第6話

──サヌキの他の高校に見られる『独立自主』や『文武両道』などと比較すると、やや口語調という点で新鮮味はありますね。公表した時の周囲の反応はどうだったのでしょうか。


「おおむね肯定的な意見でした。ただ、中には『周囲が環境を揃えすぎると子どもは努力しなくなる。だから自力で何とかさせるべきだ』といった意見もありました。私自身は逆の意見ですけれどもね。だって、外部が与えて上乗せできるなら、上乗せした方が良いじゃないですか。環境が揃っていない人は、揃っている人よりも余分に頑張って初めて、同じ高さから外の景色を見ることができるんです。その人が同じだけ頑張るとすれば、環境が揃っている方がより高い所から周りを見渡せるじゃないですか。あえて不便なままにする理由はありません。


 もちろん、反対派の言う『努力しなくなる』事態は避けたいものです。でも、それって環境を周囲が揃えることと相関はあるんでしょうかね? 例えば、私の実家は『集中力のない軟弱な人間になる』という両親の方針でクーラーがついぞ付きませんでしたが、その結果が私の学業に貢献したかというと、これは甚だ怪しい。成績は下から数えた方が早かったですからね。パソコンだって炎天下じゃ使えないでしょう。人間だって、所定の性能を発揮できる使用環境というものがありますよ、それに近づけましょうということです。それでも本人が努力しなければ、それがその人の本来の性能です。それ以上は外部にはどうしようもない」


──少々突き放したようなお言葉ですが、一理あるようにも見受けられますね。では、その理念に沿って多数の生徒を見守ってきた中で、本人の努力が貴校の基準を著しく下回る方もいたのではないでしょうか。彼らについては、どのような対応をされたのでしょうか?


「いろいろな場合がありましたが、一つ大きな選択としては、サヌキからの退出が挙げられます。このサヌキ特別行政区の目指す人物像から著しくかけ離れた人は、この先サヌキ人として生きていくことに困難があると見込まれます。特区の目指す社会に同化しきらないと考えられるわけですね。そこで我々農開学園の関係者、ですから当該生徒の担任や教頭などと話し合った上で、本人に他地域への退出を提案します。勿論強制力はありませんが、全く新しい環境を提案することは、サヌキ社会のためにも、本人のためにも良いのではないかと学校側では考えている旨を、本人や保護者に説明し理解してもらうよう努めています。


──長期的には本人のためになるかもしれませんが、あくまで提案ベースとはいえ、他地域への退出とは穏当でない処置のようにも感じます。三者面談の場では、衝撃を受ける生徒や保護者もいたのではないでしょうか?


「ええ、よくいました。繰返しになりますが、別にこれは追放する意図ではありません。ただ本人やサヌキ全体にとって最適な将来を考えると、区外へ出ることを検討してみてはどうでしょうか、という我々の意図を説明しています、そうは言っても、誉れ高きこの地から追い出されるのだ、という負の印象を持つ方は多いですね。そういった保護者に理解してもらうのは、なかなか難しいことです」

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