第127話 イースフィルに戻った僕

 王都からノストルダム領に入りイースフィルの隣の領で馬車を買いイースフィルに向かった。馬車を引くのは普通の馬だが歩くよりはよっぽど楽でいい。


 馬車を買った町の先にある『リールの森』を抜けたところがイースフィルだ。リールの森には魔獣はほぼ住んでおらず、たまに猪や熊の魔獣が出る程度である。馬車で3日ほどかかりイースフィルに到着したが、今回の旅路でも魔獣が現れることはなかった。


 森を抜けた先、久しぶりのイースフィルの風景が飛び込んできた。森と畑だけが広がる光景は以前と変わりないようだ。イースフィルにいた晩年はかなり開拓に力を入れていたのでもう少し畑や家が増えたところを想像していたが、思うように領地開発ができていないらしい。


「以前と変わらない風景ですね。懐かしいな」


「俺も領地を離れることが多くて、思うように開発ができなかったんだ。せっかく開拓を頑張ってくれたのにすまない……」


 開発がうまく行っていないことに僕ががっかりしたと思ったのか、本当に申し訳なさそうな顔でモーリスが謝ってくる。僕が開拓した土地はいずれ役に立てばよいくらいの気持ちでやっていたので、気にすることはないのだが……


「とにかくまずは情報収集からだ。ハリソンの宿に向かおうと思う」


 ハリソンはイースフィル領に二人しかいないモーリス直属の部下兼兵士の一人で村唯一の宿の運営をしている。ハリソンの宿は普段泊まる人は全然いないので僕たちが潜伏するにはもってこいである。


 顔をフードで隠し馬車に乗り村を進む。秋の畑仕事が終わり、冬籠りの準備が終わると領民は家の中で革製品を作るなど内職作業をするため、ほとんど外に出ることが無くなる。家の外に出るのは開拓を行う領民くらいのものだ。


 村はいつもと変わらない様子で道にほとんど人はいないようで、なんなくハリソンの宿に到着した。宿の前では腑抜けた表情でハリソンが掃除をしていた。


「ハリソン元気がないようだがどうかしたか?」


 モーリスは顔を隠しているフードを少しめくり、ハリソンに話しかけた。ハリソンはすぐに気が付いたようだ。


「親方様! 嫌疑は晴れたのですか!?」


「馬鹿者! 声が大きい! 今はまだ脱走の最中だ。イースフィルで何が起こっているのか自分の目で確かめたくて戻って来たが……俺が捕らえられた後のことについて聞きたい。あと宿を探していてな。すまんが二、三日泊めてくれないか?」


 ハリソンは嫌がるそぶりも見せずに僕らを宿の中に入れてくれた。ハリソンが部屋のドアを閉めたところでモーリスがフードを外したため、僕とシエルもフードを外した。


「ハリソンすまんな。改めて紹介しよう、息子のアルヴィンとその婚約者のシエルさんだ」


 モーリスがニヤニヤしながら僕たちの説明をする。ハリソンはギョッとした顔で僕の顔を見る。


「アルヴィン様ですか!? 言われてみれば昔の面影が……しかしアルヴィン様は亡くなったはずでは……」


「色々ありまして、ユールシア連邦で生活していました。今回は別件で王国に戻って来たところを捕まってしまいまして……」


「……詳しくは聞かないことにしましょう……しかし、王国に戻って来たということはイースフィルの跡を継がれるお気持ちで?」


「いえ、本当に戻って来たのは別件でして……すぐにユールシア連邦に戻る予定でした」


「アルヴィン様がイースフィル領の跡を継がれるとなれば領民たちは皆喜ぶでしょうに……いえ、決してニックス様がダメという訳ではないのですが……」


「ハリソン、色々と言いたいことがあるのは分かるがまずは今の状況が知りたい。俺が捕まった後のことを教えてくれないか?」


「そうですね。親方様が捕まった後、クロエ様が領民を集められて話がありました。親方様が国家反逆罪の連座で捕まったこと、当面はクロエ様が代理で領を治め、ニックス様が成人後に正式に領主となるとの話でしたね」


「今はクロエが領主代理という訳か……王国も承認したということか?」


「いいえ、それはないと思います。王国から承認があったという話は出ておりません。もし王国からの承認があっていたとすれば間違いなくクロエ様はおっしゃるはずですからね」


「確かにそのとおりだな……ハリソン、今からここで話すことは他言しないでおいてくれるか? それがダメなら一旦部屋を出ていて欲しい」


「イースフィルにとって重要なことなのでしょう? 私の命は親方様とイースフィルと一蓮托生ですので一緒に聞かせていただきます」

 ハリソンは考えることもなく即答した。


「分かった、では一緒に聞いていてくれ。私としても一人で抱え込みたくない問題なのでな。アル、聞きたいのは五年前の魔獣狩りの際に心臓を一突きにされた時のことだ。結局犯人は誰だったのだ?」


 王都からの旅の間、一度も聞かれなかったことだ。モーリスとしても聞くのが怖かったのだろう。


「僕を刺したのはユグド教国枢機卿のルタですが、手引きしたのは義母様……クロエとのことです。」


 ハリソンは細めを見開いて僕を見ている。モーリスは対照的に眉間を手で押さえ目をつぶった。


「そうか……予想していた通りだが……聞きたくはなかったな。やはりクロエは俺が討つしかないな。今回クロエが代理を名乗ったことで大義もできた。貴族の代理を勝手に名乗るなど許されんことだ! これが王国に知れたらイースフィル改易の可能性もある。クロエを討って、後のことはニックスに任せよう。ハリソンはニックスを支えてやってくれないか?」


「もちろんニックス様のことはお支え致しますが……親方様はどうされるのですか?」


「俺はクロエを討ったら王国に自首することにする。まあ、派手に暴れたからな……運がよければ打ち首くらいで済むだろう」


「それは……」


 ハリソンはどうにかしてモーリスのことを止めたそうだが言葉に詰まっている。 


「ハリソン大丈夫だよ。父様のことはユールシア連邦に連れていくから。父様も自首しても何にもならないのでやめてください。当初の予定通り僕を脅す材料になるだけですよ。父様もルーナの成長を見たいでしょう?」


 モーリスは顎髭を触りながら考えているようだ。


「確かにそうだが……俺が捕まればイースフィルは許されるかもしれんし……」


「イースフィルは大丈夫ですよ。親方様の他にこの領を欲しがる貴族なんていませんし、ニックス様がうまく治めていってくれるはずです。親方様はユールシア連邦にお逃げください」


「……分かった。ハリソンには面倒をかけるが頼んだぞ。アル、俺に万が一のことがあった場合は、ルーナを頼む。リリーはアルのことを昔から溺愛していたし喜んで付いてくると思うが……まあ、ニックスもリリーのことを溺愛しているからニックスには恨まれるだろうが……」


 そういえば昔からニックスもリリーのことが好きだったな……


「分かりました。万が一の時はルーナとリリーは僕が責任を持って連れていきます。何事もないのが一番ですが……」


「頼んだぞ。では結構は明日の早朝にしよう。ハリソンはセオと一緒に領内の見回りに行っていてくれないか?」


「分かりました。セオには私から話しておきます」


「では、私がニックスの相手をしますので父様はクロエをお願いします。クロエを討ち次第、ルーナとリリーを連れて逃げましょう」


「言っておくがニックスは強いぞ。今では俺と肩を並べる程だ……とてもアルに相手ができるとは思わないが……」


「僕も昔の僕じゃありませんよ。ニックスには兄の威厳ってやつを見せてやりますよ」


「……分かった。なら任せるぞ! 明日の早朝襲撃だ。ニックスは庭で素振りをしているだろうから、アルが足止めをしておいてくれ。

その間に俺がクロエを殺る。ニックスのことはできれば殺さないで欲しい」


「もちろんですよ。シエルは馬車で待機してもらってすぐに出発できるように準備しておいてもらっていい?」


「それで大丈夫だよ。それよりチェイス君が強いのは知っているけど、本当に剣士の相手ができるの? ある程度のケガなら治せるけど、致命傷を受けたら私一人じゃ治せないからね?」


「さすがに近衛騎士団長レベルが出てきたら厳しいけど普通の剣士対策なら充分にしてきたから大丈夫だよ」


 真っ向からやり合えば僕が剣士に勝てることは絶対にない。だが、対剣士を想定していくつもの策を持っている。剣の勝負ではニックスに負けっぱなしだったし一回くらいは兄の威厳をニックスに見せないとね。

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