第51話 神魚バムートと戦う僕
崖を下り草原へと降り立つ。地上にある草や木と特に違いはなさそうだ。
「見たことない魔獣が多いが襲ってくるわけでもないな! 草食ばかりなのか!?」
草食の魔獣はとても珍しい。普段草を食べている魔獣でも肉があれば肉を食べるし、当然人間が近くにいれば襲ってくるものばかりだ。人間を見ても襲わない魔獣を見るのは初めてのことだ。
「襲ってこないのならとりあえず無視して奥に進みましょうか……」
湖のほとりに向かって奥に進むが、一向にこちらを襲ってくる様子はない。奥に進むにつれ建物の様子が鮮明に見えてくる。かなり風化しているが、間違いなく人工の建物のようだ。
「面白い形の建物ですね。お城? 教会? 普通の家ではなさそうですね」
「石造りの部分だけが残っているようだな! 穴が開いている部分に窓かドアがあったんだろう! 中を見てみるか!」
ドアがあったと思われる場所から建物の中に入る。中央には金属製の祭壇のようなものが祀られているのがすぐに目に入った。祭壇は光を放っていることから魔金属化していることがわかる。祭壇の中には以前見たことがある像が鎮座していた。
「邪神像……プオール教でしたっけ? 噂どおりここに隠れて信仰していたようですね」
「しかし残念だな! こりゃあほとんど鉄で表面を金や銀で装飾しているだけみたいだぞ! 売っても大した金にはなりそうにないな!」
ロックが斧で邪神像の腕を削って確かめるが、確かに表面だけに金や銀が塗ってあるだけのようだ。
「罰当たりなことしますね……他にも何かあるかもしれませんし探してみましょうか」
あたりを探すが売れそうなものは全くと言っていいほどなかった。
「ロックさん、何かありました?」
「金になりそうなものは何もないな! 本が一冊あったが古語で書かれているから全く読めん!」
ロックが一冊の本を手渡された。かなり風化しているがまだなんとか本の形を保っている。
(古語か……ちょっと開いてもらっていいか?)
本の中ほどのページを開いた。本の中は表紙ほどは風化しておらず古語さえ分かればまだまだ読めそうだ。
(次のページを頼む。それなりに偉いやつの日記帳みたいだな)
オッ・サンの指示に従いページをめくる。古語まで読めるとは本当に意味の分からないオッ・サンである。
(プオール教弾圧のことが中心に書いてあるだけのようだな。大した価値はなさそうだが一応貰ってくか)
「お前古語が読めるのか!? なんか面白いことは書いてあるのか!?」
しびれを切らしたのかロックが話しかけてきた。
「日記帳みたいですね。プオール教弾圧のことが書いてあるだけで大した価値はなさそうですが……あとで全部読んでみたいのでこれ僕が貰ってもいいですか?」
「金になりそうにないし構わんぞ! 他の建物も一応見てみてそのあと神魚バムートを探すか!」
念のため他の建物の中も色々と探してみたが特に何も見つけることはできなかったため、諦めて地底湖の方へと向かった。
地底湖の水は青く透き通っているが、ほとりから見渡せるのはせいぜい数十メートル先までだ。地底湖の底には水草が漂い、色とりどりの魚が泳いでいるのが見える。
(ちょっと水を触ってみてくれ……やはり暖かいな。魔力が熱や光になってこの空間を温めているのか? 光が強いところでは魚の色も多彩になるらしいからな……しかし、この洞窟の魔力はどこから来ているんだ?)
(オークの森の奥地みたいに世界樹の根がどこからか出ているんじゃない? 魔力濃度が高いところを探れば根の場所も分かりそうだけどね)
(一番魔力濃度が高いところは湖の中なんだよな。ここからでは詳しい場所までは分からないが多分魔力濃度が高い場所に神魚バムートもいると思うんだが……)
(もう面倒だし雷魔法で地底湖全面に攻撃しちゃう?)
(生態系にかなりのダメージを与えそうだな……せめて魔力濃度が一番高いところ目がけて使う程度にしておくぞ……)
「神魚バムート探しの方法が思いつかないので適当に魔法で攻撃してみていいですか?」
「おっ! いいな! 派手にやれ!」
オッ・サンと違ってロックはこの辺りは適当なようだ。
湖で一番魔力濃度が高いところを目がけて雷を落とす。洞窟内に閃光と爆音が広がるが、何匹かの魚が浮いてきたくらいであまり反応はない……
「派手な魔法だな! あまり効果はないようだがな!」
(電気エネルギーは分散されやすいからな……湖の中にはほとんど届かないんだろうな……水の中は探査魔法でも探りづらいしバムートを探すのは難しいな)
「魔法でどうにかなりそうか!? 難しそうなら泳いで探しに行くぞ! 十メートル程度なら素潜りできるし見つけられるだろ!」
泳いだことがないため若干不安であるがどうにかなるだろう。荷物を岸にまとめ、水の中に入る。
(初めてにしては充分だな。ただ犬かきは不格好だからちゃんとした泳ぎを覚えた方がいいぞ)
水面から顔を出して手足をばたつかせる泳ぎを犬かきと呼ぶらしい。ロックは手を回して華麗に泳いでいる。魔力濃度が高いところまで行き下をのぞき込むと蛇のような細長い体を持つ巨大な生き物が見えた。
「何かいるぞ! 水深はギリギリ十メートルってところか! 湖面からあれほど巨大に見えるってことは相当でかいぞ! ほぼ間違いなくあれが神魚バムートだ! さあ! 行くか!」
ロックは頭を突っ込み、湖の中へと潜っていく。少し迷ったが僕もロックの後に続き水中へと進んだ。
(ほとんど先が見えないよ……息もどのくらい持つのかな)
(目の前に魔障壁を張れば視界はどうにかなるし、呼吸も魔法でどうにかできると思うぞ。水から酸素を取り出して体内に送り込め! 多分できるはずだ)
オッ・サンの言うように、目の前に魔障壁を張り、水から酸素を作り、無理やり体内に送り込んだ。何とも言えない違和感が残るがこれなら水中でもある程度の時間、活動ができそうだ。先を行くロックの後を急いで追いかける。
魔法で体に圧力をかけながら徐々に湖底目指して落下していく。しばらく降りたところで湖底に辿り着いた。既にロックが神魚バムートに向かい斧で切りかかっている。バムートの全長は長すぎてここからではよくわからないが、バムートの胴体部分は下手な巨木よりも太い。そして表面は鱗のようなもので覆われているようだ。
さすがにロックも水中では思うように動けないのか斧の動きにはいつもの切れがない。攻撃はバムートに当たりはするもののダメージは与えられないようだ。何度か攻撃してもバムートは全く気にした様子も見せない。ロックは息が切れたのか一旦浮上していった。
(水中だと抵抗で威力が激減するからな……しかし…あれだけ動かないなら魔刃で攻撃してみるか?)
魔刃は相手に密着した状態でないと使えない魔法であるが、運動エネルギーを直接叩き込むためかなりの威力が出る魔法だ。
バムートに近づき、胴体部分に手を当てる。ここまでバムートは全く反応を見せない。
魔力を運動エネルギーに変え魔刃を発動させる。魔刃はバムートの身体を切り裂きバムートの胴体からは真っ赤な血が噴き出し、あたりを赤く染める。一発で切断できると思ったが、胴体の3分の1も切り裂けなかったようだ。
(痛っ! なんかすっごい衝撃がきたよ)
魔刃を放った僕の右手に大きな衝撃が襲ってきた。手のひらに大きな切り傷ができ、血があふれ出ている。
(痛いな! 魔刃のエネルギーがバムートの体を抜けきらなかったせいで一部が跳ね返って来たんだろうな。とにかく今は我慢してバムートを追いかけるぞ!)
傷を負ったバムートは体中をくねらせ暴れまわりながら浮上していく。噂どおり頭部に羽のようなものが生えているのが見えた。
(よし! 湖面近くまで行けば他の魔法で攻撃ができる! チャンスだ!)
バムートの後を追うように湖面に向かって泳ぐがどんどん引き離されていく。僕が湖面に上がるころにはバムートはその長い胴体全てを浮上させていた。
バムートは湖面にいたロックに狙いを定めたのか、その長い胴体で水面を薙ぎ払った。ロックはかろうじて水中に逃げ込み避けたが、すぐに返しの一撃を放ってきた。
すぐに土魔法を発動させる。魔法はバムートの頭部に命中したものの、多少よろめかせた程度で致命傷を与えるまでには至らなかったようだが、ロックはバムートがよろめいた隙にうまく攻撃から逃れたようだ。
バムートは目標を変えたようで、僕の方に頭部を向けた。バムートの頭部からは血が流れているが、さほど大きなダメージを追っているようには見えない。
「チェイス! 俺がひきつける! その間に陸に上がって態勢を整えろ!」
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