ひかりにかえす
眼を醒ますと隣でローワンが眠っていた。陽のひかりがたっぷりと注がれた美しい朝だった。
俺は上半身を起こし、部屋を見回す。それからもう一度ローワンを見下ろして、昨晩のことを思い出した。
どうしようもなくなって眠ったふりをすると、ローワンは誰かに電話をかけはじめたようだった。俺はその相手を知らなかったけど、しばらく聴いていると、それが警察の類であることと、ローワンが俺を庇いながら父親の殺害を語っていることがわかった。
彼は、私に言われてついてきただけなんです、私が唆したんです、と。そう何度も繰り返す後ろ姿を、俺は薄く眼を開けながら見ていた。その肩が震えるたび、俺はひどい後悔に襲われた。
ローワンはいつでも正しかった。俺は何度も道を間違えそうになったけど、そのたびに引き止めてくれたのはローワンだった。俺が同級生を殴った日。それが発展して乱闘になりかけた日。どうしようもない兄をひどく罵った日。
ぜんぶうんざりするような記憶だけど、そのなかでローワンだけは輝いていた。いつも俺を諭しながら、正しい道まで連れて行ってくれる。
だから俺は安心しきっていた。ローワンに訊けば、ローワンが許せば、それはなんだろうと正しいと。
トドメ、刺す?
残酷な質問だった。あんな状況、誰だって頷きたくなるに決まっている。それなのに、俺は訊いた。俺が間違えそうでも、ローワンなら引き戻してくれると——どんなときでも正しいと思っていたから。思い込んでいたから。
そして、委ねたその選択肢のせいで、ローワンに責任を分け与えてしまった。行動の責任を。あれを罪だと認めた瞬間、俺はローワンを穢してしまったことになる。
頭を抱えると、隣のローワンが身動きした。数秒後、かすかに眼が開き、俺の姿を認めると、悲しそうに微笑んだ。
「おはようキース」
「……おはようローワン」
できる限りのおだやかな声で返す。そうすると、ローワンはいっそう悲しそうに眼を細める。
こんなに弱りきってしまったローワンははじめてだった。いつも正しく眩しいローワン。俺がここまで突き落とした。
「キース、今日はもうすこしここでゆっくりしたい」
ローワンはこちらに向かって寝返りを打ちながら、そう囁いた。俺を見上げる瞳は、朝陽に透けても美しい黒だった。
俺は知っている。もうすこししたら、警察かなにかが来るのだろう。昨晩話していた相手が。あるいは、その仲間が。
それでも、俺はいいよと頷く。ローワンがそう決めたなら、いいよ、と。
「ありがとう」微笑むローワンは、心底ほっとした様子だった。
俺は涙が出そうになって、隠すようにベッドに潜り込む。代わりにローワンが身体を起こした。「まだ寝るの?」訊ねる声は、どこかからかうようだった。
まだ寝る。言うと、そう、と聞こえた。
かすかに開けた眼で覗くローワンは、たしかに朝陽に包まれていた。
その神聖とも言えるような横顔に、俺はようやく自分の醜さを認めた。
この美しい存在を、早くひかりのなかへ帰さなければ。
俺に引きずられてホテルの暗闇で肩を震わせるこの存在を、俺は早く手離さなければ。
だけど、もうすこし。もうすこしだけ、ここにいてほしい。
静かにローワンの手に触れると、躊躇うような数秒ののち、たしかな力で握り返された。
朝の静かなひかりが、俺たちに注がれていた。
ひかりにかえす 朔 @Wasurenagusa_iro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます