第10話

 ◆


 木々の間でしゃがみ込んだセネカは、周囲を見張る俺を見上げて小さく微笑んだ。


「ルビアとはすっかり仲良しだね。村の人たちもルクスの魔法には助けられてるって、みんな喜んでたよ」


「今の俺にできる事をしただけだよ」


「村の周りにあんな壁を作れるなんてすごい事だよ。ルクスがこの村に来てから、村の人達はもちろん農作物の被害も出てないんだから」


 魔法の練習も兼ねて村の周辺に壁を作り、村の中にある家々の補修などを手伝っていた。

 ルビアという師匠がいる土魔法とは違い、風魔法は我流で使い方を学ばなければならない。

 その為にも様々な資材や物体を運ぶことで経験を積むという方法を取っていたのだ。

 魔法の練習にもなり、村の人達の役にも立てて、俺が村に馴染む事も早めることができる。

 まさに一石三鳥の練習方法だと言えた。


「この村の人たちにはお世話になってるしな。特にルビアの土魔法に関する技術と知識は何物にも代えがたいほどの価値がある。セネカとはまた別の意味で恩人だと。いや、師匠といっても差し支えない」


「同じ魔法が使えるからか、ルクスには心を開いてるみたいだね。普段から人を遠ざける子だから心配だったんだけど。簡単には自分の内面には人を踏み込ませない子だから」


 それは親友故の懸念だった。

 乱暴な言葉遣いのルビアは、言葉の節々で他人を拒絶している部分が垣間見えていた。

 特に俺がこの村に来た直後は、いつ出ていくのかとしつこく聞かれたものだ。

 しかし共に仕事をしていく内に魔法を教えて欲しいと頼み込み、そこから徐々に打ち解けあっていった。

 それでも、お互いに深く詮索することは無い。


 ルビアの使う魔法は洗練されている。され過ぎているのだ。

 あそこまで高度な魔法を我流で生み出す、もしくは改良する事は難しい。

 誰かに教わったと考えるのが妥当だろう。

 そしてなにより、あの魔法金属のハンマーだ。

 誰にも触らせず、近づかせる事すらない。


 ルビアが過去を語りたがらないのであれば、詳しく聞くことも無い。

 過去を聞かれて困るのはお互い様だ。

 そして少なくともルビアとセネカは、俺にとって最も信頼している相手でもある。

 そんな相手の気に障る様な事をわざわざするほど、俺も馬鹿ではない。


「似た魔法を使う者は性格まで似る。昔から言われてるが、意外と馬鹿にならない迷信だ。でも魔法なんて関係なく、ルビアが一番信用してるのはセネカだろ。間違いない」


「そうかな。そうだといいな」


 一見強気だが、臆病な部分があるルビア。

 そして優しげだが強い意思を持つセネカ。

 ふたりはお互いに支え合って生きている。

 助けられた身として、二人の力に慣れればと考えている。

 そして俺の計画が二人の為になればとも。 

 採取した植物の入ったかごをセネカからそっと受けとり、次の目的地へと向かう。


「荷物は俺が持つよ。突っ立ってるだけじゃあ、役に立てそうにないからな」


「さすがは男の子だね。もう怪我の具合は大丈夫そう?」


「セネカの作った薬のお陰でな。これだけ効き目の良い薬は初めてだ。感謝してる」


「大袈裟だよ。私の薬なんて、魔術師の魔法に比べれば大したことないんだから」


「そんなことはない。街に店を構えれば、きっと大成できる。魔術師が一日に使える回復魔法の回数なんてたかだか知れてるからな。薬品による治療は絶対に必要とされるはずだ」


「ありがとう、自信になるよ。でも、この世の中は魔術師を中心に回っているでしょ。だから、私みたいなのがしゃしゃり出たら、きっとすぐに……。」


 言葉はそこで途切れてしまった。

 ふと見ればセネカは伏し目がちに隣歩いている。

 逡巡の後に、一歩だけ踏み込んだ質問を投げかける。


「セネカは魔術師が嫌いなのか?」


「それは……どうかな。私達の生活に魔法は欠かせないし、それを研究してる魔術師は尊敬してるよ。ルビアやルクスだって村の為に頑張ってくれてるもの」


「確かに魔法を使うって意味では、俺やルビアも魔術師だって言えるんだろうな。でも俺が言ってる魔術師ってのは、倫理観のないクズ貴族魔術師や利権で腐りきった魔術師協会の連中のことだよ」


「こ、声が大きいよ!」


「こんな森奥で誰が聞いてるんだよ。それにそんな慌てるってことは、図星なんだろ?」


 そもそも魔術師に好意的な印象を持っている人間の方が少ないはずだ。

 あのダーゲストも魔術師協会の重鎮であり、そう言った協会に所属している魔術師の事を協会魔術師と呼ぶ。

 腐りきった利権を貪り、凶悪ともいえる権利を振りかざす連中でもある。

 

 そして、この世界に存在する魔術師至上主義をより根強くしている組織でもある。

 諸悪の根源ともいえる。

 そんな魔術師達の評価は、聞くまでもないというのが本音だった。


 ただセネカは短くない沈黙の後に、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「私は、ね。その……魔術師から逃げてきたの」


「逃げてきた?」


「お父さんやお母さんが薬師として街で活動する時、ルクスの言う協会魔術師に無理やり嫁がされたの」


 弾かれた様にセネカを見る。

 視線はじっと地面に向けられ、口元には一目で作り笑いだと分かるそれが浮かんでいる。

 そして何より、肩が小さく震えていた。


 意を決したように、その言葉を発した。


「だから、そうだね。私は……魔術師が嫌いだよ」

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