第94話 快楽にあらがえない僕

 結局スミス一族全員がユートピアに移住することが決定した。ガルがスミス一族の族長らしく、一人ひとり説得をしてくれたのだ。


 一族総員三十五人の大移動であるが、すぐにユートピアに向けて移動したいとのことだったため、旅費とは別に餞別に僕が作った酒、樽三つ分を渡し、僕たちもユートピアに戻ることにした。


ドワーフたちがユートピアに到着するまで何十日もかかるが、その間にドワーフたちの工房を準備したり、酒の準備をしたりとやることは盛りだくさんだ。


 フレイス共和国はブドウの産地であり、ワインは他国に輸出できるほど生産されているため材料に問題はないが、ドワーフが好む度数の高い蒸留酒を大量に作るためには工場の建設も必要になる。


 僕の魔法だけで作れないことはないのだが、酒を造るために時間を取られるのは嫌だったので、世界樹の根から吸い取った魔力で工場を作るのが一番である。せっかくなのでこのお酒をユートピアの名物にしてしまおうと思っている。


「ふう、今回の旅は以外に疲れたな。しかしうまくいって良かったな。ドワーフが三十五人も来るとなるとかなりの戦力になるし、開発速度も大きく上がりそうだな」


 ルアンナは商業都市にいる間ほとんど酒を飲んでいただけのような気がするが、移動の役には立ったのでそのことは黙っておこう。


「二、三人来てくれればいいかなと思っていましたけど良い誤算でしたね。ドワーフの住居の建設など色々と忙しくなりますね。そういえば先生の屋敷はそろそろ完成するんじゃないですか?」


 ルアンナが金に糸目を付けずに依頼したためか、相当な早さで工事が進んでいる。商業都市に行く前には外観はほぼ出来上がっていたので、もしかしたらそろそろ内装も完成しているかもしれない。


「そうかもしれんな。屋敷が完成したら完成祝いをせんといかんから一日空けといてもらっていいか?」


「丸一日ですか!? それは長すぎでしょ!」


「師匠命令だ! 今回移動にかかった日数を考えれば一日くらいなんてことはないだろ」


「そう言われると弱いですが……分かりました。一日だけですよ? 延長はしませんからね!」


 このときルアンナの言葉に素直に同意してしまったのがそもそもの間違いだった気がする。

 







 数日後ルアンナ邸が完成したとの知らせを聞いたため、新築のお祝いを持ってルアンナ邸に向かった。ルアンナには酒が一番いいだろうから、エールや果実酒などを樽単位で運び込むことにした。


「よく来たな。まあ、そこに座れ! とりあえず飲むぞ」


 有無も言わさずソファーに座らされ、コップに酒を注がれた。二階建てのルアンナ邸は貴族の屋敷さながらの大きさと豪華さである。真っ白の壁は漆喰であろうか? 床には高そうな石が敷き詰められている。どこからお金が出てきたのかは分からないがとにかく再上級の材料が使用されているようだ。


今飲んでいるのはおそらく客間であろうが、床には赤いじゅうたんが敷き詰められており、ガラス作りの魔灯が非常に豪華である。なぜか部屋の隅にベッドが置かれているのが気になるが……


 メイドと思われる若い女性がどんどん料理を運んで来る。そして僕はルアンナに進められるままに酒を飲んでいく。さすがルアンナが準備した料理と酒だけあってとても美味しい。以前食べたドラゴン肉にも匹敵するような美味しさだ。


「新築祝いってことですけど他に参加者はいないのですか?」


「私とアル君だけだ。まあとにかく飲め」


 今日はアル君と呼ぶらしい。なぜかいつもよりルアンナとの距離が近いような気がする。


「ところでアル君はもうシエルとはしたのか?」


「突然何を聞くのですか!?」


 思わず口に入れていたお酒を噴き出しそうになる。


「まあ、私たちの仲じゃないか。少しくらい教えてくれてもいいだろう?」


 やはり今日のルアンナはどこかおかしい気がする。


「まだですよ。結婚するまでは清い付き合いしかダメだって言われていますので」


「ということは、アル君はまだ童貞か。そうかそうか」


 ルアンナは嬉しそうに笑い出した。


「実はな、今日はアル君にお願いがあって呼んだんだ」


 なぜだろう、すごく嫌な予感がする。無言でいるとルアンナがそのまま続けてしゃべり始めた。


「お願いと言うのは私と子どもを作って欲しくてな。それで今日は一日開けてもらったんだ」


 無言で立ち上がりドアノブに手をかけたがドアが開かない。完全にはめられたようだ。


「無駄だ。私が魔力供給を止めるまでそのドアは開かん。心配するな。トイレと風呂はそこにあるし、食事は隣の部屋からメイドが持って来てくれる。完全防音だし何も気にすることはないぞ」


 壁に向かって火魔法と土魔法を打ってみたが魔障壁が張られているようで全く効果がなかった。


(こりゃ外に出るのは無理だな。ルアンナの魔力だけじゃなく俺たちの魔力を使って魔障壁を作っているみたいだから中にいる全員の魔力が尽きるまでこの魔障壁は解除されんぞ)


 部屋を出るのは無理だと分かったため、再びソファーに座り込んだ。


「それで、なんで先生は子どもが欲しいんですか?」


 何か理由があるのかと思い聞いてみる。


「そろそろ私も年だからな。ピークを過ぎる前に転生しようと思っている」


 ちょっと話が見えなくなってきたが、快楽のために子作りがしたいわけではないみたいなので少し安心してしまった。


「よく意味が分かりませんが詳しく聞いてもよろしいですか?」


「私は魔族で竜人族だという話はしただろう? 竜人族は先祖から伝わる秘術を使って転生することができるのだが、そのためには依り代が必要でな。別に依り代は私だけでも作れるんだが、何代も続けて自分だけで依り代を作ると徐々に劣化していくんだ。だから、たまには外から優秀な種を貰うことにしている。うまく行けば今以上の力も手に入るしな。私が優秀な者の家庭教師を無料で引き受ける理由でもある」


「通常の子作りとは何か違うんですか?」


「やることは普通の子作りと一緒だ。だが、依り代を作るときは私の秘術で作った欠片に受精させる。受精が成功した時点で私の自我はなくなり、受精した欠片に自我が移ることになるんだ。後の世話はメイドに任せてあるからアル君は私を孕ませた後は気にせず今までどおりに生活していいぞ」


「そう言われましても……そういえば先生! ヒュムの魔族の間の子は全てヒュムになると聞きましたが、それでは竜人族の血を引き継げませんし、それではまずいんじゃないですか?」


 魔族は同種族間でしか子が作れないし、ヒュムと子を作った場合、子はヒュムになってしまうのだ。


「大丈夫だ。ちゃんと竜人族に転生できるから心配するな! そのあたりをどうにかしてしまうからこその秘術だからな」


(人助けだと思ってルアンナに協力してやるぞ。チェイスにとっては何もデメリットはないしな)


(他人事だと思って……オッ・サンはルアンナの体を味わいたいだけでしょ! それにしても……今後のことも考えるとオッ・サンとの感覚共有を遮断する方法を考えなきゃいけないな……)


 試しに魔剣とオッ・サンに魔障壁を張って閉じ込めてみた。


(オッ・サン、聞こえる?)


 何も返事はない。意外に簡単にオッ・サンは隔離できてしまえるようだ。部屋の隅に魔剣とオッ・サンを隔離して、念のため上から布をかぶせた。


「何をしているんだ? まあ、いい。アル君がどうしても嫌だと言うなら私も諦めよう。酒でも飲みながらゆっくり考えてみてからでも遅くはないだろう?」


 とにかく部屋からは出られないようなので再び食事とお酒に手を付ける。ルアンナが僕を誘惑するように膝に手を当てて腕に胸を押し付けてくる。


「どうだ? まだ我慢できるか?」


 膝に置いた手が徐々に上に登ってくる。そして、何かがおかしいことに気が付いた。心の底から抗いようのない欲求が襲ってくる。ルアンナの手の動きと合わさりとても我慢できそうにない。


「もしかして……ドラゴン肉……先生……はめましたね……」


「アル君に美味しい物を食べてもらおうと準備したんだ。とってもおいしいだろう?」


 ルアンナの右手が僕の左ほほをなでる……ここから先の記憶はあまり残っていない……ということにしておこう。


 だが、僕の名誉のために言うならば、貞操は守り切った。種さえあれば依り代を作ることができるらしく散々搾り取られてしまったが……


僕が正気を取り戻した時には既にルアンナの意識は無くなっているようでベッドの上に寝かされていた。ルアンナの目論見は無事達成できたようだ。


数年後、幼女となったルアンナ先生が母体を破り出てくるそうだが……先生の世話は執事に任せ僕は家を後にすることにした。


しかし何かを忘れているような気がする……

 

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