第126話 「ユートピア」を名乗る僕

(意外に騙されるものだよね……)


(普通では騙せなくても極限状態だとつい耳に入った言葉を信じてしまうからな。ラルクはバカだとは思うが、騙されるのも仕方ないだろうな)


 僕たちは今王都を出てイースフィルを目指している。地下道に逃げ込むふりをして、モーリスのシエルの手を引き、人ごみの中に紛れてその場を逃げ出した。


 下水道から逃げ出した魔獣が王都のあちらこちらに逃げ出し、王都中が混乱状態に陥ったため、逃げ惑う群衆に紛れて王都自体を抜け出すことも難しくはなかった。


「しかし、この時期に野宿は辛そうだな……食料もなければ防寒具もないぞ」


 王都は比較的南方にあり、雪こそ降ってはいないものの、気温はかなり低く普通に野宿をしようと思えば辛い季節だ。


「バッグの中に少しは香辛料が入っていますし、しばらくは狩りで食料を得ましょう。水も魔法で出せるし大丈夫です」


「魔法とは便利なものだな……イースフィルに向かうにしろユールシア連邦に戻るにしろとにかく西に行く必要があるな。追手の心配もしないといかんがとにかく西に向かうか」


「あれだけ派手な騒ぎを起こしましたし、父様はイースフィルには戻れないですよね……一緒にユールシア連邦に行きますか?」


「イースフィルが取り潰しになる可能性もあるしな……クロエとニックスはまあ、どうにかするだろうが、ルーナは一緒に連れていきたい」


「……娘には甘いですね。では、一旦イースフィルでルーナと……リリーを迎えてユールシア連邦を目指しますか」


「息子にも甘いぞ。アルに甘すぎるとクロエにはよく怒られていたしな。エイジア王国ではもう暮らせないだろうし、ルーナとリリーを迎え入れてもらえると助かる」


 モーリスは僕たちに向かって頭を下げた。


「お父様、頭を上げてください。チェイス君……アルヴィン君の領地はユールシア連邦でも有数の豊かな領なので楽しく暮らせますよ。それにしても名前が二つあるとややこしいね」


(確かにややこしいな。チェイスをミドルネームにして、この際、貴族名も貰ってアルヴィン・チェイス・ユートピアを名乗るか?)


(ミドルネーム? 初めて聞いたけど……それと貴族名はできるだけ名乗りたくないな……エリーの養父だから名乗れはするけど……)


(ミドルネームはまあ、もう一つの名前みたいなもんだ。貴族名はそろそろ名乗ってもいい時期だと思うぞ。今後のエイジア王国とのこともあるし、何をするにしても箔があった方がいいからな)


 貴族名は直系の親族とその妻であれば名乗ることができるため、僕がユートピアを名乗ることは可能だ。


(そうだね……分かった! 今日からそう名乗るよ!)


「お話合いは終わった? チェイス君は考え込むとき誰かと話しているみたいに表情豊かだよね」


 オッ・サンと話しているときは完全に表情に表れていたようだ……さすがに悪魔のような精霊と話しているなんて不思議ちゃんなことは言いたくない。


「アルは昔からそうだったぞ。最初は心配したがもう慣れたものだ」


 周囲に悟られないようにオッ・サンと話していたつもりだったが以外にばれているものだ……


「うーん……客観的に考えられるように頭の中でもう一人の僕と話し合っているからかな? つい表情に出ちゃうんだよね……」


「そうなんだ……てっきり精霊さんと話しているのかと思ったよ。みんな人には言わないらしいけど精霊付きって結構いるみたいだよ。


特に魔法が使える人に多いみたい。初代イリス様も精霊付きだったみたいだし、実は私ちょっと憧れているんだよね」


 初代イリス様……ユールシア連邦で信仰されているイリス教の創設者である。


「精霊付きか……悪霊とは違うんだよね?」


 占い師のアンジェラも精霊と言っていたが、このオッ・サンは絶対精霊などという綺麗なものではない。どっちかというと悪霊のたぐいだと思う。


「うーん、付いている人に有益なら精霊でそうじゃないなら悪霊なんじゃないのかな?」


「悪霊に付かれた人の話ってのもよくあるの?」


「悪霊払いは一応治療師の仕事だけど見たことがないし、悪霊払いをしたことがあるって人も見たことがないんだよね……」


(恐らくほとんどは腫物や精神病なんだろうな。いくら魔法が使える世界でも精神体だけで動けるのは考えにくいからな……)


(それ自分で自分のことを全否定してない?)


(………………)


 正直オッ・サンのような存在が多数いるとは考えたくない……そういえばオッ・サンは前世の記憶がある転生者だと言っていたが、他の精霊もそうなのだろうか? 


「そんなことより名前の件! 確かに分かりづらいから、今からアルヴィン・チェイス・ユートピアを名乗ることにするよ。前二つが名前でユートピアが家名だね」


「ユールシア連邦では勝手に家名を名乗ってもいいのか? エイジア王国では間違いなく罰せられるぞ」


 家名は貴族しか名乗ることができないため、平民が勝手に家名を名乗ると貴族であると宣言することにもなり罰せられてしまう。これはエイジア王国でもユールシア連邦でも同じだ。


「今僕たちが開発しているところがユールシア連邦フレイス共和国ユートピア領ってところでして、そこの領主がエミーリア・ユートピア子爵なのですが、エミーリアの養父が僕なので、名乗ることに問題はありません」


「それは実質的な領主じゃないか……本当にいつの間にか偉くなったな……しかも子爵位か……子に追い抜かれてしまうとは……」


 モーリスは少し寂しそうな顔をしている。僕がやっているのは開拓くらいだし追い抜いたということはないと思う。


「とにかく問題は何もありませんので、今後はアルヴィンでもチェイスでも好きな方で呼んでください!」


「私も結婚したらシエル・ユートピアになるのか……ますますプレッシャーだな……エイブラム様は喜びそうだね」


 ユートピアの内政を一手に担っている元王族のエイブラム・フレイス。僕をフレイス共和国に留めようとあの手この手で動いているが、僕が貴族名を名乗ることになれば確かに喜ぶだろう……


「じゃあ今後の方針も決まりましたし出発しますか。さすがに主要道は通れないので……道案内は父様に任せますね」


「任せとけ! イースフィルまでは二十日ってところか、長い旅になりそうだな」

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