第88話 エリーを貴族にする僕

「エリーミア・ユートピア、そなたにフレイス共和国ユートピア子爵領を与える。以後、フレイス共和国発展のために尽くすように」


 エイブラムの父でもある、フレイス共和国の評議員フェルナンド・フレイスからエリーに剣が与えられる。エリーは震える手足を押さえながらもなんとか前に進み剣を受け取った。僕はエリーの従者として後ろで片膝を立ててエリーの後ろに仕えている。


 エリーが剣を受け取ったことで、叙爵の儀式は終了し、晴れてエリーはフレイス共和国の貴族となった。


 フレイス共和国の貴族は領土貴族のみであり、十八の地方の長のみが貴族を名乗れる。今回十九カ所目の地域としてユートピア地方が認められ、その長としてエリーが子爵に任命された。


 爵位など簡単に与えられるものではないが、僕をつなぎとめておきたいフレイス共和国の思惑や、エイブラムや僕が賄賂で懐柔した貴族たちの後押しもあり、今回爵位が与えられることになったのだ。


 なぜエリーに爵位が与えられることになったかというと少し時間が遡ることになる。






「イリスのじいさんも俺の親父もそろそろチェイスに爵位を受け取らせろとうるさくてたまらん! いいかげん貴族になったらどうだ?」


 最近エイブラムと顔を合わせるとこの話ばかりだ。僕に爵位をとの声が日に日に大きくなっているらしい。


「まだ借金も残っていますし、もう少し待ってもいいんじゃないですかね?」


「駄目だ! 共和国として魔金属の製造ができるお前を手放したくはないらしく色々とうるさいんだ。万が一にでもチェイスを国外に逃がしてしまったら、じいさんどもに何を言われるか分かったもんじゃないからな。いい加減諦めろ」


 魔金属の製造は順調で予定通り魔金やミスリルを製造できている。製造した魔金属はほとんど国に買い取ってもらっているため僕が魔金属の製造ができるということも広く知れ渡ってしまっている。


「分かりました。ただし、条件があります。爵位を頂くのは僕ではなくエリーミアにしてください!」


「エリーミアというとお前の奴隷のエルフか? それは無理だろ」


「もう解放しましたので奴隷じゃありませんよ。とにかくそれ以外の条件では僕は飲みませんよ! 場合によってはこの国を出て行きますからね!」


「待て! それだけは困る! ……ではこうしよう。エリーミアに爵位を与えてチェイスがエリーミアと結婚するのはどうだ? それならどうにか交渉できると思うぞ」


「それはまた色々と別の問題が出てくるのでダメです」


 僕がシエルと婚約中ということもあるし、クリスがエリーのことを好きだという問題もあるためエリーと僕が結婚する選択肢はありえない。


「本当に融通が利かんやつだな……ではエリーミアをチェイスの養子にするというのはどうだ? 養子をとって爵位を譲るということはよくあることだし問題はないだろう?」


「養子ということなら、エリーが同意してくれれば大丈夫です。ただ、エリーに爵位の話は全くしていないので今から説得しますので一緒に説明をお願いします」


 僕としてもエリーに貴族になってもらわないと困るので何としても説得したいところであるが、僕だけでは不安が残るためエイブラムに協力してもらうことにした。


「面倒だが仕方がないな……早速エリーミアを呼んでくれ」


 エイブラムとしてもだいぶ追い詰められているようで早速エリーがエイブラムの部屋に呼ばれることになった。


 しばらくして、エリーがやってきた。部屋に入るときはオドオドしていたが僕の顔を見て安心したようでいつものエリーにすぐに戻ったようだ。


「エリー忙しいところにごめんね。とりあえず座ってお茶でも飲みなよ」


 エリーを椅子に座らせて紅茶をカップにそそぐ。


「チェイス本当にこの子で大丈夫か? チェイスが推薦するくらいだし能力的には問題ないと信じているが、まだ若いし色々と経験が足りなすぎるんじゃないか?」


「ええっと、ご主人様、何のお話でしょうか?」


今までエリーに爵位の話などしたことがなく、当然、エリーはなぜ自分が呼ばれたのか理解できていないようでカップに注がれた紅茶にも手を付けられないようだ。


「実はねエリーにお願いがあって呼んだんだ。僕の子供になってくれないかな?」


 エリーは何のことだが分からないようで首を横に傾げた。エリーは本当に素直でかわいいと思う。見ているとニヤニヤしてしまう。


「その説明で分かるか! もういい! 俺が説明する! 実はチェイスに爵位を与える話が合ってだな。ただ、チェイスは爵位を受けたくないと聞かないもので、エリーミア、お前に白羽の矢が立ったんだ」


「よく分かりませんが、ご主人様が爵位を受けられるように説得すればよろしいのですか? 私としてもご主人様が爵位を受けられるのであれば喜ばしいことなので協力したいですが……」


「それで説得出来ればいいがチェイスは頑固だから、いくら説得しても無理だろうな。もう俺はチェイスを貴族にすることは諦めた。そこで、エリーミア、お前にチェイスの代わりに貴族になってもらいたい」


 エリーは混乱したようにエイブラムと僕の顔を交互に見てくる。混乱しているエリーもかわいいと思う。


「突然の話で理解できないのも仕方ないと思うが、当然俺たちも全力でサポートするし、何も心配することはない」


「私が貴族になると言うことですよね? ちょっと想像できませんし、ご主人様を差し置いて貴族になるなど私にはもったいなさすぎて……」


 エリーは難色を示している。突然貴族になってくれと言われればそれも仕方ないだろう。


「だからエリーに僕の養子になって欲しいんだ。僕は養父としてエリーを支えるし、エイブラム様も色々と助けてくれるだろうし、エリーにお願いできないかな?」


「エリーミアちょっと来い。いいか、…………………………………………………………………………」


 エイブラムがエリーを呼び出し耳打ちした。なぜかだんだんエリーの目が輝いてきたような気がする。


「ご主人様分かりました。私はご主人様の養子になり爵位も受けとります! すべてはご主人様のお望み通りに」


「そうか、そうか! よしこれで問題は解決だな! 俺は中央に説明に行かないといかんし、他の貴族への説明もあるからこれで失礼する。爵位の日が決まったらまた知らせるから頼んだぞ!」


 エイブラムはそう言い残し去っていった。一体エリーに何を吹き込んだんだ……







 そのような流れでエリーが爵位を受けることになり今日に至る。まだ若く、エルフのエリーが爵位を受けることを良く思わない貴族も沢山いるとのことだ。実際、今も鋭い視線でエリーのことをにらんでいる貴族が何人もいる。


 爵位の授与式は無事に終わったがその後が大変だった。開拓や魔金属開発の利益を少しでも得ようとする貴族たちがエリーに群がってきたのだ。幼いエリーであれば簡単に落とせると思ったのだろう。


 エイブラムと僕とでなるべく角が立たないように断ったが、最後まで諦めなかったのが、デンゼル・サマケット侯爵、以前シエルにしつこく絡んでいたグレッグ君の父親だ。サマケット侯爵はフレイス共和国西部を治める貴族でイリス教の枢機卿でもある。


 デンゼル侯爵が目の前に来たときエリーの顔が強張った。


「エリーミア子爵お初にお目にかかる。サマケット領侯爵のデンゼルじゃ。サマケット領には優秀な技術者が沢山おってな。ぜひ魔金属の共同研究をお願いしたいのじゃがどうかのう? サマケットと友好が築けるのはユートピア子爵としても悪い話ではないと思うがのう。本来エルフ程度に我が息子はもったいないが、いずれは長男のグレッグをユートピア領に婿にやっても良いぞ」


 エリーは苦笑いをしながら話を聞き流しているが、デンゼル侯爵はそれをいいことにどんどん話を進めていく。頼りのエイブラムは他の貴族の相手をしており対応できないようだ。


「申し訳ありませんが、ユートピア子爵はお疲れですのでこれで失礼させていただきます。」


「この無礼者が! 貴族同士の話に口を挟むんじゃない! いいから下がっておれ!」


 エリーに助け船を出すが、デンゼル公爵は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。


「一応はユートピア子爵の養父ですので口を挟ませていただきます。今後子爵にお話があるときは養父である僕を通していただいてよろしいですか?」


「下がれと言ったであろうが! 下手に出ていればいい気になりおって! ワシが誰だか分かっておるのか? その気になればユートピア領ごとき、そのエルフの小娘ごと簡単に潰せるということを忘れるな!」


 これ以上話しても無駄だと思ったので周りに気づかれないようにサマケット侯爵をにらみつけ、魔力で威圧を行う。


 案の定、サマケット侯爵は魔力に対する耐性はないようで真っ青になって倒れてしまった。


 意識が残っているのかどうかは分からないが、この隙にエリーを連れて謁見の間を抜け出した。


 僕たちが控室に戻ってしばらくしたあとにエイブラムも戻ってきた。


「さっきのはチェイスの仕業だろう!? デンゼル侯爵はいけ好かないやつだがあれはやりすぎだ。貴族としてきちんと対応できんとこれから苦労するぞ。幸い興奮しすぎてサマケット侯爵が勝手に倒れたと思われているようだが、一歩間違えれば爵位が没収されるどころか処刑されるからな」


「ちょっとイラッとしたもので……エイブラム様も自分の大切な人がバカにされると怒るでしょう?」


「怒りはするが感情を表に出すようなバカなことはせん。ユートピア子爵の養父として少しは考えて動け」


 その後もエイブラムの説教が延々と続いたが、なぜかその間エリーはうれしそうに笑っていた。

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