第93話 ドワーフを勧誘する僕
ドワーフのスミス一族が住むのは商業都市を囲む外壁の外側であった。そこに自ら外壁を作成し、一族のみで生活をしているらしい。普段はあまり人付き合いはしないが、自分たちの興味のある技術のことやお酒のことに関しては途端に饒舌になるとのことだ。
「門はあるが門番がいるわけではないんだな。とりあえず入るか」
ルアンナが何の躊躇もなく門を開けて入っていくので僕もその後に続く。門の先には、様々な工房が立ち並んでいるのが見えた。妙な臭いがするのは薬師の工房、屋根から煙が立ち上り金属を叩く音が聞こえてくるのが鍛冶工房であろうか。
「誰も通りを歩いていませんね。働き者ばかりなのですかね?」
「ドワーフの職人は仕事をするか酒を飲むくらいしかせんからな。とりあえず鍛冶屋に行ってみるぞ」
入り口近くにあるのが鍛冶屋のようだったのでそこに入ってみることにした。
「邪魔するぞ。少し話を聞きたいが頼めるか?」
「邪魔するんじゃねえ! 今忙しいんだ! 帰れ、帰れ!」
一応返事はしてくれたが相手をしてくれそうな気配は全くない。ルアンナに交渉を任せても無駄であろうから話を変わった。
「フレイス共和国ユートピア子爵の代理で参りましたチェイスと申します。まだ極秘ではありますが、ユートピアでは魔金属の開発に成功しまして、私たちで作ったミスリルで武器を作っていただきたく参りました。お土産にユートピアの火酒もお持ちしましたので飲みながらお話を聞いていただけませんか?」
ドワーフの職人の手が止まり、立ち上がってこちらを振り向いた。身長200センチはありそうな大男で、他のドワーフに比べても大きいかもしれない。
「なかなかおもしろそうな話だな! 他の国の火酒も気になるし話くらい聞こうじゃねえか! ゼニー! ギルも呼んで来い! 酒があると言えばすっ飛んでくるだろう!」
ゼニーと呼ばれる女性のドワーフが別のドワーフを連れて来た。こちらのドワーフもかなり大きい。
「フレイス共和国の火酒だそうだ。ギルも飲むだろう? あと酒のつまみにおもしろい話もあるらしいぞ」
「話の方は期待しませんが、火酒には興味があるので頂きましょう」
「俺がガルで、こっちが弟のギルだ。俺が鍛冶師で弟が錬金術師だ。それより早く酒を頼む! めちゃくちゃ良い香りが漂ってくるぞ」
「すぐに準備しますね。僕がユートピア子爵代理のチェイスで、こちらが同じく代理のルアンナです」
自己紹介をしながらコップに酒を注ぐ。ゼニーも飲みたそうだったのでゼニーのコップも用意して酒を注いだ。
「香りも良いが色もいいな。まるで黄金のようだ。では早速頂くとしよう」
三人とも一口で飲みほした。見ているだけで胸焼けがしそうな光景である。
「これはうめえ! こんな強い酒初めて飲んだぞ!」
「私も初めてですね……もう一杯いただいてもよろしいですか?」
三人とも酒の味には満足のようだ。自分たちで次々に注いで飲み始めている。小樽とはいえ十リットル以上入っているが、このペースだとすぐになくなりそうだ。ルアンナはゼニーから出してもらったドワーフの火酒を飲んでいるためおとなしくしている。僕の前にも火酒が出されたがあまり飲む気はしない。
「お酒を飲みながらで良いので聞いてもらってもよろしいですか? ユートピア領では魔金属、ミスリルの製造を行っておりまして、毎月一トンほどが生産できています。製造した現物をお持ちしましたのでご覧いただいてもよろしいですか?」
ミスリルのインゴットを腰袋から取り出して見せた。
「魔金属を製造したっていうのか。それが事実ならとんでもねえことだな。ギル、ちょっと品質を見てもらっていいか?」
ギルがミスリルのインゴットを舐めるように鑑定する。
「品質は中の中ってところですね。悪くはありませんが、特質するものではありません。品質だけで言えばストーリア共和国産のミスリルの方が格段に上ですね。ただ、これを人工的に作ったと言うことであれば驚きですが」
ギルからミスリルのインゴットを返された。
「僕も同じ感想を持っています。鍛冶ギルドに飾られているガルさんの剣にはもっと質の良いミスリルが使われているようですし、今の私たちの技術では中品質のミスリルを作るのが限界でしょう」
正直ミスリルの品質の違いは僕にもオッ・サンにも全く分かっていないため適当なことを言っている。
「まだこれは僕の推測の世界ですが、純度百パーセントのミスリルより若干他の金属が混ざったミスリルの方が品質が高くなるように感じています。今お出ししたのがほぼ純度百パーセントのミスリルですが、こちらは若干鉄が混ざったミスリルです。比べてもらってもよろしいですか?」
ギルが二つのミスリルを持ち比べる。
「最初の方は中の中の評価ですが、こっちは中の下といったところですね」
「いくつか実験をしたのですが、どうしても純度100%のミスリルの質を超えるモノは作れないのが現状です。もし、ドワーフの知識があれば、もっと品質の高いミスリルを作れるのではないかと思い今日は伺わせてもらいました。スミス一族の力を借りればミスリルを超える金属でさえ作り出すことが可能だと思っています」
ギルは自分のコップに火酒を注ぐと一気に飲み干して答えた。
「思った以上に面白い話でしたね。良い酒のつまみになりました。一つお聞きしたいのですが、ユートピアに行けばこのお酒はもっと飲めるのですか?」
「ええ、どれだけの量でも準備しましょう」
ギルが黒く焼けた唇をにやりとゆがませた。僕もそれに合わせてにやりと笑った。
「兄者、私はユートピアに行くことにしますが兄者はどうしますか?」
「もちろん俺も行く。チェイスと言ったな? ユートピアには何人まで行ってもいいんだ?」
「何人でも大丈夫です。ご要望とあれば、この集落と同じ規模の集落をユートピアに準備しましょう」
「一族の他の者の説得を今からする。下手すれば一族全員での移動になると思うが……この酒はまだあるか?」
「それは素晴らしい! ユートピアには非常に魔力濃度が高い森もありますし、そこには貴重な魔獣や植物が数多く存在しています。研究者や技術者にとってはとても素晴らしい環境だと思いますよ。お酒はとりあえず樽一杯持って来ればいいですかね?」
「ああ、頼んだ。移住するのはすぐにでも大丈夫だが、何をどこまで準備してくれるんだ?」
「各自に工房と設備までは準備します。移動にかかる費用も全部こちらで見ますし、生活が安定するまでの間の費用も見ます。他にご要望があればなんなりとおっしゃられてください」
「それだけで十分だ。いや、さっきの酒は飲み放題で頼む。なら三日後にまた来てくれ。それまでに一族の者に話をしておく」
「分かりました。ではさきほどの酒は後で運ばせますのでよろしくお願いしますね」
交渉はうまくいったようだ。早速火酒を準備しようと集落を離れようとしたが、ルアンナが飲み足らなかったらしく、その日は結局夜遅くまで飲み明かしてしまった。
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