第90話 師匠と再会する僕

 魔金属の生産や領地の開拓は順調に進んでおり、第二区画の販売用地にも続々と建物が建ち、領外からの移住者も続々と増えてきている。また冒険者たちはエリック樹林で相当な魔獣を狩っており、それを目当てに多くの商人が集まっている。


 今まで未開拓だったこともあり、貴重な魔獣の素材が数多く取れていて、冒険者や商人たちは相当な金額を稼いでいるようだ。稼いだお金で家を買ったり、店を持ったりと領内の経済はどんどん回っているようだ。そのおかげもありユートピア子爵領は急激な発展を遂げている。


 順調に開発が進んでいるユートピア子爵領に一つの問題が起きた。いや、問題が現れたと言った方が正しいだろう。


「第一区画で冒険者と思われる赤髪の女性が暴れており、衛兵が十人以上やられました! 女はチェイス様を出せと言っておりますが……早急なご対策を!」


「ご主人様、どうしましょう?」


「冒険者ギルドに依頼して取り押さえてもらってもいいけど……その女性冒険者のことを教えてもらってもいいかな?」


 僕には赤髪の女性、しかも衛兵十人以上を倒せる人物について心当たりがあったのだ。何か悪い予感がしてきた……


「年齢は二十代後半くらいでしょうか、褐色の肌に赤い長髪で顔立ちは非常に整っていますが、魔法と剣技を使いこなし、衛兵レベルでは手が付けられません」


「……僕が行くから君は先に他の衛兵たちを避難させてもらっていいかな」


 報告に来た兵は急ぎ部屋を出ていった。


「ご主人様がいかれるのですか? 一人では危険では? 私もご一緒します」


「多分知り合いだと思うんだよね……そうだね、エリーにも来てもらおうかな……」


 エリーを連れて問題の場所まで向かった。現在、子爵のエリーをはじめ僕たちは第二区画の仮設子爵邸に住んでいる。問題の起こった第一区画まではすぐだ。


 現場は衛兵たちが何人も倒れこんでおり、野次馬も数多く集まってきた。野次馬の中心にいたのは予想通り、あの人だった。


「……ルアンナ先生何をしているんですか? おっと僕はチェイスですよ!」


 ルアンナが僕のことをアル君などと呼ばないように釘を刺しておいた。


「おお! 探したぞ! しかし大きくなったな! 隣にいる小っちゃいのはお前の嫁か?」


 エリーは恥ずかしそうに照れているが、子爵に向かってこの態度、エリーは怒ってもいいところだと思う。


「お久しぶりです。こちらはエリーミア・ユートピア子爵です。今の発言は下手したら打ち首ですよ。とりあえず、ここでは何なので子爵邸にご案内致します」


「長旅で腹も減ったから食事も頼むぞ」


 相変わらず自由な人である。


「ええ、ベーコンに酒を用意させますよ。兵士長、申し訳ないですが、怪我をした人を治癒魔法院まで頼みます。治療費や休業補償は僕が払いますので後で請求を回してください」


 ルアンナを僕たちの住居まで案内することにした。


「しかし子爵邸なのにえらく小さいな。まあモーリスの家も貴族のくせに狭かったしな」


 本当に遠慮なくズバズバものを言う人である。 


「まだこの町は開発中ですからね。子爵邸も今から建設するところです。食事の準備はしておきますからその間に風呂にでも入ってきてください」


 無理やりルアンナを風呂に追いやり、食事の準備を始めることにした。


「エリーごめんね。あれでも一応僕の魔法の師匠なんだ。無下にもできないし、食事の準備を手伝ってもらっていいかな? 僕はお酒を用意するからエリーは料理を頼むよ。とりあえずベーコンを出しておけば満足すると思うから」


「では、ベーコン料理と晩御飯に出そうと思っていたから揚げがありますので、それをお出しします。出来次第、料理を出していきますのでご主人様はお相手をお願いします」


 しばらくするとルアンナがお風呂から上がってきた……真っ裸で。


「ルアンナ先生、お酒の準備はできていますので、とにかく服を着てください」


「細かいやつだ。美女の裸がただで見られて運が良いとは思わんのか」


 ルアンナはぶつぶつと文句を言いながらもなんとか服を着てくれた。シエルが帰ってくる前に服を着てくれて本当によかった。


「さあ、とにかく飲むか! 子爵様が料理を作ってくれているのか? なんだか悪いな」


 本当に悪いと思っているのかどうか不明だが、さっさとエールを手に取り飲み始めたところを見ると別段悪いとは思っていないのだろう。


「このエール……冷えているし炭酸が入っているな……乾いた体にはこれ以上ないほどに最高だな!」


「先生は炭酸を知っているのですね。魔法で二酸化炭素を入れたのですがおいしいでしょ?」


「酒蔵で飲めば炭酸入りの酒も飲めるからな。だが、冷えた炭酸入りは初めてだ。これはくせになりそうだ、今度作り方を教えてくれ」


「それはいいですけど……それより! なんで先生は街中で暴れていたのですか?」


「オルレアンでチェイスっていう他所から来た魔法使いの子供がこの地方の開発をしていると聞いてオリジンに来たのだが、チェイスを探しているというと衛兵に捕らわれてしまってな。ちょっとイラっとしたからぶっ飛ばしただけのことだ」


「……衛兵には先生のことをよく伝えておきますので、もう暴れないでくださいね……」


 呆れながらもエールを飲んでいるとエリーが料理を持って来てくれた。ベーコンステーキにジャガイモとベーコンの炒め物、ベーコンのフライと本当にベーコン尽くしで持って来てくれた。


「子爵様に料理をさせて悪いな。しかもベーコン尽くしとは……実にすばらしい領地だ。しかしそのエルフ……いや、なんでもない」


 ルアンナは何か言いたそうであったが言葉を飲み込んだ。どうせろくでもないことを言おうとしただけであろう。


「エリーは子爵ですが料理も上手ですからね。ベーコン以外にもいろいろありますんでいくらでも食べてください」


「それは楽しみだ。しかし、子爵を呼び捨てとはチェイス君も偉くなったものだ。伯爵くらいになったのか?」


「ただの一般市民ですよ。エリーは僕の養子なので呼び捨てなだけです」


「いろいろと複雑だな……時間はあるしこっちでの話を聞かせてくれ」


 ユールシア連邦に来てからの話……少々長い話になりそうだ。

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