第54話 恋のライバル?に遭遇した僕
購入した家の整備には思ったより時間がかかることになった。庭の草木の剪定や外壁の掃除は魔法ですぐに終わらせることができたが、オッ・サンがどうしてもお風呂と綺麗なトイレを設置したいと言って聞かなかったので給水管や配水管を設置したり、部屋の大掛かりな改装が必要になったために工事に時間がかかってしまったのだ。
結局工房の横にお風呂とトイレを増築することになり改修と増築の工事には数十日ほどかかることになってしまい、その間はシエルの家でお世話になることにした。
午前中、シエルは治癒魔法院、昼からは入学試験に向けた勉強、僕は一日中新居の改修やロックと一緒に狩りに出ていたためほとんど会うことはなかったが一緒に生活するというのはなかなか緊張するものだ。
「チェイス君、今日は何か予定はある? 時間があったら一緒に治癒魔法院に行かない?」
朝食のときにシエルからお誘いがあった。一緒に住んで何十日にもなるが治癒魔法院に誘われるのは初めてだ。
「特に予定はないから大丈夫だよ。治癒魔法院で何かあるの?」
「チェイス君のことを話したら友達が会ってみたいって言うから、チェイス君のことを紹介したいけどダメかな?」
「ちょっと緊張するけど……大丈夫だよ。シエルと一緒に行けばいいの?」
「ありがとう。うん、朝ごはん食べたら出発するからよろしくね」
シエルが通っている治癒魔法院は中央区にある。治療の魔法は門外不出の技術であり、フレイス共和国で治癒魔法師になるためには教会付属の治癒魔法院で見習いとして修業を行い、治癒魔法師の資格を取る必要がある。治癒魔法師見習いには誰でもなれるわけではなく、教会関係者や貴族の推薦が無ければ見習いになることすら難しいようだ。
治癒魔法院にはシエルの家から歩いて三十分ほどの距離にある。最近二人で外を歩くときシエルが僕の手を握ってくるのだが、うれしい反面恥ずかしくもある。今日も二人で手をつないで治癒魔法院へと向かっているが道行く人皆に見られている気がする。
「みんなおはよう」
「おはよう。もしかしてその子がシエルの婚約者のチェイス君!? 朝から手をつないで来るなんて羨ましい! 私も早く婚約者欲しいかも……」
治癒魔法院の中にはシエルと同じくらいの年ごろの女の子が二人いた。二人とも良いところのお嬢様といった感じに見える。治癒魔法院の中にも手をつないで入ったことから一目見て婚約者と分かったのだろう。
「おはようございます。シエルの婚約者の冒険者のチェイスと言います」
シエルの顔をつぶさないためにもなるべく丁寧にあいさつをした。
「友達のニコラとパティだよ。二人とも国立学園を受ける予定なんだ」
「僕も学園を受ける予定ですから、一緒に通えるかもしれませんね」
「一緒に通えたらいいね。チェイス君は洗礼式前なのに冒険者をやっているの?」
「両親もいないので冒険者をしながら各地を旅していました。フレイス共和国に来たのもほんの数十日前ですし」
シエルとの出会いについてなど、その後もしばらく二人による質問が続いた。やはりこの年代の女の子は恋話が大好きのようだ。
「おはよう。今日も朝からにぎやかだね」
ニコラとパティの質問に答えてしばらくすると、中年の男性が治癒魔法院に入ってきた。司祭服に身を包んだ男性は恐らく四十代くらいであろうか、髪の毛は半分ほど白髪交じりであるがどことなく上品な雰囲気がある。
「先生おはようございます。私の婚約者のチェイス君です」
「ああ、噂のチェイス君だね。最近オルレアンでは君の話でもちきりだよ。デモン討伐の英雄が聖女様と婚約したってね。おっと、ごめん、イリス教司祭のアイゼイヤだよ。今後ともよろしく頼む」
やはりシエルたちの先生のようだ。しかし聖女様とは……
「初めまして。冒険者のチェイスと申します。ところで聖女様とは……」
「うん? 聞いていないのかい? シエル君はイリス教の初代様にそっくりでね。聖女様と言われているんだよ。ピニッシモ教会に絵が飾ってあるから一度見てみるといいよ」
「先生、聖女様は止めてください……チェイス君も本気にしないでよ!? もの好きな人が勝手に呼んでいるだけだからね!?」
シエルとしては聖女様と言われることがあまり好きではないようだ。
「私は名誉なことだと思うがね。さあ、そろそろ治癒魔法院を開ける時間だよ。急いで準備して。チェイス君は見学していくのだろう?」
「ええ、シエルの働く姿を見てみたいのでお邪魔じゃなければ見学させてください」
シエルたちは開ける準備に取り掛かったので僕は邪魔にならないように端の方にある椅子に腰かけた。
(しかし聖女様とは驚いたな。聖女様と結婚ってのは王道展開で悪くはないな。だからわざわざシエルが他国に布教に行っているのかもな。メルビルが司教の地位で法王と簡単に謁見できるのも納得だ)
(王道展開なの? 聖女様と結婚なんて僕にとってはプレッシャーだけどね……)
オッ・サンと話をしているうちに治癒魔法院が開院したようで、どんどんケガ人が入ってくる。男性の客、しかも僕と同年代のケガ人ばかり来ているのは気のせいだろうか……?
大人はアイゼイヤ先生が治療をして、子どもの治療をシエルたちが担当しているようだ。軽い傷や打撲程度なら先生で五分、シエルたちなら十分程度で治せるようでどんどん来る客をさばいていっている。
一時間程治療をおこなったところでニコラとパティは魔力切れを起こしたようで治療を中断して僕のいる休憩スペースにやってきた。
「お疲れ様。結構ケガ人が多いんだね」
「この治癒魔法院は特別なんだよね……ちょっと言いにくいけど、シエル目当てで男の子が沢山来るんだよ」
ああ、なるほど。妙に男の子の客が多いと思ったがそういうことか。僕から見てもシエルのかわいさは群を抜いていると思うし、複雑な気持ちではあるが仕方ないとは思う。
「僕としてはちょっと複雑な気持ちになるけど……仕方ないかな? 子どもの治療は治癒魔法師見習いがするの?」
「そうだよ。お金を取らない変わりに治療魔法の練習をさせてもらっているの。お金を取っての治療は資格がないとできないんだ」
ニコラとパティと話をしているとシエルたちのいる方が騒がしくなったことに気が付いた。
「あっ、グレッグ様が来てる……ちょっと最悪のタイミングかも……」
今シエルと話している男の子はグレッグというらしい。身に着けている鎧や剣もなかなか高級そうで、様付けで呼ばれていることから恐らく貴族の息子なのだろう。非常になれなれしい態度でシエルに話しかけているのが気になる……グレッグ君の声は大きいのでこちらまで話す内容が聞こえてくる。
「シエル! 父から話があっていると思うが俺との婚約の話はどうなっている? 最近変な噂を聞いたので気になってな」
「グレッグ様との婚約の話はお断りしたはずですが? サマケット枢機卿からお聞きになりませんでしたか?」
グレッグ君の声はとても大きく威圧的だが、シエルの声はそれとは対照的に小さく冷ややかだ。ここからではなんとなく聞き取るのがやっとである。
「そんな話は知らん! それより、どこの馬の骨とも分からんやつと婚約したという噂は本当なのか!?」
「ええ、お噂通りですわ。さあ、治療は終わりましたのでお帰り下さい」
グレッグは大した怪我ではなかったようですぐに治療は終わったようだ。
「そんなの認めんぞ! 次期教皇候補のこの俺と聖女シエルが結婚するのが一番に決まっているだろう!」
「グレッグ様、他の方の治療に差し支えますので今日はお帰り下さい」
アイゼイヤ先生もグレッグ君をなんとか帰させようとしているが、グレッグ君は聞く耳を持たずに訳の分からないことを喚き散らしている。さすがに見てられなくなったので、シエルたちの下に行くことにした。
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