【道徳ものがたり】 かえる君 と ベンチャー おじさん

くま田さとる

かえる君 と ベンチャー おじさん

 今日きょうも、この妖精ようせいたちのおくにでは、みず色のおそら一年中いちねんじゅう、一日中、みず色以外のおいろになることはありません。

 みず色のお空には、今日も、あか、オレンジ、きいろ、みどり、あお、こんいろ、むらさき、くろと8色のにじがきらきらとかがやいています。8色のにじも、みず色のお空と同じで、どんなときも、いつでも、きらきらです。


 8色のにじのしたで、ぴょんぴょんとふたつのおてと、おあしをつかってねる、あの小さい、みどり色のカエルはだぁれ?


 ――知らない?


 そのはずだよね。今日はじめてあの子と出会ったのだから。

 あのカエルは、妖精ようせいのこども。そして名前なまえはありません。この妖精ようせいたちのお国では、みんな名前なまえがありません。わたしたち人間のように、お父さんとお母さんから生まれて、名前なまえをつけてくれるひとがいないから。この妖精ようせいたちのお国で生まれた妖精ようせいさんはみんな、あかいお花の中から生まれてきます。

 あかいお花は名前をあたえてはくれません。とってもかなしいわね。


 おはなしかたるのにややこしいところもあるので、今のところは、わたしたちはこの名前なまえのないカエルのこどものことを、『カエルくん』と呼んであげましょう。


 ――え。なんで、くんをつけるのかって?


 それはね、敬意けいいをこめる相手あいてには、『くん』とつけるものだからなのよ。


 さて、話をもどそうね。カエル君はにじのしたでねていたら、なんとなぁく、今日、このときに、「ああ。人間にんげん世界せかいあそびに行きたいなぁ」と思いました。


 そう思ったら、ハイ、高くジャンプ。


 男の子とはいえど、このカエル君は不思議ふしぎな力をもつ妖精ようせいさんです。ジャンプしたら、あっという間に人間の世界へ行けちゃいます。


 この行から、もう、人間の世界に到着とうちゃくでございます。


「ああ。大きなビルがいっぱいだぁ」


 カエル君のまわりには、高いたかい高層こうそうビルだらけ。日本の大都会だいとかい到着とうちゃくしたのです。

 ここ、大都会だいとかいは、とっても暑い。太陽たいようがさんさんにっています。せみのみんみんみんとの鳴き声が、あそこから、こちらからもします。おおつぶのあせをたらたら流した人間たちがいっぱいです。日本には季節きせつがあり、夏真なつまさかりなのです。


「ああ。ぼくはうれしいな。高度経済成長こうどけいざいせいちょうっただ中の日本に到着しちゃったよ」


 カエル君は人間よりも、ずっと小さい。うめぼしほどの大きさ。カエル君がこうして感動かんどうしていても、人間たちはだれも気がつきませんでした。


 バサバサ、バサバサバサ。


 あら、とりんでくる羽の音だわ。カエル君が音に気がついたら、きゅうに体が持ちあがり、あっという間に大きなオカメインコのくちばしの中です。


「やだやだ食べないで」


 カエル君はオカメインコのくちばしの中でいっぱいあばれるも、オカメインコにごっくん。


 ――このまま、死んでたまるものかっ。


 カエル君はいかりからの魔法まほう発動はつどうです。選んだ魔法まほうは、「とりあえず死ななければいい」との、とても大事な心がまえからのもの。


 どろんっ、と白いけむり。


「おや。まぁ。ぼくのからだがおかしなことになっちゃった」


 白いけむりの中からでてきたカエル君は、うめぼしほどの大きさだったのが、ぐんっとがのびて189センチです。人間のような手足と体をしています!

 なんということでしょう!

 人間のおとなの男の人がはたらきに行く時に着ていそうな、ビジネススーツを着てもいます! 頭をさわれば、とさかが生えている! 背中せなかをさわれば、羽が生えている!

 ――そう、オカメインコと他の何かとで、融合ゆうごうしちゃったのね。


「こんなからだいやだ。もとにもどらなくちゃ」


 カエル君は、いろいろな魔法まほうとなえます。だけど、もとのからだにもどれません。


「あの。ちょっと、そこの君」


 カエル君はだれかに声をかけられ、ふりかえってみれば、そこには八頭身はっとうしん(※)のとってもかっこよくて、イギリス仕立じだての背広せびろ似合にあいすぎるおじさんがいました。

(※ 身長が頭の長さの八倍あることです。)


「このおじさんのペットである、オカメインコがんできたのを見なかったかい?」

 と、おじさんはたずねてきました。


「あ。ごめんなさい。たぶん、そのオカメインコとは、ぼくのことだと思います。いろいろと事情じじょうがあって」


 カエル君は、自分のこと、何があったのかを、おじさんに正直に話しました。おじさんは、うんうん、といてくれました。

 カエル君は話をえると、おじさんにおこられてしまうのではないかと、ちょっと心配しんぱいになりました。自分の魔法まほうによって、おじさんのペットを自分と融合ゆうごうさせ、消しちゃったから。


おれのペット君がわるいことをしたね。君を食べようとしただなんて。ごめんね」


 おじさんはとってもやさしい笑顔でそうあやまってきました。カエル君は、そんなおじさんに、「ああ。自分からあやまってこれるなんて、なんてえらい人なんだ」と感動します。


 そして、おじさんは、つづけていいます。


「こちらは断固だんことして、君が食べられたとはみとめない。もしも君が食べられそうになったことを、警察けいさつにいいにいこうとするなら、こちらは弁護士べんごしを十二人ほど連れてこないといけないことになるな」


「弁護士って、なあに?」


「弁護士とは、お金と法をもって味方になってくれ、自分たちで問題を平和に解決かいけつするのを手伝ってくれるソルジャーだよ。君はおれからペットをうばったのだ。弁護士を呼ぶことなく、穏便おんびんまそう」


 カエル君は、そんなおじさんに「ああ。この人は、大人な解決手段かいけつしゅだんを使い、事を丸くおさめるすてきな人なんだ」と、またまた感動します。


「ねぇ。おじさんは何者?」と、カエル君。

「おじさんは、という名前だよ。ちょっとした実業家じつぎょうかで、ベンチャーをしている」

「実業家、ベンチャーってなあに?」

「どちらも社会と経済けいざい発展はってん貢献こうけんするえらい仕事だよ。このふたつの職業しょくぎょうものたちによって、世界のお金の流れは動いているに間違まちがいないね」

「わぁ。すごいね。かっこいいねぇ」

「ありがとう。ちなみに、君は男なの? 声からして、女の子っぽいけれど」

 カエル君は首をかしげます。

「男、女って? ぼくには性別せいべつないよ」

「そうか。悪い質問をしちゃったね。男だの、女だの、質問してはいけないことだった。デリカシーがなかった」

「ううん。そんなことないよ。おじさんはデリカシーあるよ」

「ありがとう。それで、君の名前はなんだい?」

「あのね。ぼくには名前がないの。お花から生まれてきて、お父さんとお母さんがいないから」


 すると、おじさんはカエル君を可哀かわいそうに思ってくれ、しくしく泣きだしました。「ついさっき出会ったばかりなのに、ぼくのためになみだを流してくれるなんて、なんと美しい心の持主なのだろう」と、カエル君は胸を打たれて、おじさんと一緒いっしょにしくしく泣きます。

 カエル君とおじさんはおたがいに抱きしめあって、しくしく、しくしく。


 たくさん、たくさん、しくしくした後で、おじさんはカエル君にやさしくほほえみます。


「これから一緒いっしょに、クルージングへ行こう! そこにおれの友だちがいっぱいいる。そこで、みんなで君の名前をつけようじゃないか!」

「え。クルージングにさそってくれ、みんなで名前もつけてくれるの?」

「もちろん。俺たちは一緒になみだを流した友だちだからね」


 カエル君とおじさんはほほえみあいます。まさにこの瞬間しゅんかん、二人の間は友情ゆうじょうでしっかりとむすばれたのです。

 カエル君とおじさんは手をつないで、仲良なかよく、東京湾とうきょうわん目指めざしてあるきだしました。






   お   し  まい

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