第154話 無詠唱魔法の講義を行う僕

 無詠唱魔法の講義の初日、講堂の座席はほぼ埋まっていた。通常の講義では三十人程が入る教室での講義となるが、僕の講義にはほぼすべての生徒が受講を希望したため、講堂での講義となった。


 正直剣士や魔具士が無詠唱魔法の講義を聞いても意味がないと思うのだが、みんな興味本位で参加してみたのだろう。他の教師たちも後ろに立って見学をしている……その中にクリスの姿も見つけてしまった。


 百人以上の人がいることに少し緊張するが早速講義を始めた。


「改めまして、本学学園長のアルヴィン・チェイス・ユートピアです。僕の講義では無詠唱魔法の習得を目標に講義を進めていきます。沢山の生徒に参加していただきありがたい限りですが、少なくとも詠唱魔法を使えることを前提に講義を進めていきますので講義についていけないと感じた生徒は遠慮なく退席されてください。では、早速講義を始めます。まずは無詠唱魔法の仕組みからですが、炎魔法『ファイアーボール』を例に説明していきます。『ファイアーボール』を発動するには魔力を熱と………………………………………………………………」


 無詠唱魔法の仕組みや、それぞれのエネルギーの仕組みについて板書をしながら講義を進めていくが、ほとんどの生徒は理解するのをあきらめている様子で記録も取らずに前を見つめ続けている。さすがに途中退席や居眠りをする勇気がある生徒はいないようだ。


「では、ここからは実習とします。その前に五分程休憩を取りますので、魔法が使えない生徒は退出頂いて構いませんよ」


 そう言うとぞろぞろと行動から生徒が出ていき、残ったのはエリーとライオネル、大柄な男の子と赤毛の女の子の四人だけになった。このくらいの人数の方が教えやすくて丁度良いかもしれない。ちなみにクリスは後ろに立って授業の様子を眺めている。


「じゃあ実習に入ろうか。机の上に木箱が置いてあるから、その木箱に運動エネルギーを与えて動かしてみよう。それが最初の課題だよ。エリーとライオネルのことは知っているけど、他の二人と話すのは初めてだから名前を教えてもらってもいい?」


「俺はイントッシュ。学年次席だ。剣士だが魔法も少し使える。チェイス先生のように無詠唱魔法が使えばさらに強くなれると思い受講した」


 イントッシュは日に焼けた浅黒い肌に短髪で、どこからどう見ても剣士といった風貌だ。剣だけでなく魔法の腕も磨きたいという向上意欲の高さが気に入った。


「私はカミラです。見て分かると思いますがホビット族で魔法は得意です。勉強や剣はいまいちなので学年十五席ですが……頑張りますのでよろしくお願いします」


 ホビット族だけあって魔法が得意なようで、素直そうなところが高ポイントだ。


 自己紹介が終わった後早速課題に移った。


 木箱は手のひらに乗る程度の大きさで中には何も入っていないため、魔力を少しでも運動エネルギーに変換できれば動かせるはずだ。


 無詠唱魔法が既に使えるエリーはすぐに木箱を動かすことができたが、他の三人は苦戦しているようだ。


「込める魔力はほんのちょっとでいいから魔力が続く限り何度も練習してみよう。魔力制御と魔力返還を同時にこなさないといけないから慣れないうちは混乱すると思うけど……」


 その後三人は一時間程練習を重ねたが木箱を動かせた者はいなかった。


「チェイス先生、少しお手本を見せてくれませんか? 全く動かせる気がしません……」


 よほど疲れたのかライオネルがぐったりしながらお願いしてきた。


「一回できればすぐなんだけどね……感覚をつかむまで時間がかかるのは仕方ないよ。慣れればこんなこともできるようになるよ」


 木箱に運動エネルギーを与え宙に浮かせ、目の前でクルクルと回転させたり、鳥のように部屋の中を飛ばしてみた。


「ここまで滑らかに動かせるものなのですか……どのようにすればいいか想像もつきませんよ」


「もう十年以上無詠唱魔法を使っているからかな? 今では頭で考えるだけで自由に動かせるよ。じゃあ今日は時間だから終わりにしようか。運動エネルギーへの変換を五十日以内にできるようになることが最初の目標かな。そこまでできたらこの講義の単位を上げるよ」


「五十日……チェイス先生くらい無詠唱魔法が使いこなせるようになるにはどのくらい時間がかかるのですか?」


 ライオネルが心配そうに尋ねる。


「魔法が得意な種族の天才でも習得までは数年かかるって聞いたことがあるから……早くても二、三年はかかるかもね。一部でも使えるようになれば詠唱省略もできるしメリットはあるけど、無理そうなら早めに諦めるのも手かもしれないね」


 ホビットのカミラであれば習得できる可能性は高いだろうが、人族のライオネルやイントッシュは習得できないかもしれない。そうなれば無駄な時間を過ごすことになってしまうので決断するなら早い方がいいだろう。


「私は今のままでは魔法の限界が見えていますので続けさせていただきます。学園生活はすべて無詠唱魔法習得にかけても良いと思っていますし」


「俺も練習を続ける。無詠唱魔法を教えてくれる人なんてチェイス先生くらいしかいないからな」


「私も魔法くらいしか取り合えがありませんから必ず習得します!」


 さすが最後まで講堂に残るだけあってみんなやる気はあるようだ。


「それならしっかり教えないとね。僕が受け持っている講義は一つだけだし何か聞きたいことがあるならいつでも来ていいからね。建設工事で外に出ていることは多いけど……あとエリーは初級魔法までの無詠唱は習得しているし暇があるときにみんなに教えてもらってもいい? 特にカミラとは女の子同士仲良くして欲しいしね」


「はい。学園長先生のお願いとあれば喜んで。カミラさんよろしくお願いしますね」


「そんな……子爵様にお時間を取らせるわけには……」


 カミラはえらく恐縮しているが、確かに逆の立場なら僕も同じように遠慮してしまうだろう。


「カミラさんが無詠唱魔法を習得すれば領のためにもなりますのでお気になされないでください」


 エリーもいつも通り話せばいいのにエイブラムに教育された通り話しているせいで妙な壁ができてしまっている気がする。


「エリーそのしゃべり方だとみんな縮こまっちゃうから学校にいる間はいつも通りに話そうか。みんなも学校内ではエリーに他の生徒と同じように接してもいいからね。さすがに学校外はまずいけど」


「エイブラムからはいつも貴族らしく振る舞いなさいと言われていますし……また学園長先生が怒られませんか?」


「学校は身分の差は関係なく学ぶところだから大丈夫! ……多分。そんなしゃべり方をしていたんじゃ友達もできないだろうし、そっちの方が僕は心配だよ。エイブラム様には僕から言っておくから」


 学園内だけでのことなら多分エイブラムも文句は言わないだろう。


「学園長先生とエリーミア子爵の関係性がよくわかりませんが、噂通り学園長先生の方が立場が上なのですか?」


 ライオネルが尋ねるが、確かに端から見たら僕とエリーの関係は訳が分からないものに見えるだろう。


「エリーが小さいときからずっと一緒にいるし、立場上僕がエリーの養父ってことになってるし、親子みたいなものかな?」


「親子ですか……」


 エリーはなぜか残念そうにつぶやいた。


「やはり噂通りユートピア領の影の支配者はチェイス先生なのですね。ユートピア領の子爵や影の支配者と一緒に学べるなんて感激です」


「影の支配者と言うよりは工事監督って言った方が正しいような……実際何の権力もないしね」


「いいえ! ご主人様こそユートピア領の支配者です!」


「エリー、学園長先生ね。さあ、もうその話はいいから、とにかく今日から学校ではエリーは普通に話すこと、みんなも子爵のことはエリーと呼ぶように! これは学園長命令だからね」


 貴族を愛称で呼ぶことは抵抗があるかもしれないが、エリーの楽しい学園生活のためだ。みんなには我慢してもらおう。


 ちなみに、このことについてエイブラムに報告すると「学園内で身分が関係ないことなど当たり前だ。何のためにエリーミアを学校に通わせていると思っているのだ」と言われるだけであった。変に心配して損した気分である。

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