から離れても仕事を続けられたはずだ。それなのに、なぜだ」


「両親は……私に幸せになって欲しかったみたい。魔術師に嫁げば、少なくとも裕福な生活を送れるでしょ? 美味しい食べ物に、豪奢なドレス。大きなお屋敷での優雅な生活。それが私の幸せなのかは分からないけど、両親が思い描く幸せの形は、それだったみたい」


 自嘲気味に笑うセネカだが、その笑みが無理に作られたものだと一目でわかった。

 親の都合で嫁がされることは、この時代であっても珍しくはない。

 俺の母だってそうだ。両親が勝手に決めてしまった都合で、あの男の下へと嫁がされた。

 そしてその結果、母が幸せだったとは口が裂けても言えるはずがない。


「それで、逃げ出してきたのか」


「ごめんね。こんな暗い話しちゃって」


「いいや、嬉しいよ。辛い過去を打ち明けるのは、簡単じゃなかったはずだ」


 セネカの肩の震えが、どれだけ魔術師の下での記憶を恐れているかを物語っている。

 トラウマともいえるだろう。それを他人に語って聞かせるのに、どれだけの勇気が必要か、想像すらつかない。

 それでもやはりと言うべきか、セネカは弱さをひた隠すようにいつもの笑みを浮かべて見せた。

 やはり、彼女は強い女性だと感じた。


「あ、あはは。その、なんていうのかな。ルビアやルクスには、私を受け入れて欲しかったのかもしれない。こんな醜い私を」


「死にかけてる男を善意で家に連れて帰り、薬まで使って介抱するセネカが醜いんじゃあ、この世界に醜くない人間なんていなくなる。それに魔術師を恨む理由も納得できる」


「でもね、勘違いしないで欲しいの。さっきは魔術師が嫌いだって言ったけど、大勢を幸せにする魔術師は好き。ルビアやルクスも、もちろん好きよ」


 屈託のない言葉に、顔が熱くなるのを感じていた。

 ふと顔を逸らし、涼しい風が吹き抜ける山林へと視線を向ける。

 背中から聞こえるコロコロと笑うセネカの声を聴きながら、再び山へと足を運ぶ。


 そして、セネカの様な人物を一人でも減らすために、『計画』を早める事を決意するのだった。


 ◆


 雨季特有の激しい雨音を聞きながら、手元に意識を集中させる。

 出力する魔力を一定に保ち、対象物に流れる自分の魔力を直感で感じ取る。

 手足は動かそうと思って動かすのではなく、考えた瞬間に直感で動かしている。

 であれば魔力も同じように、イメージと練習を繰り返すことで同じように動かせると考えたのだ。

 そしてその作戦は順調に功を奏し、手元の農具に走ったヒビは瞬く間に消え去っていった。


「成長したじゃねえか! これだけ完璧に鉄に干渉できるなら、これからは器具の修復士として食ってけると思うぜ」


 耳が破壊されるかと思うほどに巨大な声で、ルビアが声を上げた。

 凄腕のルビアに太鼓判を押されたのなら、俺の技術も相応に向上していると言えるのだろう。

 しかしここまで俺が早く成長できたのは、ルビアの技術指導があっての事だった。


「ルビアのおかげだよ。ここまで専門的な知識と技術を持ってるなんて、思ってもみなかった」


「人は見かけによらねえってな。アタシも鍛冶師としての全てを親父に叩き込まれたからな。お前に教えたのは、その時の真似事だよ」


 雨音を理由に、その話を聞かなかった事にもできた。

 しかし仕事仲間として、弟子として、なにより一人の友人として、それを聞かない訳にはいかなかった。

 なるたけ平然を装いながら、その一言を慎重に発する。


「ルビアの親父さんは、どうしてるんだ?」


「死んだよ。魔術師に虫けらの様に殺された」


「その、悪い。安易に聞いて」


「別に謝る事はねぇだろ。アタシから話を持ち出したんだしな。それにお前に教えた技術や知識は、親父から貰った物だしな。それがこうして受け継がれ、人のためになってる。あの親父もさぞ喜んでるだろうぜ」


「……ルビアを見てる限り、凄腕の鍛冶師だったんだろ? それも魔法にかなり精通した」


 ルビアは凄腕の鍛冶師であると同時に、一流の魔術師にも引けを取らない技術を持っている。

 そしてそれらを伝授したルビアの父親が、それ以上の腕の持ち主だったことは想像に難くない。

 俺の質問を聞いた途端、ルビアはどこか誇らしげに語りだした。


「親父はさ、生活を豊かにする発明をするのが好きだったんだ。色んなものを作り出して、それを公表してた。お前にも教えただろ? 土魔法で干渉した物体は魔法を弾く性質を持つ。ある時、親父はその技術を応用してとある物を生み出したんだよ。金属の加工に特別な工程を挟んで作り出す、魔法に強い反魔法合金をな」


 名前を聞くに、それ自体が魔法を弾く性質を持つ金属か。

 土魔法では魔力を通している間だけ、魔法を弾く事ができる。

 しかしルビアの父が作った金属は、金属自体が魔法に強いという性質を持つのだろう。

 言ってしまえば、革命的とさえ言える性質に思えた。

 だが魔術師的な観点から言えば、同時に危うさも感じられる発明だった。 


「でも親父は無邪気過ぎて、その発明に潜む危険に気付けなかったんだよ。反魔法合金は魔法を弾く金属だ。魔法から身を守る防具に使えるのはもちろんのこと、魔術師を殺すのにもうってつけの武器にもなる。皮肉だろ? 命を守ろうとして作った金属は、殺しの方が優れた金属だったんだよ」


「告発されたのか。魔術師に」


 言わずとも、その話の先は容易に理解が出来た。

 魔術師協会の影響力は多岐にわたる。

 その中でも特にイカれているのが、魔術師にとって都合の良すぎる刑法が存在することだ。

 行政府である中央議会に多大な影響力を持つ魔術師協会を害すれば、法によって裁かれる。

 その実刑率は、告発されれば即ち実刑だとされる程だ。

 魔術師側の匙加減だが、大抵は火炙りとなって処刑される。


「魔法の業火で焼かれて死んだよ。どうやら親父は魔術師協会を害する過激思想の重罪人、だったらしいぜ。死ぬその瞬間まで、親父は訳も分からなかっただろうさ」


「だからアタシは親父のハンマーだけを持ち出して、街から逃げたんだ」


「魔法は人々を幸せにする。でも使う側が腐ってたら、意味がねえんだよ。魔法は溶鉱炉を温める炎にもなるし、無実の親父を生きたまま焼き殺す炎にもなる。」


 豪雨の中、ルビアのハンマーが鈍く輝いていた。


 ◆


 雨季は雨が月明りを遮り、夜の闇が濃くなる。

 こんな日には、いつも考え事で目がさえてしまう。

 暗闇だけが広がる窓の外を眺めながら、深呼吸を繰り返す。

 思い返すのは、セネカとルビアの話だ。


 彼女達がこの村に来た理由は、魔術師だった。

 つまりふたりは、この歪んだ世界の被害者だ。

 セネカやルビアは十分な実力や才能がありながら、この場所に追いやられた。

 もちろん、この村が悪いという訳ではない。

 しかし彼女達は望んでこの場所に来たわけではないのだ。


 致し方なく。

 結果的に。

 追われる形で。


 それは、この俺も同じだった。


「母さん。この世界は、母さんが思ってるほど美しくはないらしい」

 

 交易商の娘だった母は、いつも世界の美しさを俺に語ってくれた。

 広い海から始まり、この大陸に存在する国々、そして別大陸の話まで。

 寝物語として聞かせてくれたのだろうが、逆に興奮して眠れなかったことを覚えている。

 もっと聞かせて欲しいと強請ったものだ。


 しかしその話でさえ、今の俺には空想や御伽噺のように思えてしまう。

 母の語る世界と俺が目にした世界の乖離は、たとえ魔法であっても埋められないだろう。

 それなのに覚えている話の中の世界は、未だに燦然と輝き続けている。


「分かってたんだろ。あんな家に嫁いだらどうなるかなんて、母さんなら分かってたはずだ。なのに……なんで最後まで笑ってたんだよ」


 今にして思う。

 母は、俺に聞かせた美しい世界を巡りたかったのだろう。

 交易船に乗り込み、広い海原を駆け抜け、世界中を旅する。

 それが母の夢だった。しかしそれは叶わなくなってしまった。

 だから俺の寝物語として聞かせたのだ。せめて空想の中ではと。


 海の臭いを嗅ぎ、異国の風を感じ、別大陸の土を踏む。

 その心躍る旅路を夢見ながら、凍える様な薄暗い部屋の中で命を落とした。

 それなのに、何故最後まで笑えたのか。

 

 魔術師の血統ではないと見下され、冷遇された。

 屋敷では使用人にさえ雑に扱われ、嫌がらせを受けていた。

 それだというのに、なぜ笑えたのか。


 いいや、そうか。

 笑う事しかできなかったのか。

 俺という子供の前では。


 魔力による優劣。

 魔術師による圧政。

 そして血筋による選別。

 すべては魔術師協会が存在するが故の、弊害だ。

 それらからこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。


 この世界のゆがみを、放置はしておけない。


「ここから、この俺が」


 この世界を変える。


 ◆


「おい、ルクス。まさかと思うがこの設計図は……。」


 渡した設計図を眺めたルビアは怪訝な表情で顔を上げた。

 言わんとすることはわかっているが、俺の『計画』には絶対に必要な代物だ。

 そしてその制作には、親友であるルビアの手で作って欲しいと考えていた。


「前に話した依頼だよ。忙しいのはわかってるけど、どうしてもルビアに頼みたかったんだ。この依頼を頼めるのは、ルビアしかいないと思ってるしな」


「まぁ仕事ってんなら、受けてやるさ。最高の作品にしてやるよ」


 肩をすくめるルビアに、感謝を言葉を継げる。

 彼女の負担も少なくないはずだ。そもそも制作にどれぐらいの期間が必要なのかもわかってないが、普通の工程で作るよりかは遥かに手間がかかるに違いない。

 それを簡単に引き受けてくれたルビアには感謝しかない。

 加えて俺からは、別の報告もあった。


「それと、ソレが完成したら大切な話がある。ルビアとセネカには話しておかなくちゃいけないことだ」


「愛の告白ならお断りだぜ」


「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだが、大切な事だ」


 俺が貴族魔術師の血を引いていること。

 そして何より、俺の計画のこと。

 それらを話しておくべきだと考えたのだ。

 

 ふたりは、怒るだろうか。それとも失望するだろうか。

 顔を合わせることも、声を聴くことも、話をしてくれることも無くなるかもしれない。

 それでも親友として、そして最も信頼する相手として、黙ったままでいる訳にはいかない。

  

「まぁ、期待せずに待ってるとするさ」


「そう言えばセネカはどうしたんだ? この時間は一緒に食事してるだろ?」


「なんでも大口の取引が入ったとかで、仕事場に入り浸ってる。ここ数日、セネカが薬草臭くてまともに寝られねえんだよなぁ」


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