第89話 エリーとクリスそれぞれの思い

 ご主人様のためであれば何でもすると思っていたが、まさか貴族になってくれと言われるとは思わなかった。貴族については良いイメージを持っていないし、自分がなろうと考えたこともなかった。


 だけどエイブラム様の一言で貴族になることを決意した。


「とりあえずチェイスの養子として貴族になってもらうが、養子を妾にすることなど貴族の間ではよくあることだ。うまくすれば、第一夫人は無理でも第二婦人程度なら狙えるかもしれんぞ」


 ご主人様とずっと一緒に居られれば満足だと思っていたが、ご主人様の妻になりたくないと言えば嘘になる。一緒にいるだけじゃなくてできれば愛して欲しいと思うのはわがままかもしれない。だけど、エイブラム様の言葉に私の心は引っ張られ、貴族になることを承諾した。


 ご主人様もエイブラム様もとっても優秀なようで、私が貴族になる話はとんとん拍子に決まって行った。どのような手段を使えば元奴隷でエルフの私が貴族になれるのか疑問であったが、二人にかかれば何の問題もなかったようだ。


「いきなり子爵の貴族位が貰えるらしいよ。ちょっと他の貴族に心付けを渡しすぎちゃったかも……二十日後に首都オルレアンで爵位の授与が決まったけど、家名を決めなくちゃいけないみたいなんだ。エリーの希望を聞きたいけど何かあるかな?」


「……ユートピアがいいです」


 少し考えてご主人様に伝えた。いつ、誰が話していたかは忘れたが、この世には誰もが幸せに暮らせる理想郷があるという。色とりどりの花が年中咲き乱れ、住む場所や食べ物には困らず、争いや差別もない。そんな理想の世界のことを古語で『ユートピア』と言うらしい。


「ユートピア子爵領エリーミア・ユートピアか……『ユートピア』はユグドラシルの勇者にも出てきた言葉だけど、理想郷って意味だったっけ? なんかエリーらしいね。じゃあ、それで決定。エリーはユートピアをどんな領地にしたいって希望はある?」


「難しいことは分かりませんが、ご主人様が幸せに暮らせる領地にしたいです」


「できれば僕以外のみんなも幸せに暮らせる領地にして欲しいけど……あとエリーも幸せに暮らせる領地じゃないとね」


「ご主人様が幸せなら私も幸せなので大丈夫です」


 ご主人様は照れ臭そうにしていたが、私の頭を撫でるとすぐ去って行った。最近ご主人様はとても忙しそうで、とても疲れているようだ。今日は久しぶりにご主人様の好きなハンバーグとから揚げを作ってあげようと思った。









 エリーが奴隷から解放されたときに自分の気持ちをエリーに伝えようと思っていたがなかなか決心がつかずに、ズルズルと過ごしてしまっている。


 確かにここ最近は忙しく、エリーと話す時間もあまりなかったがそれは言い訳に過ぎないだろう。そのような日々を過ごすうちにエリーが貴族になる話が着々と進み、爵位の授与式も近づいてきた。


 なんとか爵位授与までにはエリーに気持ちを伝えたい。チェイスやシエルにも背中を押され、やっと気持ちを伝える決心をした。


 今、家の中には僕とエリーしかいない。チェイスとシエルは気を利かせて外出してくれている。


「エリーは好きな人っているの?」


 まずは軽い会話から始めるつもりだが、あまりに緊張すぎていきなりとんでもないことを聞いてしまった……


「好きな人ですか? ご主人様が一番好きですけど……」


「エリーがチェイスのことを好きなのは知っているけど、そうじゃなくて、恋愛対象として好きな人はいるのかなと思って」


 こうなればやけくそだ。このまま突っ走ってしまおう。


「恋愛対象ですか……やっぱりそれでもご主人様が好きです」


 あどけない表情で話しているエリーはとてもかわいいのだが、チェイスのことが好きすぎると分かってちょっとへこんでしまう。


「そっか……エリーはチェイスのことが大好きだもんね」


「はい! ご主人様のことが大好きです。クリス様は好きな人はいるのですか?」


 思ってもいないカウンターが飛んできてしまったがこれはチャンスな気がする。


「僕は……エリーのことが好きなんだ。もう自分の気持ちを抑えられなくて、今日は気持ちを伝えようと思っていたんだけど、緊張しすぎていきなり変なことを聞いちゃってごめんね。できれば僕と将来一緒になって欲しいと思っているんだけど、エリーの気持ちを聞かせてくれないか?」


 言えた……やっと気持ちを伝えることができた。だが、エリーは俯きながら少し困った表情を浮かべている。


「クリス様の気持ちはとっても嬉しいのですが……今の私にはご主人様以外を見ることができません……ご主人様にはシエル様もいますし、叶わぬ恋だとは分かっています。私の気持ちが恋なのかどうかも分かりませんが、それでも私はご主人様の側にいたいのです」


 エリーは申し訳なさそうに答えた。思わず泣きそうになってしまった。


「そっか……ごめんね。もし、本当に、もし、でいいから、その気持ちが変わることがあれば教えてくれないかな? 僕はいつまでも待つから」


 エリーが小さく頷いたような気がしたが目から溢れる涙でよく見ることができなかった。


 あまりに格好悪い姿だったため、これ以上この姿をエリーに見られたくないと思った僕は家を出て酒場に入った。振られて酒を飲むなど格好悪くてたまらないが、こうする以外に自分の気持ちを落ち着かせる方法が思いつかなかった。


 しばらく一人で飲んでいるとチェイスが隣にやってきた。何か話すわけではなく僕の隣で酒を飲んでいるだけだ。


「振られちゃったよ……振られて酒場で酒を飲むなんて最高に格好悪いよね」


「家に戻ったらエリーが暗かったからね。そうじゃないかとは思ったけど……」


 それだけ言うとチェイスが追加でエールを頼んでくれた。いつの間にか空になっていたようだ。


「いつもはエールなんて飲みたいって思わないのにね……」


 また涙が出てきた。チェイスは相変わらず何も言わずに横にいる。周りが騒がしくなってきたと思っていたら、徐々に静かになってきた。相当長い時間ここにいたようだ。


「帰ろうか……エリーに心配かけちゃうしね」


「もう大丈夫? 無理して帰らなくても一晩くらい付き合うよ?」


「大丈夫。エリーには振られちゃったけど、エリーの側にいることは止めないつもりだし、戻らなきゃ。エリーにとっては迷惑かな?」

「エリーもクリスが帰るのを待っているはずだよ。帰ろうか」


 本当にチェイスは憎たらしいくらいいいやつだ。チェイスに会えたことは僕の人生一番の幸運だと思うし、この先何があってもチェイスが最高の友達だと言うのは変わらないだろう。


 エリーの気持ちが簡単に変わらないことは分かっている。もしかしたらエリーにとっては迷惑かもしれないが、それでも僕はエリーの側にいたい。振られはしたが、エリーが嫌と言わない限りは側にいて、エリーの幸せを支えようと思う。エリーの幸せがチェイスと一緒になることだとしても……

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