第76話 初めてドラゴンと遭遇した僕

「待たせたな! 俺が新ギルド長のアーロンでこっちが補佐のリラだ。思ったより開拓が進んでいるじゃないか! これならすぐに冒険者ギルドの建設にも取り掛かれそうだな!」


「ギルド長補佐のリラ。よろしく頼む」


 アーロンは身長二メートルはありそうな大男で、逆にリラは百四十センチ程度しかない凸凹コンビだ。


 他の冒険者仲間もそうであるが、やはりランクの高い冒険者は大柄で粗暴な感じの者が多い気がする。アーロンもそのイメージ通りで、髪は短く刈り上げて、髭はきちんと剃ってはいるが、どことなく山賊のような見た目をしている。


 逆にリラは触れば折れそうなほど細く小さい。恐らくリラはホビット族のような気がする。体格が小さいこともそう判断する一つの理由であるが、顔立ちが非常に整っていることもそう判断した理由だ。ホビットもエルフもヒュムに比べて整った顔立ちが多いのだ。


「エリック樹海の開拓を任されています代官のチェイスです。開拓基地として必要な面積の開拓は終わっていますのでいつでも冒険者ギルドの建設はできると思います。とりあえずは冒険者ギルドや宿などをこのあたりに建設したいと思っています」


「既に開拓に参加したいという冒険者は百人以上募集があっているから、その人数が暮らせるだけの宿と酒場などは最低限確保したいな。これだけ開拓が進んでいるなら商業ギルドと建設ギルドを呼んでも問題はなさそうだし、リラ、まだ物資を運んできた商人がいるはずだから商業ギルドと建設ギルドに準備が完了したとの手紙を出しておいてくれ」


「すぐに出しておく。到着までは時間がかかると思うがそれまでどうする?」


 リラはしゃべり方がすごくぶっきらぼうだ。声からして間違いなくリラは女性だとは思うが……僕は男と女を見分けるのが苦手なので確信が持てない。


「こちらへの到着までは二十日程かかるとして……その間に樹海の調査をしておくか。久しぶりの冒険者としての仕事だ! ワクワクするな!」


「それは楽しみ。すぐに手紙を書くから、早速狩りに出よう」


 リラはすぐに手紙を書き上てしまって狩りに行く準備をしている。よっぽど狩りが好きなようだ。


「じゃあ早速狩りに出るぞ! エリック樹海の魔獣は強いからな! 腕が鳴るぞ!」


「アーロンさんはエリック樹海に来たことがあるんですか?」


「ああ、何度かある。一回は小型だがドラゴンに遭遇したことがあってな。そのときは命からがらなんとか逃げ出せたが本当に死ぬかと思ったぞ」


「ここにはドラゴンもいるのですね……エリック樹海は広すぎて全容が全くつかめないんですよ」


「広さだけならリューガ草原以上だからな。奥の方にはAランク魔獣もごろごろいるし本当に面白いところだよ」


 エリック樹海の正確な広さは分かっていないが、とんでもない広さがある。僕もさすがに樹海全部を開拓しようとは思っていない。ある程度の広さを開拓して残りは狩場として残しておきたいのだ。


「じゃあ早速狩りに行きますか。今まで狩った魔獣の肉や素材は商隊に持って行ってもらう予定ですから、今日獲物が取れないと食べるものがありませんからね」






 樹海の奥に向かって三人で進んでいく。アーロンは剣と盾を持っており予想通り剣士のようだ。リラは杖を持っており、こちらも予想通り魔法使いのようだ。


「早速出たな! ホブゴブリンか。とりあえずこいつは俺がやるぞ!」


 アーロンは剣を抜くとすさまじい速さで近づき、左手の盾でホブゴブリンの体勢を崩した後に右手の剣で切り裂いた。


 ホブゴブリンは血を吹き出しながらもなんとかアーロンから距離を取ったが、すぐにアーロンの追撃で首を跳ね飛ばされた。


「おー、さすがギルド長! 強いですね」


「お世辞はよせ。腕がなまって仕方がない。感を取り戻すのに時間がかかりそうだ」


 お世辞はよせと言っている割には褒められてうれしそうだ。


「充分すぎるほど強いと思いますけどね……アーロンさんの冒険者ランクはどのくらいなんですか?」


「俺はBランクでリラがCランクだ。まあ、冒険者ランクなどかざりのようなもんだからな」


 Cランク以上の冒険者はなかなか見ることもないが、さすがにギルド長に抜擢されるレベルの冒険者になると高ランクだ。ちなみに僕も一応Cランクの冒険者だ。


 その後も樹海を奥に進み出てくる魔獣を倒していく。リラは風魔法が使えるようで、無詠唱魔法は使えないまでも魔法の発動速度はかなり早く、風魔法一発で出てくる魔獣を切り裂いている。


(珍しくレベルの高い魔法使いだな。まだ若いだろうにこれは将来が楽しみだな)


(リラは多分ホビットだから見た目は当てにならないよ。あの見た目で五十才とかかもしれないし)


(言われて見ればそうだな……)


 ホビットやエルフは寿命がヒュムの倍以上あり、当然老けるのも遅い。百才くらいでもヒュムの二十代から三十代くらいの見た目などざらにある話である。


 二人がどんどん魔獣を倒していくために、僕の出番はないままどんどん奥へと進んでいく。






(進行方向に今まで見たことがない魔獣がいるみたいだな。結構大きいし気を付けろよ)


「前方に大きな魔獣がいるようです。大きな魔獣なので気を付けて進みましょう」


「よし! 俺に任せておけ! 身体も温まってきたし今ならAランクの魔獣でも倒せそうだぞ!」


 オッ・サンが言った魔獣はすぐに視認することができた。


 トカゲのような顔に全身鱗におおわれた赤い体、鳥のように大きな羽、長いしっぽ……どこからどうみてもドラゴンのようだ。


 ドラゴンもこちらに気が付いているようで既に目が合ってしまっている。


「小型竜なのでBランクですかね? ギルド長お願いします」


「あほか! ドラゴンとデモンからな逃げろってのが常識だ! 小型なのがせめてもの救いだが……」


 アーロンに先ほどまでの威勢は全くなく、リラは既に一人後退を始めている。アーロンとリラは何としても逃げたいらしいが、僕としては夢にまで見たドラゴン肉が目の前にいるのだ。なんとしてでも倒したい。


「とにかくだ、刺激しないように少しずつ後退するぞ。チェイスは念のため魔障壁を張ってくれ」


 アーロンの指示に従い念のため目の前に魔障壁を張ったが、どうもこれがドラゴンを刺激してしまったようだ。


「もう目が合っていますし逃げられないような気がしますけど……せっかくのドラ……」


 話しているところにブレスが飛んできた。このドラゴンが吐くブレスは炎のようで魔障壁でなんなく防げる。


「リラさん! 僕が攻撃しますので魔障壁を変わりに貼ってもらっていいですか!?」


「分かった。任せろ」


 リラが魔障壁を張ったため僕が展開している魔障壁を解除して、足の裏に運動エネルギーを与えて飛び上がる。自分の体に運動エネルギーを与えるのはとても痛いのであまりしたくないが、緊急事態なので我慢する。


 吐き出されたブレスのせいで僕たちがいた付近は土ボコリが舞い上がり、僕が飛び上がったことをドラゴンはまだ気づいていないようだ。


 腰袋から取り出したライフリング弾にエネルギーを与えてドラゴン目がけて放つ。ライフリング弾の速度は凄まじく、相変わらず弾道が全く見えなかったがドラゴンがいた付近で爆発が起こった。


 僕の体が落下を始めたので、少しずつ足の裏に上向きの運動エネルギーを与えて落下の衝撃を殺していく。もちろん完全に殺し切ることはできず、体勢も崩してしまったため、うまく着地ができずに不細工に地面を転げてしまった。


「痛っ……ドラゴンは倒せましたか!?」


「噂どおりだな……どう考えてもやりすぎだぞ……」


「無詠唱であの威力……すべてがあり得ない……チェイスが魔王って噂は本当だった……」


 なぜか二人ともドン引きしているようだ。


(ドラゴンって聞いて警戒していたがさすがにライフリング弾を使えば余裕のようだな。もう動いていないし死んだと思うぞ)


 ドラゴンがいた場所に向かい状況を確かめるが、見るも無残な状況で、ドラゴンの上半身は跡形もなく吹き飛んでおり地面にはクレーターができていた。確かに少しやりすぎてしまったようだ。


「もったいねえな……ドラゴンの体は捨てるところがないくらい活用できるのに……これじゃ内臓もつぶれてしまっているだろうし売値はかなり下がりそうだ」


「まだ食べられる部分は沢山ありますし大丈夫でしょう。早く持って帰って食べましょうよ」


 ドラゴンはかなりの重量であったが、開拓基地までなんとか運び解体した。皮は噂どおり普通の刃物では歯が立たずに魔法を使いながら解体を行った。


 上半身がほぼ消失してしまっていたが、それでも百キロ程度は肉が取れそうだ。骨や皮も売れるとのことなので洗って日陰で干しておく。


(どうやって食べるのがいいんだ? とりあえずステーキと串焼きにしようか)


(たくさんあるからな……生で食っても旨そうだし刺身にしてみるか。ドラゴンほどの生き物なら寄生虫や雑菌もいないだろう。多分)


(おいしいなら食べてみるけど……)


 オッ・サンの要望どおりドラゴン肉の刺身と串焼き、ステーキを作ることにした。




「これが天にも昇るほどの味と噂のドラゴン肉か……まともに食おうと思えば一皿で金貨十枚以上はするんじゃないか……」


「まずは刺身から食べましょう。塩を軽く振ってから食べると美味しいと思います」


 生肉は少し抵抗があるが、意を決して食べてみた。


 舌に触れた途端、肉から油が溶け出し、口中に甘みのような旨みが広がっていく。食べた瞬間に全ての思考が肉の旨みに囚われてしまい、意識が飛んでしまったような錯覚を覚えた。


(……これ麻薬成分でも入っているんじゃないのか? 明らかに人間が味わえる幸福度の限界を超えてきた気がするぞ)


「俺は今死んでもなんの悔いもないかもしれない……」


「私もだ……こんな幸福感味わったことがない……」


 刺身は一瞬でなくなり、串焼きやステーキもすぐになくなってしまった。どんどんドラゴン肉を料理していくが食べるスピードに追い付かず、すごい勢いで僕らの胃袋へと消えて行ってしまった。




 食事が終わるとアーロンはよほど満足したのか机に突っ伏して眠ってしまっている。


「満腹のはずなのに気持ちがおさまらない……」


 リラは恍惚の表情を浮かべてもじもじしている。妙に色っぽくてドキドキと心臓が高鳴ってしまう。


「チェイス……」


 消え入りそうな声でリラが僕の名前を呼び見つめてくる。僕は無言でリラを見つめ、リラの腰に手を当てた。細く引き締まった腰の感触が伝わってくる。リラも右手を僕の頬に当て、顔を近づけてくる。


「……いや! ダメだ! もう寝るから一人にさせて! あそこの部屋を使う」


 リラは勝手に部屋を決めて食堂から出て行ってしまった。リラが消えて行ったのは僕の寝床なのだが……仕方なく僕は毛布一枚を持って物置に向かった。

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