第9話
手元にある農具に意識を集中させ、少しづつ魔力を流し込む。
道具を流れる魔力の感覚は、手足の延長に近い……らしい。
ただこの魔法を使い始めて日の浅い俺が流す魔力は、歪でぎこちない。
流れる魔力が均一ではなく、焦りが更に魔力の流れを滞らせる。
結果、手に持っていた農具が嫌な音を立てて捻じ曲がった。
その瞬間、隣で悲鳴に近い声が上がる。
「だーっ! なんかい言えばわかんだよ! お前は魔力を流し過ぎなんだよ! 直すどころか道具が歪んじまったじゃねえか!」
吠えるルビアは、不自然に捻じ曲がった道具を俺の手元からひったくる。
申し訳ないと思う一方で、こうなる事は予想できただろうと苦笑いも浮かぶ。
「こんな短期間でコツをつかめって方が無理があるだろ、これは。未だに糸口すらつかめてないんだが」
「その化け物みたいな魔力のせいなんだろうが、制御しきれてないのはお前の落ち度だろ。鉱物の判別は完璧だが、こっちはまだまだだな」
元々容赦はなかったが、もはや一切の遠慮のない物言いにもはや慣れ始めた頃。
俺がこの村に流れ着いてから、すでに二つの季節が過ぎ去っていた。
その間にも俺の生活は大きく変わり、そして村の生活に順応し始めていた。
元々救われた恩を返すつもりで始めたルビアの手伝いは、今や村で生きてくための仕事となっていた。
ルビアが作っていた大きな溶鉱炉の建設を土魔法で手伝い、鉱石の搬送や判別を風魔法で対処する。
溶鉱炉の性能が上がったことで仕事の効率も上がったようで、今度は彼女の助手として働くことになったのだ。
とは言えそれらの手伝いは、全て魔法の練習となる物で、不満などあるはずもない。
ルビアの使う土魔法は俺がアルハート家で習った魔法とは全く違う活用法を見せてくれた。
簡単に言えば生活魔法を我流で改良したものだが、その効果は目を見張るものだった。
「もう一度だけ手本を見せてくれよ。これで最後にする」
「そのセリフ、もう五回は聞いてる気がするな」
「頼むよ、ルビア」
「……ったく、いいか? もう何度も言ってるが、土魔法を上手く使えば金属の変形や強化、修復ができるんだ。ちょうど、こんな風にな」
早々に気付いた事だが、粗暴な言葉遣いのわりにルビアは面倒見がいい。
瞬く間に歪んだ農具を元に戻し、新品同然の形に整えていく。
長年の経験から培った技術だというが、いつ見ても見事な魔法だった。
それは、見栄えと威力だけを求め続ける貴族魔術師や魔術師協会が作り出す魔法とは、全く性質が異なる。
生活の中で生まれ、発展し、改良が加えれ、磨かれる。
本当に必要とされ、必要だからこそ進化を続ける魔法だ。
美しささえ感じられる魔法に、思わず目を奪われる。
「何度見ても不思議だな。加工された金属への干渉に加えて、修復なんて……。」
「感心してないでしっかり覚えろよ?」
「そうは言っても、ルビアが魔法を掛けてる間は俺の魔法が聞きにくいんだよ」
「土属性魔法の基礎だろ、それも。魔力は手足の延長だからな。魔力を流してる魔術師に優先権があるんだよ」
「じゃあ土魔法で干渉した盾は、攻撃系の魔法を弾きやすいってことなのか?」
「魔法を物理的な盾で防ぐ前提が可笑しいんだよなぁ。でもまぁ、その考えは間違っちゃいない。魔力を通してれば他の魔法を弾くだけじゃなくて、盾その物の強度も上げられるしな。というかもうこの話はいいだろ。今は魔力の扱い方に集中しろよ」
「集中って言ったって、さっきだって十分に上手くいったと思ったんだけどな」
「魔力が多すぎるんだよ。必要以上に流し込むと金属への負担が大きくなる。だから金属の耐久性の他に、金属がどれだけ魔法への耐性を持ってるかも加味しなきゃいけないんだ。これが魔法金属とかなら無茶な変形も出来るんだが、これはただの農具だからな。さっきみたいな魔力の流し方はご法度だ」
そう言うとルビアは、新品同然となった農具を俺の前に差し出した。
そもそも特異な魔法である土魔法に関する知識は、全てが新しい発見に満ちていた。
貴族魔術師や魔術師協会から軽視される土魔法は、今まで俺が習ってきた魔法とは全く別方向の改良を加えられているからだ。
そのため土魔法は魔術師達からは軽視されがちだが、極めればどんな属性の魔法にも劣らないと確信していた。
とは言え、今まで魔術師が積み上げてきた歴史をそうやすやすと埋められるとも思っていない。
アルハート家ならここ二百五十年にわたって水魔法の研究を続けており、たった一人の才能でその全てを覆し、魔法至上主義の世界を変えられるとは思っていない。
そこでとある計画を立てていたのだが、その糸口をルビアの話の中で見つけた気がした。
「魔法金属っていうのは、本で読んだことがあるな。たしかエリクシルとかオリハルコンのことだろ。そんな物が実際に存在するのか?」
俺の疑問を聞いて、ルビアはわかりやすく顔をしかめた。
「お前は御伽噺の住人かよ。もっと身近にもあるだろ。例えばアタシのハンマーも魔法金属だ」
ルビアが指さした先にあるのは、いつも彼女が愛用しているハンマーだ。
小柄な彼女には少し大きいハンマーだが、いつも見事に使いこなして依頼の品を作り上げる。
「あれが? 見た目は普通のハンマーにしか見えないが」
「見た目はな。でも合金のハンマーに比べて軽量で丈夫。加えてアタシの匙加減で修復もできるし、強度も変えられる。鍛冶仕事にこれ以上うってつけのハンマーは他にない」
「……たとえばの話なんだが、その魔法金属で鎧を作ったりはしないのか? それだけの性能がある金属で鎧を作れば、向かうところ敵なしだと思うんだが」
魔力を通しておけば自分以外の魔法を弾き、強度も上げられ、尚且つ修復もできる。
武具に関しての知識は素人同然だが、思いつくだけの利点で魔法金属が武具に適している事は明確だった。
しかし俺の考えを聞いたルビアは小さく首を横に振った。
「作らない、と言うより作れないと言った方がいいな」
「なにか技術的な問題でもあるのか?」
「いいや、単純に銭が足りない。ただでさえ高度な土魔法が使える魔術師が少ないんだから、そこに供給する魔法金属自体がもっと少ない。それに素材自体も希少で、魔法金属自体は目が飛び出る程に値が張る。あの大きさのハンマーでも、売れば十年は遊んで暮らせるだろうな」
「つまり装備一式を作るとなると……。」
「街の一等地に城が建つな。まぁ出回ってる魔法金属を全て買い取って、加工するってなるとの話だが」
費用対効果を考えれば、そんな高価な防具を作る意味がない。
それだけの財力があれば大抵の物事は金銭面で解決できる。
なら警備なり護衛なりを雇った方が安上がりで安全性は高いだろう。
つまり作る意味がない。
しかしルビアは金銭的な問題しか提示しなかった。
「つまり素材さえあれば作れるってことで間違いないんだよな?」
「できるかできないかで言えば、もちろんできる。だが素材を集めるのにも一苦労だぞ? 大型の魔物からしか取れない上質な『純魔石』と、地下深くからしか採取できないディノダイトが必要だ」
「その二つがあれば魔法金属が作れるのか。なるほど」
魔物の体内には、魔力を貯蔵するための魔石と呼ばれる物質が生成される。
巨大な魔物になればなるほど魔石の大きさや純度は変化し、大型の魔物から取れる希少な魔石は、純魔石と呼ばれている。希少性もさることながら、大型の魔物を討伐できる者自体が少なく、非常に高価で取引されていると覚えている。
どこかで購入するより、自分で魔物を討伐した方がまだ手に入れられる可能性が高いだろう。
今の俺にそんな大型の魔物を討伐できるだけの実力があるかは、さておいて。
今後の計画に頭を悩ませていると、ルビアは呆れたような声を上げた。
「ここまで詳しく聞いたってことは、魔法金属でなにか作るつもりなのか?」
「まぁな。素材と依頼料を用意すれば作ってくれるんだろ」
「仕事として依頼するなら文句はねえよ。でも高くつくぜ」
「頑張って稼ぐとするよ。だがまずは素材を集めないとな……。」
とはいえ問題はディノダイトと呼ばれる鉱石だ。
見たことも聞いたことも無い鉱石で、どうすれば手に入るのかさえ分からない。
一般に流通している鉱石なのかさえも不明だ。
確実に手に入れる方法としては、ルビアの取引先を頼るという手がある。
出来るだけ早く魔法金属を集めるなら、専門の商人から買うのが一番だ。
しかし値段が張るとなると、先立つものが圧倒的に足りない。
だがそこに思わぬ救いの手が差し伸べられた。
「なら丁度いい。依頼用の鉱石が足りなくて困ってたんだ。近々山の方にある採掘場へ行って鉱石を取ってきてくれよ。土魔法が使えれば簡単だろうからな。ついでにディノダイトも探してくればいい」
「たすかるよ。でも、いいのか? 前に採掘場には近づくなって言ってただろ?」
「大味な土魔法しか使えないお前が行けば崩落させると思ったからな。でも今のルクスなら問題ないはずだろ」
俺がこの村に来た直後、風魔法を使えば鉱石の採取も簡単に終わると思い、採掘場への動向を申し出たのだ。
しかしルビアは俺の申し出を一蹴し、それからずっと一人で採掘所へと向かっていた。
てっきり自身の採掘場の場所を知られるのを避けているのだと思っていたが、そう言う訳でもなかったらしい。
それ以上に、俺自身の身の安全を考えていてくれたのだ。
以前から感じていたが、ルビアは非常に面倒見のいい人物だった。
「ありがとう、ルビア」
「お前じゃなくて、仕事のためだっての」
慌てて視線を逸らすルビアを尻目に、再び仕事へ取り掛かる。
しかしその時、鍛冶場の扉の方から聞きなれた声が飛んできた。
「ふたりとも、なんだか楽しそうね」
「アタシは別に楽しそうになんてしてないけどな」
「そう? つい先日、ルクスのお陰で溶鉱炉が予定よりずっと早く完成したって、大喜びしてたじゃない」
「ばっ!? 大喜びなんてしてねえよ!」
「この時間に来るなんて珍しいな。なにか仕事の依頼か?」
普段ならこの時間は、セネカも薬の調合に勤しんでいるはずだ。
ただ見慣れた薬師としての仕事着でないという事は、なにか特別な用事があるのか。
俺の質問に、ルビアを弄り終わったセネカはそう言えばと手を打った。
「そうなの。と言ってもルビアじゃなくてルクスにだけれど。森の中に入るから付いてきてほしくて」
「あぁ、前に言ってた植物の採取か。雨季に入る前に集めておきたいんだったな」
「そうなの。どうしても高い効能の薬を作るには必要だから、できるだけ採取しておきたくて」
「わかった。すぐに準備してくる」
命の恩人であるセネカの頼みを断る事はできない。
ルビアから与えられていた分の仕事も終わっているため、席を外しても問題は無いはずだ。
それどころかここでセネカの誘いを断ったらルビアが激怒するに違いない。
森の中は天然の資材に溢れかえっているが、そのぶん小型の魔物なども出没する。
以前、トロールを葬ってから俺はこう言った護衛の真似事を続けている。
準備をする為に鍛冶場を後にしようとすると、背中から声が上がった。
「待て。これも持ってけよ」
ルビアが差し出してきたのは、一振りの剣だった。
装飾の一切が省かれた武骨なそれは、ルビアの趣味が露骨に表れていた。
とは言え彼女が打ったのであれば品質な保証されているも同然だ。
しかし無償で受け取る事に関して、少しばかりの抵抗感を感じていた。
「有り難いが……いいのか?」
「お前が来てから仕事の効率が上がったからな。ついでに作っておいた。だが勘違いすんなよ。お前じゃなくて、セネカの為だ。それを渡した以上、セネカに傷ひとつでも付けてみろ。ただじゃおかねえからな」
「わかってる。ありがとう、ルビア」
相変わらず素直じゃない。
しかしそれがルビアの良い点でもある。
視線が合ったセネカと笑いながら、共に森へと向かうのだった。
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