第95話 やましい思いを隠す僕
(自分だけ楽しい思いをして、俺を忘れて帰るなんて本当に信じられんやつだ!)
(だからごめんって。何度も謝っているじゃん。でも、オッ・サンの隔離ができることは大きな発見だったよ)
(まさか魔障壁ごときを突破できないとは思わなかったぞ……頼むからもう隔離しないでくれ……何もない空間に閉じ込められる気持ちが分かるか?)
(オッ・サンには全ての感覚が共有される僕の気持ちが分からないでしょ? おあいこだよ)
(それを言われると弱いが……)
ルアンナ邸にオッ・サンと魔剣を忘れてきたことで喧嘩になってしまった。僕が全て悪いので仕方がないが何日もウジウジと文句を言ってくるのでうっとうしくて仕方がない。
ルアンナは本当に眠りについたようで、ここ数日のユートピアは平和そのものだ。
僕はルアンナのことはもう考えないようにして、ドワーフが住む場所の開拓と火酒工場の建設に着手しているが、ドワーフの到着まではまだ時間があるためそこまで急ぐ作業でもない。そのため久しぶりに自由な時間が取れている。
エイジア王国からフレイス共和国に一緒にやってきたロックやライスもユートピアに移住してきているため、一緒に狩りにでも行こうかと思ったが、二人ともフレイス共和国首都オルレアンに仕事で行っているとのことだ。ライスとロックには製造した魔金属を運ぶ仕事を任せているため、一年の半分以上はユートピアにいないため仕方がない。
クリスはエリーに振られて以降、仕事に没頭しているため遊びには誘いづらい。ちなみにクリスとエリーとは今まで通りに会話もあるし特にぎこちない様子はない。
エリーはエイブラムから、いわゆる帝王学を学んでいるところで、日中は勉強か執務に専念しており、遊びに誘うとエイブラムに怒られることが目に見えている。
というわけで、消去法というわけではないが、シエルの治癒魔法院に向かうことにした。シエルの治癒魔法院が完成してからまだ一度も挨拶に行っていないので、婚約者として一度くらい挨拶に行ってもいいだろう。
今シエルの治癒魔法院では、首都オルレアンでシエルと一緒に学んでいた二コラとパティが一緒に働いているらしい。
二人ともシエルと同じくらいの時期に王立学園を卒業し、治癒魔法氏の資格を取得後、シエルの開業した治癒魔法院で働くためにユートピアに来たらしい。
シエルを助けたいとの思いもあったようだが、首都オルレアンにいるよりユートピアに来た方が良い男を見つけられるかもという打算的な思いでシエルに付いてきたようだ。
治癒魔法院はとても繁盛しているようで、三人とも忙しく働いている。数年前に見学したときより、三人とも治癒魔法の腕が上がっているようで、治療のスピードが速くなっている気がする。
お昼前には客が引けたので中に入った。
「お疲れ様。大繁盛だね、そんなにケガ人が多いの?」
「チェイス君来てくれたんだ。病気の人はほとんどいないんだけど、冒険者や建築士にケガ人がとても多いんだよ」
「チェイス様お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか?」
「二コラにパティでしょ? もちろん覚えているよ。なんか前会ったときと雰囲気変わったね」
猫をかぶっているのかどうか分からないが、以前に比べておしとやかになった気がする。
「もう良い年頃ですし、魔王チェイス様の前ですので」
「えー、魔王はやめてよ……もしかして裏ではそう呼ばれているの? それより今まで通り普通に話してよ」
二コラとパテーは顔を見合わせて笑っている。からかわれているだけだろうか?
「ごめんね。久しぶりに会ったし、なんて話していいか分からなかったから。でもチェイス君のことを魔王ってみんな普通に呼んでるよ」
「魔王って言うのはやめて欲しいんだけどな……ユートピアでは普通に暮らせると思ったのにオルレアンと全く変わらないよ。それよりマフィン持ってきたけど食べる?」
「ありがとう。お茶入れてくるから少し待ってね」
シエルがお茶を入れてくれるらしいのでその間二コラとパティと雑談を交わすことにした。
「ユートピアでの生活は慣れた? オルレアンと比べてお店も少ないし、まだまだ不便でしょ?」
「お店はオルレアンの方が多いけど、生活するには問題ないし、綺麗な家にも住めるから不便はないかな? 物価もオルレアンより安いし、食堂のご飯もおいしいしね。
シエルが住み込みで働かせてくれているから家賃がかからないのもありがたいよ」
「それならよかった。治癒魔法師の数は少ないし、もっと増やしたいから頑張ってほしいな」
「あと数年すれば弟子も取れるようになるし頑張るよ! でも弟子の前に結婚したいな……誰か良い人いない?」
「独身の人なら、冒険者のロックさんに商人のライスさん、町長のエイブラム様とかかな?」
「全員シエルから話を聞いて知っているけど、癖の強そうな人ばかりだよね……お金持ちなのは知っているけど……」
悪くないと思ったが確かに癖の強いメンツである。
「ちなみにどういう人が良いの?」
「理想はクリス様みたいな仕事もできるイケメンだけど、それはちょっと高望みだし……できれば同い年くらいでちゃんと仕事をしている人がいいな。でも冒険者や旅が多い商人は遠慮したいかも。未亡人にはなりたくないしね」
やはり女性からは冒険者の人気はないようである。確かに不安定な職業であるし、いつ死んでもおかしくないため分からなくはないが、冒険者は男のロマンであり残念である。
「ところでチェイス君とシエルはいつ結婚するの?」
「僕は成人後すぐにでもいいんだけどね……」
フレイス共和国での成人は十五才であり、成人後は正式に結婚できると共に人頭税の支払い義務が発生する。
「せめて十八才になってからかな。チェイス君はなぜか早く結婚したがっているみたいだけどね」
シエルが妙な笑みを浮かべながらお茶を持って戻ってきた。フレイス共和国都市部では十八才頃が平均的な結婚年齢で、二十二才を超えると行き遅れと言われてしまう。
「チェイス君も男の子だから仕方ないよね。シエルにお預けされたら私だって我慢できないもん」
二コラとパティはにやにやしながらこちらを見てくる。事実ではあるが言葉にされると恥ずかしいものがある。
「別にやましい気持ちがあって早く結婚したいわけじゃないけど……」
「シエルも少しは許してあげたら? このままだといつの間にかチェイス君に第二婦人ができているかもよ?」
「別に私は何人奥さんを作ってもらっても気にしないけどね。先日もルアンナさんのところから朝帰りされたみたいだし、第二婦人はルアンナさんかしらね?」
ねっとりとした嫌な汗が額から流れ出るのを感じる。シエルはニコニコしながらこちらを見ているが非常に怖い……
確かに朝帰りをしたが、それは事前に伝えていたし、他に怪しいところは何もなかったはずだ。そもそも貞操は守りきったのだ。やましいことがなかったと言えば嘘になるが……
「し、新築祝いのお祝いで帰してくれなかったからね。ルアンナ先生とは何度も旅に出たりしているけど、さすがに第二婦人はないかな」
思わず声がうわずってしまった。よく考えれば先日も商業都市に泊まりで出かけたし、今回の朝帰りはいつものことなのだ。
「……別にいいけどね。とにかく結婚は十八才になってから! それは絶対だからね! チェイス君も男の子だし、少し遊ぶだけなら気にしないけど、ちゃんと限度は考えてよ?」
「はい……分かりました」
なぜかシエルには全てが見透かされている気がする……
(天罰だ! ざまあみろ!)
オッ・サンが嬉しそうにしているのが非常にむかつく。
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