第55話 恋のライバルをやっつける僕
「あの……横からすみません……ちょっとよろしいでしょうか?」
なるべく揉め事にならないよう、下から下からの態度でグレッグ君に近寄った。
「なんだお前は!? いま大事な話をしているから後にしろ!」
「どこの馬の骨とも分からぬ者ですが、一応シエルの婚約者のチェイスと申します」
シエルの婚約者であることを告げた途端グレッグ君の顔がみるみる赤くなっていった。相当激高しているようだ。
「お前か!! 俺のシエルを横からかすめ取るとは!! どっちが上か分からせてやる!! 表に出ろ!! !」
グレッグ君は剣に手をかけ相当怒っているようだ。そしてなぜか僕が現れた途端、アイゼイヤ先生がうろたえている。
「チェイス君、お怒りはごもっともだと思うけどちょっと落ち着いて!! 一応ここは街の中だし、治癒魔法院を吹き飛ばされちゃうとまずいからね? よし! まずは深呼吸をして落ち着こうか! グレッグ様もほら一緒に深呼吸をして落ち着いて!」
どうやら僕が怒って魔法で周辺を破壊されることを恐れているようだ。アイゼイヤ先生が僕にどういうイメージを持っているか分からないが、よっぽどのことがない限りそんなことしないのだが……
「早くしろ!! 腰の剣は飾りか!? それとも俺が怖いのか!?」
確かに、腰の魔剣はただの飾りであるが……
グレッグ君はアイゼイヤ先生の言葉には全く耳を貸さないようだ。
「僕は落ち着いていますので大丈夫です。ただグレッグ君には少し痛い目に合ってもらわないと分からないみたいなので」
「一応枢機卿の息子だし、いくら怒っても殺しちゃだめだよ?」
アイゼイヤ先生は無視して治癒魔法院の外に出た。周りには同年代の男の子たちが既に野次馬に集まっている。
「お前も剣士なら剣を抜け! 俺が勝ったらシエルのことは諦めてもらうぞ!」
グレッグ君は既に剣を抜いて構えている。よほど腕に自信があるのか僕が剣を抜くまで待ってくれるようだ。
(オッ・サン、一応聞いとくけど、グレッグ君は身体強化を使えそう? )
(多分使えないと思うぞ。今のところ体に魔力をまとっている様子はないな)
身体強化を使うときは魔力を体中にめぐらせる必要があり、オッ・サンにはそれが見えるのだ。当然僕は見ることができない。グレッグ君に促されるまま僕も剣を抜いた。
「実力の違いを分からせてやる! 先にお前に仕掛けさせてやるからいつでも来い!」
どうやら僕に先に攻撃させてくれるようだ。既に魔力の圧縮は終えて、いつでも魔法を放てる準備は整えていたので遠慮なく攻撃することにする。
「では遠慮なく」
そういうと同時に中段に構えたグレッグ君の剣めがけて岩弾を放った。剣に当たった岩弾の衝撃にグレッグ君は耐えられなかったようで剣はグレッグ君の手から離れて宙を舞った。
続いて二発目の岩弾をグレッグ君の来ている鎧の胸の部分めがけて放った。もちろん本気で撃ったら鎧ごとグレッグ君の体を貫通してしまうため、かなり手加減をしてだ。
何が起こったかも分からない様子のグレッグ君は、数メートル後方に吹き飛ばされ大の字に倒れてしまった。止めとばかりに岩弾を四発発射した。
岩弾はグレッグ君の顔の周りの石畳に大きな音を立てて当たり土埃を巻き上げた。
石畳を何枚か破損させてしまったので怒られてしまうかもしれない……
グレッグ君は全く動けないのか、放心したかのように倒れこんだままだ。
「またシエルに近づいたら次は当てるからね?」
まだグレッグ君は動けないようなので無視して治癒魔法院の中に戻った。
「チェイス君ありがとう! 本当に困っていたから助かったよ」
治癒魔法院に入るや否や、シエルが抱き着いてお礼を伝えてきた。柔らかいシエルの感触とシエルの甘い匂いを近くで感じられてうれしいのだがとても恥ずかしい。
「チェイス君とってもかっこよかったよ! 『俺のシエルに手を出すな!』だっけ? 私も言われて見たい!」
ニコラとパティも何かよくわからない盛り上がりを見せている。
(『俺のシエルに手を出すな!』とか僕そんなこと言ったっけ!?)
(言ったような、言ってないような……ニコラとパティは完全に頭お花畑の状態になっているから何を言っても無駄そうだな……)
「どうなることかと思いましたが死人が出なくてよかったです……」
アイゼイヤ先生もほっとしたのか椅子に座り込んでしまった。女の子三人は興奮が冷めやまないのかまだしゃべり続けている。
大きな騒ぎになってしまい今日の治療はこれ以上続けられないとアイゼイヤ先生が判断したため皆で片づけを始めていると、扉を叩く音がした。
「サマケット枢機卿の御子息からこちらにいる者から暴行を受けたとの訴えがあった。少し話を伺いたい」
グレッグ君が三人の衛兵と思われる男たちを引き連れて入ってきた。
「衛兵たち! この男だ! 危うくこいつに殺されるところだったぞ! 早く捕まえてくれ!」
決闘で勝てなかったからといって衛兵を連れて戻ってくるとは……なんと小さい男だ……グレッグ君は勝ち誇った顔をしている。
「チェイス君とグレッグ様の間で決闘はあったと思いますが暴行はなかったと思いますよ?」
アイゼイヤ先生が事実をありのままに伝えて説明してくれた。衛兵たちもなんだか気まずそうな顔をしている。枢機卿のバカ息子にいつも困らされているのだろう……
(チェイス、面倒だから威圧でグレッグを黙らせろ。おしっこちびるぐらい魔力を込めていいと思うぞ)
魔力には感情を乗せて放つことができる。喜びの感情を乗せて魔力を放てば周囲をリラックスさせられるし、逆に怒りの感情を乗せて魔力を放てば相手を威圧できる。魔力を操れる剣士や魔法使いにはさほどの効果はないが、魔力操作の全くできない者にはそれなりの効果がある。
「シエル、今謝ればまだ許してやるぞ。おっと謝るだけじゃダメだな、その男を諦めて俺と婚約すれば許してやる!」
「グレッグ君、さっきシエルに近づくなって言わなかったっけ?」
「なんだと……………………うっ…………」
グレッグの態度に僕もちょっとイラッとしたので多めの魔力でグレッグを威圧した。何か言いたそうであったが、威圧にとても立っていられなかったようで、ガクガクと膝を震わせその場に座り込んでしまった。グレッグは立ち上がることもできずに座り込んだまま細かく震えている。
「グレッグ君も体調が良くないみたいですし、この話はまたにしましょうか。僕は逃げも隠れもしませんので」
「え……ええ……分かりました……」
グレッグに向けた威圧に衛兵たちも影響を受けたようでうまく言葉をしゃべることができないようだ。立ち上がれないグレッグを抱き上げ、慌てふためきながら治癒魔法院を出て行った。グレッグが座り込んでいた場所には染みができていた。
(大きい方はかろうじて洩らさなかったみたいだな。あれだけ威圧してやれば当面近づいてこんだろ)
「グレッグ君も当分近づいてこないと思うけど、念のためしばらくシエルの送り迎えをするよ」
「本当!? ありがとう! チェイス君大好き!」
再びシエルが抱き着いてきた。どうも日ごとにシエルの愛情表現が過激になってきている気がする。
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